ハミルトン伯爵が幸せになるまで:68
底辺作家が書く底辺生活者の話
大体実話。
Xに載せてる散文をまとめています。
『予行とは、未来の伯爵夫人教育で予想外の実務適性を発揮した狂犬お嬢様(拓海)が、二年生の夏季休暇を利用してハミルトンホール本邸へ長期滞在し、奥方区画・使用人・社交・領地行事を実地運用する一方、広大な庭園を走り回り木の上を昼寝場所へ認定した結果、西欧の過保護魔王だけでなく由緒正しき伯爵家そのものが徐々に狂犬仕様へ最適化されていく現象のことであるという話』
【六月下旬・ハミルトン別邸】
~夏の提案~
二年生の六月後半。
大学は、再び長い夏季休暇へ入ろうとしていた。
そして
この時期が近づくにつれ、
一人だけ明らかに落ち着きを失っている男がいた。
「…………」
「エド」
「はい」
「さっきから何モジモジしてんの?」
「していません」
「してるぞ」
「していません」
西欧の過保護魔王。
エドワード・ハミルトン。
去年拓海が夏季休暇で日本へ帰国した際、
わずか十四日の別離に耐えきれず
仕事を放り投げ
プライベートジェットを飛ばし
千代田区の佐伯家まで迎えに行った男である。
今年も夏休みは来る。
当然、拓海には日本へ帰るという選択肢がある。
聞きたい。
だが。
聞きたくない。
「…………」
「だから何なんだよ」
「……今年の夏季休暇は」
「うん」
「日本へ……」
言葉が詰まる。
そこへ。
救いの神が現れた。
◆
【ハミルトンホール本邸】
~期間限定・伯爵夫人β版~
「佐伯様。今年の夏は、こちらでお過ごしになってはいかがでしょうか」
本邸を訪れた週末。
家令からの提案に、拓海が首を傾げた。
「ここで?」
「はい」
春から始まった実務教育も、予想以上に順調だった。
礼儀作法や社交については、もともと問題ない。
ハミルトン家の実務についても、
専門的なことはこれからとはいえ
分からないことを放置せず。
必要なら覚え、妙な慣例には素直に疑問を投げる。
ならば次は。
実際の生活の中で覚えてみてはどうか。
「夏は領地での行事も多くございます。将来、奥方としてお暮らしになる本邸で、
実際に経験なさるのもよろしいかと」
「ふーん」
拓海は考えた。
「飯は?」
「もちろん、毎日こちらでご用意いたします」
「肉ある?」
「料理長へ申し伝えておきます」
「じゃ、いる^^」
「…………!!」
少し離れた場所で。
エドワードが声にならない歓喜を爆発させた。
去年は泣きながら日本まで追いかけた。
今年は飯と肉で最初から英国残留が決定した。
「エド、今年ここいるわ^^」
「はい!!」
「声でけぇよ」
◆
こうして。
夏季休暇の間、
佐伯拓海は
ハミルトンホール本邸で暮らすこととなった。
以前、
エドワードが婚礼までまだ先だというのに、
先走って拓海仕様へ整えた奥方区画もついに本格稼働。
巨大なソファ。
普段着用の収納。
ジャージ専用棚。
菓子戸棚。
寝ぼけた拓海がぶつかっても危険の少ない家具配置。
当時、使用人たちから、
(いくらなんでも先走りすぎでは……)
と若干引かれていた設備の数々が。
まさかの全設備、大活躍。
「このソファやっぱ寝やすいな^^」
「それはよかったです(*´ω`)」
「菓子なくなったぞ」
「補充させます^^」
「ジャージ洗濯出していい?」
「もちろんです」
「ここ便利だなー」
「…………(*´ω`)」
エドワード
改装計画の完全勝利。
◆
【本邸の朝】
~未来の日常~
朝、エドワードが食堂へ入る。
そこには
すでに朝食を食べている拓海がいる。
「おー、エド。おはよ^^」
「おはようございます、拓海嬢^^」
「このソーセージうめぇぞ」
「それはよかったです」
「食う?」
「いただきます^^」
ただそれだけ。
別邸でも
何度となく繰り返している朝の光景。
だが。
ここは、ハミルトンホール。
エドワードが幼い頃から暮らし。
やがて正式な当主として生涯を過ごす本邸。
その食卓に
拓海が当たり前のように座っている。
「…………(*´ω`)」
「エド?」
「はい?」
「またニヤニヤしてる」
「していません」
「してるぞ」
「していません^^」
そこへ
家政婦長が予定表を持ってやってくる。
「佐伯様。本日のご予定でございますが」
「おう」
「午前中は領地内の慈善施設をご訪問いただき、午後はこちらの招待客名簿をご確認いただければと」
「分かった」
「あわせて、来週のガーデンランチについて一件ご相談が」
「俺が決めるやつ?」
「将来的には、奥方様のご判断となります」
「じゃ見る」
資料を受け取る。
「……これ何?」
「料理の仕入れ先でございます」
「この前食った肉、こっちの牧場の方がうまくなかった?」
「品質評価では、こちらが若干上でございます」
「値段は?」
「ほぼ同程度です」
「じゃ、そっちでよくね?」
「かしこまりました」
「一応エドにも聞いといて」
「承知いたしました」
エドワードが、
隣で猛烈に感動している。
「…………(*´ω`)」
「エド」
「はい!!」
「お前も確認しろよ」
「もちろんです!!」
◆
【ハミルトンホール庭園】
~野生動物、放流~
ただし
未来の伯爵夫人として過ごしているからといって。
佐伯拓海が、
一日中優雅な令嬢として過ごすわけではない。
ある朝。
「拓海嬢は?」
朝食の時間になっても
食堂に拓海がいなかった。
「先ほど、庭園へ出られました」
「お一人で!?」
「……敷地内でございますが」
「お一人で!?」
エドワードは即座に庭へ向かった。
「拓海嬢!」
返事なし。
「拓海嬢!!」
広大な庭園を歩く。
いない。
嫌な予感がした。
「…………」
エドワードは
ゆっくり上を見る。
「エドー^^」
「…………」
いた。
樹齢何百年だか分からない。
由緒正しきハミルトンホールの大木。
その太い枝の上。
未来のハミルトン伯爵夫人が座っていた。
「何をしているのですか!!」
「涼しいぞ^^」
「降りてください!!」
「なんで?」
「危ないからです!!」
「このくらい平気だって」
「高さの問題ではありません!!」
「じゃ何の問題?」
「とにかく降りてください!!」
「やだ^^」
「拓海嬢ぉぉぉぉ!!」
◆
それだけではない。
別の日。
朝。
「佐伯様は?」
「庭園を走っておられます」
「走って?」
「はい」
エドワードが外へ出る。
遠くから
拓海が走ってくる。
「エドー!」
「拓海嬢!」
「走るぞ^^」
「はい?」
「広くてちょうどいいんだよ、ここ」
「ですがお一人では──」
「じゃお前も走れ^^」
「…………」
翌朝。
「エド! 行くぞ!」
「はい!!」
いつの間にか二人の日課になった。
広大な庭園を走る。
途中で拓海が立ち止まる。
木を見る。
「…………」
「拓海嬢」
「なんだよ」
「登ってはいけません」
「まだ何も言ってねぇだろ」
「顔を見れば分かります」
「エスパーかよ」
「あなたの行動パターンを把握しているだけです!」
「変態だな^^」
「なぜですか!!」
◆
【使用人の適応】
~ローカライズ進行中~
最初の一週間。
「旦那様!!」
「どうしました!?」
「佐伯様が庭園の木に!!」
「拓海嬢ぉぉぉぉぉ!!」
屋敷中大騒ぎ。
二週間後。
「佐伯様のお姿が見えないのですが」
「西庭をご確認ください」
「西庭?」
「大きな楡の木がお気に入りのようです」
「左様ですか」
三週間後。
「佐伯様は?」
「木の上でございます」
「では、お茶はそちらへ」
「かしこまりました」
順応した。
由緒正しきハミルトン伯爵家。
数百年の歴史を誇るハミルトンホール。
未来の女主人を教育していたはずが。
いつの間にか
屋敷側が未来の女主人へ適応し始めていた。
◆
【夏の社交】
~猫、正常稼働~
もちろん、
遊んでいるだけではない。
夏のハミルトンホールには多くの客が訪れる。
ある日のガーデンランチ。
拓海は朝から庭を走り回っていた人物と同一とは思えない姿で
エドワードの隣に立っていた。
「ようこそお越しくださいました。どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ^^」
完璧な微笑。
隙のない立ち居振る舞い。
客人の家族構成。
以前交わした会話。
最近の慶事。
必要な情報もきちんと頭へ入っている。
「佐伯様は、本当に素晴らしい方ですな」
「ハミルトン伯爵もお幸せでしょう」
「ええ^^」
涼しい顔で答えるエドワード。
内部。
(でしょう!? 拓海嬢は素晴らしいでしょう!!(*´ω`)/////)
そして。
客が帰る。
奥方区画の扉が閉まる。
「つっっっかれたぁぁぁぁぁ!!」
擬態解除。
ドレスから解放され。
ジャージ姿になる。
巨大ソファへ。
ドサッ!!
「エドー!」
「はい?」
「肉!!^^」
「今夜はローストビーフですよ」
「やった^^」
「髪を梳かしましょうか?」
「んー。頼むー……」
エドワードがソファの後ろへ回る。
長い黒髪をゆっくりと梳かしていく。
拓海は菓子を食べながら、
だらりとソファへ沈んでいた。
昼間客人たちから絶賛されていた。
『未来のハミルトン伯爵夫人』の姿はどこにもない。
だが。
エドワードは
むしろこちらの拓海を見ている時の方が。
幸せそうだった。
◆
【夏の日常】
~予行ではなくなる日~
本邸の格式に合わせて
無理に自分を変えるわけではない。
猫を被るべき場所では完璧に被る。
必要な仕事は覚える。
分からないことは聞く。
興味のないことには露骨に興味がない。
疲れればジャージでソファへ転がる。
腹が減れば肉を要求する。
晴れていれば庭を走る。
そして目頃な木があれば。
登る。
佐伯拓海は、佐伯拓海のまま。
少しずつ、
ハミルトンホールの暮らしへ溶け込んでいた。
「エドー」
「はい?」
「明日なんだっけ」
「午前中は何もありませんよ」
「マジで?」
「ええ」
「じゃ昼まで寝る^^」
「朝食は?」
「起きたら食う」
「分かりました^^」
「起こすなよ」
「はいはい^^」
「…………」
それだけの会話。
だがエドワードは
どうしようもなく嬉しかった。
『明日の予定を拓海とこの家で話している』
今は夏季休暇だけ。
まだ予行演習。
だが、
あと一年もすれば。
これが”日常”になる。
「…………(*´ω`)」
「エド」
「はい?」
「またニヤニヤしてるぞ」
「していません」
「してる」
「していません^^」
「変な奴」
期間限定。
伯爵夫人β版。
現在のところ。
社交。
実務。
領地行事。
屋敷内生活。
すべておおむね正常稼働。
なお。
木登りをはじめとする一部野生動物的挙動については、
ハミルトンホール側のアップデートによって順次対応中であった(笑)。
気が向いたら読んでみてください。
カクヨムにも同じ話をのせてます。
よろしくお願いします。




