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ハミルトン伯爵が幸せになるまで:74

思い人の看護は尊い

看病リバースケアとは、常日頃から狂犬お嬢様(拓海)の衣食住を全自動管理している西欧の過保護魔王エドワードが珍しく過労で寝込み、立場が逆転した結果、「熱ある奴一人にしとくの嫌だったから^^」と未来の妻が一晩中そばに残り、病状より先に幸福で涙腺を崩壊させる現象のことであるという話』



【ハミルトン別邸・執務室】

~魔王の限界~


三年生の冬。


大学の試験。

ハミルトン家の領地決算。

各種公務。


そして、

何より本人が勝手に最重要案件へ指定している、


【拓海嬢・卒業後英国残留計画】


そのすべてを同時並行で処理していたエドワード・ハミルトンは

ついに限界を迎えつつあった。


「…………」


青白い顔。

重い瞼。

それでも執務机へ向かい、ペンを握る。


「……こちらの決裁だけでも……」


書類へ視線を落としたところで。


ぐらり。


身体が傾いた。


「エド」


「……?」


顔を上げると、いつの間にか執務室の入口に

ジャージ姿の拓海が立っていた。


「……拓海嬢」


「寝ろ」


「…………」


「顔色悪すぎ」


「大丈夫です。あと少し、この決裁を……」


「寝ろ」


「ですが」


「寝ろ」


「領地の──」


「俺が見といてやるから寝ろ」


「…………」


「ベッド行け」


「しかし、拓海嬢にそのような負担を──」


「うるせぇ!」


拓海がずかずかと近づいて、

エドワードの手からペンを奪う。


「これ以上やったら倒れるだろ!」


「ですが……」


「寝ねぇなら担いで放り込むぞ!!」


「…………」


本気でやりかねない。


「……分かりました」


「よし^^」


こうして、

日頃狂犬お嬢様の衣食住を全自動で管理している男は

未来の妻によって寝室へ強制送還された。



【深夜二時】

~逆転した景色~


熱に浮かされ眠りについてから、

数時間。


「…………ん」


喉の渇きでエドワードは

ゆっくりと目を開けた。


薄暗い寝室。

ぼんやりとした視界。

その端に何かがいる。


「…………?」


目を凝らす。


ベッドのすぐ横のアームチェア。

そこに拓海がいた。


ブランケットにくるまり

腕を組み、


コクリ。


コクリ。


眠そうに船を漕いでいる。


サイドテーブルには


濡れたタオル

洗面器


「…………」


一瞬、

夢かと思った。


「……拓海、嬢……?」


掠れた声。


「ん……」


拓海の瞼が。


ぱちりと開く。


「……お」


目を擦る。


「起きたか?」


「…………」


「水飲む?」


「……はい」


拓海がすぐにグラスへ水を注ぐ。


身体を起こそうとしたエドワードの背中へ、

自然に手を添えた。


「ほら」


「……ありがとうございます」


ゆっくり飲む。

冷たい水が熱を持った喉を通る。


「…………」


一息ついて。


エドワードは、

改めて拓海を見る。


「……拓海嬢」


「ん?」


「なぜ……こちらに?」


「?」


「ご自身のお部屋で、お休みになってください」


「…………」


「私なら大丈夫ですから」


「んー」


拓海は何でもないようにエドワードの額へ、

ぴと、、と、手を当てた。


「まだ熱あるな」


「拓海嬢……」


「氷替えるか」


「ですが」


「だって」


拓海がへらっと笑う。


「熱ある奴一人にしとくの、なんか嫌だったから^^」


「…………」


停止。


「…………っ」


「?」


「…………」


「エド?」


「……少々、お待ちください」


「何を?」


「…………(´;ω;`)」


「なんで泣くんだよ!!」



【涙腺崩壊】

~看病される側~


「拓海嬢ぉぉぉ……(´;ω;`)」


「泣くなって!!」


「ですが……!」


「熱上がるぞ!!」


ぽろぽろと涙が止まらない。


これまでずっと、

自分は世話をする側だった。


当主として


頼られる側

判断する側

守る側


そして


拓海に対しても


食事を用意し

服を選び

髪を整え

体調を気遣い

転べば駆け寄り

川へ飛び込めば包み

眠れば毛布を掛ける


それが当たり前だった。


なのに今、

自分がベッドの中にいる。


そして、

拓海がその横にいる。


自分のために


水を用意し

タオルを替え

夜中までそこに残っている


「……拓海嬢が」


「ん?」


「私を……看病してくださっている……」


「見りゃ分かるだろ」


「……こんなに幸せなことが……」


「大袈裟なんだよwww」


「ですが……」


「はいはい」


拓海が新しいタオルを手に取る。


「汗かいてるぞ」


「…………」


「顔拭くからじっとしてろ」


「……はい」


「鼻もかめ」


「はい……」


「薬飲んだら寝ろ」


「はい……(*´ω`)」


「なんで嬉しそうなんだよ」


「幸せです……」


「風邪ひいてんのに?」


「はい……」


「変な奴^^」


冷たいタオルが

額を、頬を、優しく拭っていく。


「気持ちいいか?」


「はい」


「じゃ寝ろ」


「……拓海嬢は?」


「ここにいるよ」


「…………」


「何」


「……いなくなりませんか?」


「行かねぇって」


「…………(*´ω`)」


「ほら、目閉じろ」


「はい……」


素直に瞼を閉じる。


しばらくして。


エドワードの呼吸が

ゆっくりと、規則正しくなっていった。


拓海はそれを確認してから、

ずれた毛布を胸元まで引き上げる。


「ったく」


小さく笑う。


「世話焼かせやがって^^」


そして

再びベッド脇の椅子へ座った。



【逆転】

~一晩だけの全自動看護~


いつもなら逆だった。


眠るのは拓海。

毛布を掛けるのはエドワード。


水を用意するのも

髪を整えるのも

体調を気にするのも


すべてエドワード。


けれど、この夜だけは逆。


西欧の過保護魔王がベッドで眠り。

狂犬お嬢様がその隣にいる。


拓海にとっては大したことではない。


具合の悪い奴がいる

一人にしておくのはなんとなく嫌


だから、傍にいる。

ただそれだけ。


しかし。


幼い頃から。


「頼られる側」であり続けてきたエドワードにとって


「誰かが自分のために眠い目を擦りながらただ隣にいてくれる」ことは、


何よりも

甘く、そして温かいものだった。


翌朝、

熱は少し下がった。


一方、

幸福度測定不能。


そしてベッド脇では。


一晩まともに眠らなかった未来の妻が


「んー……ねみぃ……」


と、盛大な欠伸をしていた。


それが次なる惨劇の前兆であることを

この時の西欧の過保護魔王は


まだ………知らない。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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