ハミルトン伯爵が幸せになるまで:63
拓海に近づくものは許さない
『牽制とは、正式な婚約者を手に入れた西欧の過保護魔王が、大学では去年と何一つ変わらず自由に歩き回る狂犬お嬢様(拓海)に近づく男子学生を、本人が気づくより先に背後から絶対零度の眼差しで威圧し、言葉一つ使わず片っ端から自主撤退させていく現象のことであるという話』
【大学キャンパス】
~狂犬の平常運転~
二年生の秋。
正式な婚約は大学中に知れ渡り。
英国社交界では『未来のハミルトン伯爵夫人』として認知され。
ハミルトンホールでは、本人の知らないところで奥方区画の改装まで始まっている。
だが。
佐伯拓海本人の大学生活は
去年と何一つ変わっていなかった。
性別
国籍
家柄
身分
そんなものは、どうでもいい。
面白そうな奴とは喋る。
気が合えば飯を食う。
さらに気が合えば、その場でマブダチ認定。
以上。
そんなある日の昼休み。
「エドー」
「はい?」
「今日、友達と飯食ってくる^^」
「……どなたと?」
「同じ経済学の講義受けてる奴ら」
「何人ですか?」
「五、六人?」
「男性もいらっしゃるのですか?」
「いるけど?」
「…………」
エドワードの動きが止まった。
「私も行きます(`・ω・´)」
「なんで?(・∇・)」
「婚約者として当然の責務です」
「何の責務だよ」
「拓海嬢が誰と昼食を………」
「いいよ。てか邪魔^^」
「(´;ω;`)ブワッ」
「なんで泣くんだよwww」
拓海は笑いながら手を振った。
「じゃあな!^^」
そして。
友人たちの待つカフェテリアへ、さっさと歩いていった。
「…………」
残されたエドワードは。
その後ろ姿をじっと見送る。
「…………」
そして静かに歩き出した。
別に
追いかけるわけではない。
たまたま。
昼食を取る場所が同じだっただけである。
◆
【学内カフェテリア】
~防壁展開~
昼時のカフェテリア。
拓海は男女数人の学生たちと、大きなテーブルを囲んでいた。
「サエキ、この前のレポートの参考文献なんだけどさ」
「あー、あれな。図書館の三階にあるぞ」
「探したんだけど見つからなくて」
「じゃ後で教えてやるよ^^」
「助かる! お礼に今度、学食でも奢るよ」
「マジで? 行く行く^^」
その瞬間
男子学生の表情が固まった。
「…………」
拓海の背後。
いつからそこにいたのか
長身の青年が、静かに立っている。
美しく整った金髪。
完璧に着こなされた服。
英国名門伯爵家の若き当主。
エドワード・ハミルトン。
口元には。
いつも通りの、穏やかな微笑。
だが。
「…………」
男子学生と目が合った。
翡翠に近い青の瞳。
笑っていない。
一切、笑っていない。
「…………」
「…………」
無言。
エドワードは何も言わない。
ただ。
拓海の背後から
静かに男子学生を見ている。
その瞳だけが。
明確に告げていた。
【続けてみろ】
「…………」
男子学生の額に、じわりと汗が浮かぶ。
「どうした?」
「え?」
「いや、急に黙ったから」
「い、いや! 何でもない!」
「?」
「あ、あのさ! やっぱり学食はいいや! 参考文献の場所だけ今度教えて!」
「そうか?(・∇・)」
「うん! じゃ、じゃあ俺、次の講義あるから!!」
「おう! またなー^^」
男子学生、撤退。
「…………?」
拓海は首を傾げた。
「次の講義、一時間後じゃなかったっけ?」
背後から穏やかな声がする。
「何か用事でも思い出したのでしょう^^」
「うおっ! エドいつからいたんだよ」
「今来たところです^^」
「そうか」
「はい^^」
完璧な笑顔。
ファイアウォール
正常稼働。
◆
【中庭】
~第二次防壁展開~
また別の日。
午後の講義まで少し時間が空き
拓海は中庭のベンチで、一人リンゴを丸かじりしていた。
「サエキ」
「ん?」
顔を上げる。
同じ学年の男子学生が、ペンを一本持って立っていた。
「これ、さっき教室に落としてたよ」
「あ、俺のだ。サンキュ^^」
「どういたしまして」
ペンを受け取る。
それだけ。
何の問題もない。
男子学生も、そのまま去ろうとした。
が。
「あ、そうだサエキ」
「ん?」
「今度の週末って──」
すっ。
「…………」
拓海の背後に
金髪の魔王、出現。
男子学生の言葉が止まった。
「…………」
「?」
「どうした?」
「…………」
拓海の肩越し。
目が合う。
口元
微笑。
瞳
絶対零度。
「…………」
エドワードは何も言わない。
男子学生も何も言わない。
「……週末が何?」
「いや」
一歩下がる。
「なんでもない」
「そう?」
「うん。じゃ、じゃあまた!」
「おう^^」
逃げるように去っていく背中を、拓海は不思議そうに見送った。
「なんだったんだ?」
「さあ^^」
「てかエド」
「はい?」
「お前、最近よく後ろにいるな」
「偶然です^^」
「ふーん」
リンゴをかじる。
シャクッ。
「食う?」
「いただきます^^」
防壁。
報酬獲得。
◆
【夕暮れ・校門前】
~セキュリティ管理者~
その日の夕方。
校門前で合流したジョージは
エドワードの姿を見るなり、にやりと笑った。
「ハミルトン」
「何だ」
「今日は何人消したの?^^」
「人聞きの悪いことを言うな」
「二人?」
「私は何もしていない」
「三人?」
「何もしていないと言っているだろう」
「そうだねぇ」
ジョージは肩を震わせる。
「ただ拓海の後ろに立ってただけだもんね^^」
「そうだ」
「絶対零度の目で」
「黙れ」
「相手が勝手に逃げただけ^^」
「その通りだ」
「最低だね^^」
「何がだ!!」
その時。
「エドー!」
遠くから声が飛んできた。
二人が振り返る。
売店の袋を手にした拓海が、こちらへ駆けてくる。
「これ買ってきた^^」
袋から大きなスコーンを取り出す。
「半分食うか?」
「食べます!!(*´ω`)/////」
即答。
先ほどまで絶対零度だった瞳が
一瞬にして春の陽だまりへ変わった。
「ほら^^」
「ありがとうございます、拓海嬢^^」
半分に割ったスコーンを受け取り。
エドワードは幸せそうに頬を緩める。
「…………」
ジョージは
そんな親友をしばらく眺めた。
「ハミルトン」
「何だ^^」
「セキュリティホール、でかすぎない?^^」
「何の話だ」
「いや、こっちの話^^」
◆
正式に婚約しても。
未来の伯爵夫人として社交界へ迎えられても。
佐伯拓海は
何一つ変わらなかった。
男だろうが。
女だろうが。
貴族だろうが。
一般学生だろうが。
気が合えば、
「おう!^^」
で友達になる。
当然そこに恋愛感情など欠片もない。
だが西欧の過保護魔王にとっては
相手側に何が実装されているか分からない。
ゆえに。
本日も
狂犬お嬢様本人がまったく気づかないところで。
【エドワード・ハミルトン式対男性用ファイアウォール】
は、絶賛稼働中。
なお。
その強固なセキュリティも。
「エドー! これ半分食う?^^」
の一言で。
一瞬にして完全解除されるのであった(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




