ハミルトン伯爵が幸せになるまで:69
拓海とエドワード、どっちを女性にして書こうかなと思ったときなんですがね。
エドワードが女性の場合のハッピーエンドがどうしても出てこなかったw
いくら考えてもバットエンドにしかならなかったんでこっちにしたんだけど。
………
そういう話も高荷はいいのかなぁなんて考えなくもない今日この頃(`・ω・´)
『査察とは、二年生の夏をハミルトンホール本邸で過ごす狂犬お嬢様(拓海)の様子を見にやってきた佐伯家の最高戦力(姉・詩織)が、由緒正しき英国名門邸宅で実務と木登りとジャージ生活を両立させる妹と、それを全自動で甘やかす西欧の過保護魔王を検分し、「……随分、馴染んだわね」と胃を押さえる現象のことであるという話』
【千代田区・佐伯家】
~帰ってこない娘~
二年生の七月半ば。
夏
例年ならば、
そろそろ拓海が日本へ帰ってきてもおかしくない時期だった。
だが。
今年は帰ってこない。
「……絢子」
「はい?」
和也が、妙に険しい顔で新聞から顔を上げた。
「拓海から連絡は?」
「ありますよ^^」
「いつ帰ってくるって?」
「帰ってきませんよ?」
「…………」
新聞が止まった。
「……今、なんて?」
「今年はハミルトンホール本邸で、夏の間ずっと過ごすそうです」
「…………」
「未来の伯爵夫人として、実務や領地のことも経験しておきたいんですって^^」
数秒。
「──な、なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?」
千代田区。
震撼。
「ハミルトンの奴!! 今年はとうとう娘を本邸へ軟禁したのかぁぁぁぁ!!」
「あなた」
「なんだ!」
「拓海が自分で残ると言ったんですよ^^」
「…………」
「しかも、食事が美味しいからって」
「…………」
「だから心配ありません^^」
「心配しかねぇよ!!」
絢子は、騒ぐ夫を横目に
静かに紅茶を飲んだ。
「では」
「?」
「詩織に、一度様子を見てきてもらいましょうか^^」
英国在住、
佐伯家長女。
母・絢子に次ぐ
拓海教育係・最高戦力。
佐伯詩織。
こうして、
ハミルトンホール現地査察が電撃決定した。
◆
【ハミルトンホール本邸】
~姉、到着~
週末。
一台の車がハミルトンホールの車寄せへ滑り込んだ。
詩織を出迎えたのは、
美しく整えられた庭園
荘厳な石造りの本邸
そして
完璧な礼を執る使用人たち。
「ようこそお越しくださいました、佐伯様」
「ありがとうございます」
詩織は穏やかに微笑んだ。
「妹がお世話になっております」
「こちらこそ。佐伯様には大変よくしていただいております」
「……そうですか」
その言葉に
ほんの少しだけ疑いの色が混じる。
”大変よくしていただいている”
誰が
誰に
「ところで」
詩織は辺りを見回した。
「拓海は?」
「佐伯様でしたら」
家令が。
あまりにも自然な口調で答える。
「西庭にいらっしゃいます」
「西庭?」
「はい」
「何を?」
一拍。
「……木の上に」
「…………」
詩織の笑顔が止まった。
◆
【西庭】
~完全適応済み~
庭園へ向かう。
遠くから聞き覚えのある声が飛んできた。
「姉ちゃーーん!!^^」
「…………」
上を見上げる。
いた。
大きな木の太い枝。
Tシャツ。
短パン。
裸足。
そして満面の笑み。
「久しぶりー!^^」
「…………」
詩織は、静かに眉間を押さえた。
「拓海」
「ん?」
「降りなさい」
「なんで?」
「いいから降りなさい」
「へーい」
するすると慣れた手つきで降りてくる。
その足元へ、
使用人がタオルを差し出す。
「佐伯様。お飲み物もご用意しております」
「おー、サンキュ^^」
「本日は日差しが強うございますので、
次に登られる際は西側の木陰の方がよろしいかと」
「分かった^^」
「…………」
詩織が、ゆっくり使用人を見る。
使用人もにこりと微笑む。
「……止めないのですね?」
「止めても登られますので」
「…………」
「旦那様も、すでに諦めておられます」
遠くから声が飛んできた。
「諦めていません!!」
「エドー^^」
「拓海嬢!! お姉様がお見えなのですから、
もう少しお淑やかにしてください!!」
「無理^^」
「拓海嬢!!」
詩織は、再び眉間を押さえた。
「…………随分、馴染んだわね」
◆
【サロン】
~査察開始~
その後、場所をサロンへ移す。
詩織の前に拓海。
その隣にエドワード。
なぜかエドワードだけ
異様に姿勢がいい。
「改めまして」
「はい」
「今日は、妹の様子を見に参りました」
「もちろんです!」
「父が、軟禁されているのではと騒いでおりまして」
「軟禁などしておりません!!」
即答。
「そうですか」
「拓海嬢はご自身の意思でこちらに残ってくださっています!」
「飯うまいからな^^」
「…………」
「庭広いし」
「…………」
「ソファでかいし」
「…………」
「菓子もある^^」
「拓海嬢」
「ん?」
「もう少し何か……」
「何が?」
「…………いえ」
詩織が静かに紅茶を口へ運ぶ。
「実務の方はいかがです?」
その問いには、家令が答えた。
「非常に熱心でいらっしゃいます」
「……拓海が?」
「はい」
「分からない点は必ず質問されますし、慣例だからという理由だけでは納得されません」
「でしょうね」
「無駄を嫌われます」
「昔からです」
「判断も極めて現実的で、我々としても大変助かっております」
「…………」
詩織が妹を見る。
拓海は出された菓子を普通に食べている。
「……あなた」
「ん?」
「案外、ちゃんとやってるのね」
「失礼だな!^^」
「春に川へ飛び込んだ女に言われたくないわ」
「なんで知ってんだよ!!」
「母から聞いたわ」
「母ちゃんめ!!」
◆
【本丸】
~甘やかしてませんか?~
詩織の視線がゆっくりエドワードへ向いた。
「では」
「はい」
「もう一つ」
「何でしょう」
「あなた」
「はい」
「拓海を甘やかしていませんか?」
「…………」
止まった。
「決して、そのようなことは」
「甘やかされてるぞ^^」
「拓海嬢!!」
即、裏切られた。
「朝起こしてくれるし」
「…………」
「髪梳かしてくれるし」
「…………」
「服も選んでくれるし」
「…………」
「腹減ったって言えば、なんか出てくる^^」
「拓海嬢、それ以上は!!」
「あと寝てたら毛布かけてくれる」
「拓海嬢ぉぉぉぉぉぉ!!」
「ガハハ!!」
詩織は、
ゆっくり。カップを置いた。
「エドワード様」
「……はい」
「この子を駄目にする気ですか?」
「違います!!」
「既にかなり駄目になっています」
「違います!!」
「そう?」
拓海が首を傾げる。
「俺、快適だぞ^^」
「それを駄目になってると言うのよ」
「えー」
詩織は
深く
長く
ため息をついた。
◆
【奥方区画】
~猫と下僕~
さらに詩織は、
拓海が夏の間使っている奥方区画も見せてもらった。
巨大ソファ。
菓子戸棚。
ジャージ収納。
拓海仕様へ調整された家具。
「…………」
「どう?」
拓海がなぜか自慢げに聞いてくる。
「いい部屋だろ^^」
「……あなたが作ったわけではないでしょう」
「エドが作った^^」
「…………」
「俺ここ好きだぞ」
「でしょうね」
その時。
拓海がソファへ転がった。
「エドー」
「はい?」
「髪ほどいて」
「はいはい^^」
エドワードは、
何の疑問もなく拓海の後ろへ回った。
丁寧に髪飾りを外し、
絡まった髪をゆっくり梳かしていく。
「痛くありませんか?」
「平気ー」
「今日は少し乾燥していますね」
「ふーん」
「あとでトリートメントしましょう」
「頼むー」
「…………」
詩織が無言でその光景を眺める。
ソファに転がった猫。
その毛繕いをする男。
「…………」
なるほど。
理解した。
妹は英国伯爵家へ嫁入りするどころか、
伯爵そのものを、完全に下僕化していた。
◆
【査察終了】
~姉の結論~
夕方、
詩織は日本の佐伯家へ電話を入れた。
すぐに父の声が飛んでくる。
『詩織!! 拓海はどうなんだ!?』
「元気よ」
『本当か!?』
「ええ」
『無理させられてないか!?』
「まったく」
『ちゃんと飯食ってるか!?』
「食べすぎなくらい」
『ハミルトンは!?』
詩織は、少し振り返った。
ソファの上
拓海。
その後ろ
エドワード。
「……ええ」
小さく笑う。
「心配いらないわ」
『本当だな?』
「驚くほど馴染んでる」
『…………』
「実務もちゃんとやってるし、使用人の皆さんにも受け入れられてる」
『そうか……』
和也の声が
少しだけ安堵する。
「ただ」
『ただ!?』
「エドワード様が、少し甘やかしすぎね」
『やっぱりあの野郎ぉぉぉぉぉぉ!!』
千代田区から魂の絶叫。
詩織はスマートフォンを少し耳から離した。
「それと」
『まだあんのか!?』
「拓海が、伯爵を完全に下僕として飼育してたわ」
『下僕ってどういうことだぁぁぁぁぁぁ!?!?』
「そのままの意味よ^^」
その後ろから、元気な声が飛んできた。
「姉ちゃーん! 飯食ってくだろー!?^^」
「いただいていくわ」
「今日肉だぞ!」
「あなた、本当に肉ばかりね」
「エドが出すから^^」
「…………」
詩織が、もう一度エドワードを見る。
「エドワード様」
「はい?」
「やはり」
にこり。
「もう少し、お話が必要なようですね^^」
「…………はい」
査察。
延長決定。
こうして、
二年生の夏日本へ帰らなかった佐伯拓海は
軟禁されるどころか
名門伯爵家の中で
仕事をし、木へ登り、ジャージで転がり、肉を食い。
そして、英国伯爵を完全な下僕として飼育しながら
想像以上にのびのびと暮らしていることが。
佐伯家へ正式に報告されたのであった(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




