ハミルトン伯爵が幸せになるまで:71
就活?
『確保とは、卒業後の一年間に未来の妻が日本へ帰国する可能性を完全な危機案件として認識した西欧の過保護魔王が、本人の意思確認がまだ「考える^^」段階にもかかわらず、ハミルトンホールでの役割・報酬・住居・帰国制度まで勝手に整備し、「これ就職契約じゃね?」と狂犬お嬢様(拓海)に突っ込まれる現象のことであるという話』
【ハミルトン別邸・サロン】
~提示される超好待遇~
大学の廊下で未来の妻の足元へ縋りつき、
「一年は無理ですぅぅぅぅ(´;ω;`)」
と号泣したその翌日。
エドワード・ハミルトンは、
何事もなかったかのように完璧な書類一式を用意して、サロンへ現れた。
「拓海嬢」
「ん?」
「卒業後の件ですが^^」
拓海が嫌そうな顔をする。
「もう決めたの?」
「いえ」
「じゃ何」
「意思決定は、もちろん拓海嬢に委ねられております」
「ふーん」
「ただ」
エドワードは、
手にしていた分厚いファイルをテーブルへ置いた。
ドサッ。
「仮に英国へ残っていただく場合の条件を整理いたしました^^」
「…………」
拓海がファイルを見る。
そしてエドワードを見る。
「……多くね?」
「必要最低限です」
「絶対嘘だろ」
「本当です^^」
開く。
一枚目
報酬。
二枚目
住居。
三枚目
公務内容。
四枚目
年間予定。
さらに、
日本への帰国条件。
交通費。
専属車両。
個人秘書。
必要経費。
「…………」
「まず、こちらが年間報酬の試算です」
「給料出んの!?」
「当然です」
「伯爵夫人って給料出んの?」
「将来の奥方として、領地管理や慈善事業など相応の責務を担っていただく以上、
その労働に対する対価は必要です」
「へー……」
拓海が数字を見る。
「…………」
もう一度、見る。
「…………桁、多くね?」
「妥当な範囲です」
「英国怖ぇな^^」
「普通です」
普通ではない。
少なくとも、
一般学生の感覚ではかなり普通ではない。
◆
【条件整理】
~未来の奥方という名の超優良就職先~
エドワードは淡々と説明を続ける。
「住居は、ハミルトンホール本邸の奥方区画」
「まあ、そこは分かる」
「必要に応じてロンドン別邸も利用可能です」
「飯は?」
「専属料理人が用意します」
「肉は?」
「もちろん」
「よし」
判断が早い。
「公務については、基本的には週三日前後を想定しています」
「意外と少ないな」
「行事のある時期は多少増えますが、それ以外の日程については、
拓海嬢の裁量でかなり自由に調整できます」
「つまり……」
拓海が指を折る。
「だいたい週休四日?」
「……そういう言い方もできますね」
「ホワイトじゃん^^」
「さらに」
「まだあんの?」
「日本への長期一時帰国も、年に二〜三回程度は問題ありません」
「マジで?」
「ええ」
「飛行機代は?」
「ハミルトン家で負担します」
「…………」
「専属車両も」
「…………」
「個人秘書も」
「…………」
「その他、公務に必要な経費についても」
「…………」
拓海が、
ゆっくり顔を上げた。
「エド」
「はい^^」
「お前これ」
「はい」
「俺を英国に残すための」
一拍。
「超優良企業の就職条件だろ」
「違います^^」
スッ。
視線が斜め上へ逃げた。
「目ぇ逸らすなwww」
◆
【狂犬の電卓】
~感情より条件~
佐伯拓海という女は、
激重な愛の言葉ではあまり動かない。
「離れたくありません」
「めんどくせぇ」
「一年は無理です」
「すぐだろ」
だが。
具体的な条件。
数字。
生活環境。
自由時間。
そういうものを提示されると
急に真面目に考える。
拓海の脳内に、
二つの選択肢が並んだ。
【選択肢A】
日本へ帰る。
実家で一年間ゴロゴロ。
父から、
「いつまで寝てる!!」
母から、
「少しは手伝いなさい^^」
時折兄、姉からも、
「働きなさい」
と言われる未来。
収入。
ほぼゼロ。
【選択肢B】
英国残留。
ハミルトンホールで未来の伯爵夫人実務。
基本公務は週三日前後。
住居付き。
飯付き。
専属料理人。
肉。
巨大ソファ。
菓子戸棚。
相当額の年間報酬。
日本へも年数回、費用負担で帰国可能。
「…………」
拓海は。
じっとファイルを見る。
「…………」
エドワードは、
隣で固唾を呑む。
「…………」
そして。
拓海がぽつり。
「……英国残った方が、圧倒的に得じゃね?(・∇・)」
「…………」
エドワードの瞳が、一気に輝いた。
「拓海嬢……!!」
「いや、これ普通に条件いいじゃん」
「ありがとうございます!!」
「褒めてねぇよwww」
「では!」
「ん?」
「卒業後は英国に残って……」
「まだ決定じゃねぇぞ」
「…………」
急停止。
「でも」
「……でも?」
「一年くらいなら、残ってやってもいいかな^^」
「…………」
「エド?」
「…………英国に?」
「そう言ってんじゃん」
「拓海嬢ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!(*´ω`)/////」
「うるせぇ!!」
完全復旧。
◆
【親友の診断】
~恋愛なのか雇用なのか~
そこへ、
タイミングよくジョージがやってきた。
「やあ^^」
「何しに来た」
「紅茶飲みに」
「帰れ」
「嫌だよ^^」
そのまま
テーブルの書類を覗き込む。
「……何これ」
「卒業後の条件」
拓海が答える。
ジョージは数ページ読む。
「…………」
さらに読む。
「…………」
そして。
エドワードを見る。
「ハミルトン」
「なんだ」
「君さぁ」
にやり。
「恋愛じゃなくて、破格の雇用条件で婚約者囲い込んでない?^^」
「黙れ!!」
「『我が社の福利厚生は最高ですよ』ってスカウトしてる人事部長みたいだね^^」
「これは正当な契約だ!!」
「そうなの?」
「拓海嬢の実務能力と将来の責務に対する、適切な待遇だ!!」
「ふーん」
ジョージが拓海を見る。
「で?」
「ん?」
「残るの?」
「まあ」
拓海は、ファイルをぱらぱらめくった。
「週休四日みたいなもんで」
「うん」
「肉食えて」
「うん」
「家と飯ついて」
「うん」
「金もらえて」
「うん」
「日本にも帰れるなら」
にっ。
「一年くらい残ってやってもいい^^」
「…………」
エドワード、再び成仏しかける。
「拓海嬢……(*´ω`)/////」
「チョロい雇用主だねぇ^^」
「黙れジョージ!!」
◆
【合理的な囲い込み】
~結果オーライ~
そもそも。
エドワードの動機は完全な私情だった。
拓海と一年離れたくない。
日本で別の男に乗り換えられたくない。
未来の妻を
英国に、自分の側に
置いておきたい。
それだけ。
だが。
提示された条件そのものは、
拓海にとって別に悪くなかった。
卒業直後から将来必要になる実務を経験できる。
責務にはきちんと報酬が出る。
夏に一度実際にハミルトンホールで暮らして、
仕事も
社交も
生活も
問題なくできることは分かっている。
日本へ帰れなくなるわけでもない。
むしろ、
客観的に考えてもそれなりに合理的な選択肢だった。
「エド」
「はい?」
「俺、働くならちゃんと給料もらうからな」
「もちろんです」
「あと休みは休むぞ」
「当然です」
「日本帰りたい時は帰る」
「…………」
「エド」
「…………はい」
「そこ嫌そうな顔すんなwww」
「……長期でなければ」
「相談な^^」
「はい……」
「じゃ、一応考えとく」
「…………」
「何」
「嬉しいです……(*´ω`)」
「まだ決めてねぇって」
「考えてくださるだけで十分です^^」
その横でジョージが紅茶を飲みながら
ぽつり。
「これさ」
「なんだ」
「恋愛の終盤なんだよね?^^」
「そうだ!!」
「どう見ても就活だけど^^」
「黙れ!!」
こうして。
愛の告白では一ミリも動かなかった狂犬お嬢様を、
本人にとって合理的すぎる超優良待遇によって。
英国へ残留させる可能性を、
極めて高い水準まで引き上げることに成功した西欧の過保護魔王。
エドワード・ハミルトン。
一方。
未来の妻、佐伯拓海。
現在の認識。
【卒業後の就職先候補:ハミルトンホール^^】
恋愛は依然として
ほぼ未実装のままであった(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




