ハミルトン伯爵が幸せになるまで:66
想定していないエドワードの負け(`・ω・´)
『入水とは、春の大学対抗ボートレースで母校の勝利に興奮した狂犬お嬢様(拓海)が薄手のワンピース姿のまま川へ飛び込み、無事を確認するより先に濡れた服へ気づいた西欧の過保護魔王が「見るなぁぁぁ!!」と観客全員へ強制ファイアウォールを展開する現象のことであるという話』
【テムズ川河畔】
~伝統のレガッタ観戦~
春。
柔らかな日差しの降り注ぐテムズ川沿いには、名門大学対抗の伝統的なボートレースを見ようと、
大勢の学生や観客が詰めかけていた。
川面にはいくつものボート。
岸辺には大学旗。
歓声
拍手
酒
そして
「へー。結構速ぇな^^」
淡い色の薄手のワンピース姿で、拓海がのんきに川面を眺めている。
その服を選んだのは当然
「春らしい装いがよろしいかと^^」
と朝から張り切ったエドワードである。
隣にはジョージ。
三人並んで、母校のクルーを眺めていた。
最初のうちは本当に普通だった。
「どっちがうち?」
「あちらです」
「あの青い方?」
「ええ」
「へー^^」
ところが、
レース後半母校とライバル校の艇が、ほぼ横一線に並んだ瞬間。
拓海の目が変わった。
「……お」
前のめりになる。
「行け」
「拓海嬢?」
「行け行け行け行け!!」
声が大きくなる。
「そこだ!!」
拳を握る。
「抜け!! 差せぇぇぇぇぇ!!」
未来のハミルトン伯爵夫人
完全に競馬場のおっさん化。
周囲の学生も一斉に声を張り上げる。
「行けぇぇぇ!!」
「あと少し!!」
「負けるな!!」
「拓海嬢、少しお声を……」
「うるせぇ!! 今いいとこなんだよ!!」
「皆様が見ておられます!」
「見せとけ!! 行けぇぇぇぇ!!」
「拓海嬢!!」
そして
母校のボートが
ほんのわずか艇首一つにも満たない差で。
先にゴールラインを駆け抜けた。
一瞬の静寂。
次の瞬間、河畔が揺れた。
「よっしゃあああああああああああ!!!!」
大歓声。
学生たちが飛び跳ねる。
帽子が宙へ舞う。
抱き合う。
叫ぶ。
そして
その熱狂に完全に理性を吹き飛ばされた佐伯拓海は。
そのまま
岸辺を蹴った。
ザッパーーーーーーーンッッ!!
「…………」
エドワードの思考、完全停止。
横でジョージが川面を見る。
「……飛び込んだね^^」
「拓海嬢ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
テムズ川に
西欧の過保護魔王の絶叫が轟いた。
◆
【水揚げ】
~第二次緊急事態~
「勝ったぞエドーー!!^^」
ザバァッ!!
川から顔を出した拓海が
びしょ濡れのまま、大きく手を振る。
同じように飛び込んだ学生たちが、その周囲で水しぶきを上げていた。
「サエキ! やったなぁぁぁ!!」
「おう!! 最高だったな!!^^」
「最後すげぇ差したよな!」
「見た見た!!」
男子学生と
ハイタッチ。
男子学生と
肩を叩き合う。
男子学生と
大笑い。
「…………」
エドワードは、
川岸で完全に凍りついていた。
「拓海嬢!! 何をしているのですか!!」
「飛び込んだ^^」
「見れば分かります!!」
「勝ったからな!」
「だからといって川へ飛び込む必要は……」
そこで
言葉が止まった。
「…………」
川から上がってくる拓海。
春の薄手のワンピースは、
川の水をたっぷり含み”普段よりずっと身体へ張り付いて”いた。
「…………」
エドワードの顔からさっと血の気が引く。
周囲を見る。
男子学生。
男子学生。
男子学生。
しかも。
全員拓海と一緒になって大騒ぎ。
「…………」
【緊急事態発生】
次の瞬間。
「ぎゃあああああああああああ!!!!!」
「!?」
「見るな!!」
「何が!?」
「全員見るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「何言ってんだお前www」
◆
【強制保温】
~人間ミノムシ誕生~
エドワードは自分の上着を脱ぐ。
ためらいなど一切ない。
そのまま
川から上がった拓海へ
バサッ!!
「うおっ!」
頭から肩まで完全に包む。
さらに
自分のストールまで外す。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
「おい!」
ぐるぐる。
「暑いって!!」
「駄目です!!」
「なんで!?」
「駄目だからです!!」
「説明になってねぇwww」
首から下を完全防御。
佐伯拓海 十九歳。
未来のハミルトン伯爵夫人。
人間ミノムシ化。
そこへ。
同じくずぶ濡れの男子学生が近づいてきた。
「サエキ、大丈夫か? 風邪ひくなよ」
「おう、平気……」
すっ。
「…………」
エドワードが。
音速で前へ出た。
拓海を背後へ隠す。
完璧な遮断。
「大丈夫です^^」
口元。
穏やかな笑み。
瞳。
絶対零度。
「…………」
男子学生が固まる。
「……あ、はい」
(お前に聞いてない)
そのまま一歩下がった。
横からジョージが覗き込む。
「ハミルトン」
「何だ!」
「まず怪我してないかとか、水飲んでないかとか確認した方がいいんじゃない?^^」
「それも確認する!!」
「じゃ先にそっちじゃない?」
「だがその前に見るな!!」
「優先順位おかしいよ^^」
「うるさい!!」
◆
【着替え問題】
~新たなバグ発生~
ひとしきり騒いだあと
ようやく、エドワードは拓海を上から下まで確認した。
「怪我は?」
「ない」
「どこか痛みますか?」
「ない」
「水は飲みましたか?」
「ちょっと」
「ちょっと!?」
「ちょっとだって^^」
「すぐ身体を温めます!」
「平気だって」
「平気ではありません!!」
「別にちょっと服濡れただけじゃん(・∇・)」
「ちょっとではありません!!」
拓海は自分の服を見る。
「でも着替え持ってねぇぞ」
「用意します!!」
「どうやって?」
「買います!!」
「今ここで?」
「今すぐです!!」
「誰が?」
「私が………」
止まった。
「…………」
「?」
「…………」
拓海を見る。
周囲を見る。
男子学生を見る。
もう一度
拓海を見る。
「…………」
自分が服を買いに行けば、
その間拓海がこの場所へ
男子学生に囲まれたまま残る。
「…………」
無理。
絶対に無理。
「ジョージ!!」
「嫌だよ^^」
「まだ何も言っていない!」
「服買ってこいでしょ?」
「頼む!!」
「嫌だよ^^」
「今夜の酒代を出す!!」
「…………」
ジョージが止まった。
「全部だ!」
「祝勝会の分も?」
「出す!!」
「その後も?」
「出す!!」
「じゃ行ってきます^^」
「お前ほんとチョロいな」
「拓海に言われたくないね^^」
またしても。
買収成功。
◆
【祝勝会】
~帰宅という選択肢は存在しない~
しばらくして
ジョージが着替え一式を持って戻ってきた。
「はい」
「ありがと^^」
「こちらで着替えてください!」
「へーい」
数十分後。
無事乾いた服へ着替えた拓海が戻ってくる。
エドワードは。
ほっと息を吐いた。
「では、帰りましょう」
「え?」
「…………」
「帰らねぇぞ?」
「……はい?」
「祝勝会あるじゃん^^」
「…………」
「バーベキューだって!」
「…………」
「肉出るぞ!^^」
「…………」
拓海の瞳きらっきら。
「エドも来る?」
一拍。
「──行きます!!」
即答
ジョージが笑う。
「帰るって選択肢はないんだね^^」
「拓海嬢を一人で残せるわけがないだろう!!」
「結局付き合うんじゃん」
「当然だ!!」
「じゃ肉食おうぜ^^」
「……ほどほどにしてくださいね」
「やった^^」
こうして
未来のハミルトン伯爵夫人は。
午後
伝統のレガッタで母校の勝利に大興奮し。
薄手のワンピース姿のままテムズ川へ飛び込み。
エドワードを絶叫させ。
人間ミノムシへ加工され。
緊急で着替えを買わせ。
そのまま何事もなかったかのように
祝勝バーベキューへ参加した。
一方。
西欧の過保護魔王は
冷たい川へ飛び込んだわけでもないのに。
嫉妬と焦燥と心労で
最後まで全身から湯気を噴き出していた。
「エドー! 肉焼けたぞー!!^^」
「今行きます!!」
そして
やはり
一声で呼ばれれば即座に飛んでいく
未来の伯爵夫人を飼育しているつもりで。
実際に完全飼育されているのがどちらなのか。
もはや説明するまでもない。
春のテムズ川河畔であった(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




