ハミルトン伯爵が幸せになるまで:62
次に出す話を考えているのですが、こっちと内容がずれててなかなか進みません
『先走り(プリインストール)とは、未来の伯爵夫人を正式に社交界へ認知させた西欧の過保護魔王が、婚礼までまだ二年あるにもかかわらずハミルトンホールの奥方区画を狂犬お嬢様(拓海)専用仕様へ完全改装し、「まだ早いのでは」と困惑する使用人たちを尻目に、巨大ソファ・ジャージ収納・菓子戸棚まで実装した結果、本人から「寝れるし菓子あるならいい部屋^^」と正式承認を獲得する現象のことであるという話』
【ハミルトンホール本邸】
~奥方区画、絶賛改装中~
二年生の秋
エドワード・ハミルトンの中では、寸分の狂いもない完璧な論理パケットが組み上がっていた。
正式に婚約した。
↓
ハミルトン家のガーデンパーティで披露した。
↓
英国社交界にも『未来のハミルトン伯爵夫人』として認知された。
↓
ならば
奥方の部屋が必要である。
↓
早急に完璧な環境を整えなければならない。
以上。
完璧である。
少なくとも本人の中では。
「……旦那様」
「何でしょう?」
困惑した顔の家令が、恐る恐る尋ねた。
「こちらで……何をなさっているので?」
「奥方の居室を整えています^^」
「……奥方?」
「拓海嬢です」
「それは存じております」
家令は一度言葉を切った。
そして
非常に言いにくそうに続ける。
「ですが……ご婚礼は、旦那様が大学をご卒業されてからでは?」
「ええ^^」
「確か……あと二年ほど……」
「そうですね^^」
「…………」
婚礼まで、約二年。
未来の奥方。
現在、大学二年生。
当然まだ住まない。
それどころか。
本人は現在、学園都市の寮で元気に学生生活を送っている。
「…………」
「?」
家令は思った。
(早すぎる)
◆
【魔改造】
~狂犬専用コンパイル~
ハミルトンホールには、代々の伯爵夫人が使用してきた専用区画がある。
寝室
私室
化粧室
衣装室
どれも歴史と格式を感じさせる調度品で統一された、由緒ある空間だった。
そこへ
若きハミルトン伯爵による、容赦ない魔改造が始まった。
「このソファは撤去してください」
「……こちらを、ですか?」
使用人が驚いて振り返る。
「先々代の伯爵夫人がお使いになった由緒ある品ですが」
「知っています」
「では、なぜ……」
エドワードは真顔で答えた。
「拓海嬢はここで寝ます」
「…………」
「…………ソファで、ですか?」
「寝ます」
断言。
実績に裏付けられた、揺るぎない確信である。
「もっと横幅があり、身体を完全に伸ばせるものを。
できれば寝返りを打っても落ちない程度の奥行きも必要ですね」
「……かしこまりました」
続いて化粧室。
「この化粧台も替えましょう」
「こちらは歴代伯爵夫人がお使いになったアール・ヌーヴォー調の逸品ですが……」
「角が危険です」
「……角?」
「拓海嬢は寝ぼけて歩きます」
「…………」
「勢いよくぶつかります」
「…………」
「もう少し角の丸いものを」
「……かしこまりました」
使用人たちは密かに顔を見合わせた。
(未来の奥方様……)
(どういう生態なんだ……)
◆
【衣装室】
~伝統とジャージ~
次に足を踏み入れたのは、広大な衣装室。
「こちらには普段着を」
「はい」
「奥のクローゼットにはドレス類を」
「かしこまりました」
「それから、こちらの棚を少し広げてください」
「何を収納なさるので?」
「ジャージです」
「…………」
沈黙。
「……ジャージ、でございますか?」
「ええ」
「こちらは、伯爵夫人の衣装室ですが……」
「拓海嬢には必要です」
「…………かしこまりました」
さらに
エドワードは私室の壁際を指差した。
「ここには戸棚を一つ」
「書籍でしょうか?」
「菓子です」
「…………」
「拓海嬢は腹が減ると機嫌が悪くなりますから」
「……左様でございますか」
「常温保存できるものはこちらへ。肉類は厨房で管理してください」
「肉類につきましては、重々承知しております」
「?」
なぜ知っているのだろう。
すでにハミルトン家の使用人たちにも、未来の奥方の食生活はかなり浸透していた。
◆
【使用人たちの戦慄】
~これは先走りなのか~
最初。
使用人たちは思っていた。
(いくらなんでも、二年前から準備する必要があるのだろうか)
若き当主が、ようやく手に入れた婚約者との未来に浮かれている。
ただ、それだけなのだろうと。
しかし。
改装が進むにつれて
少しずつ、その認識が変わっていった。
「この椅子も替えましょう」
「こちらも、でございますか?」
「ええ。もっと座面の広いものを」
「理由をお伺いしても?」
「拓海嬢は長時間、姿勢よく座っていません」
「…………」
「あぐらをかくか、脚を上げます」
「…………なるほど」
華奢なアンティーク家具。
格式を重視した調度品。
美しいが、寛ぐには少々窮屈なサロン。
エドワードは
それらを片っ端から豪華な新品へ替えようとしているのではなかった。
必要なものは残す。
拓海が使いにくいものだけを替える。
そして新しく入れるものは
すべて
佐伯拓海が、佐伯拓海のままで暮らせるもの。
使用人たちは、ようやく気づいた。
若き当主は
未来の妻を『ハミルトン伯爵夫人に相応しい女性』へ作り替えようとしているのではない。
逆だ。
”ハミルトンホールの方を、佐伯拓海が暮らせる場所へ作り替えている”。
「…………」
「どうしました?」
「……いえ。何でもございません」
そして使用人たちは
別の意味で、少し引いた。
(……この方)
(佐伯様の生活習慣、把握しすぎでは……?)
◆
【現地検分】
~狂犬、奥方区画へ~
週末。
何も知らない拓海が、学園都市からハミルトンホールへ連れてこられた。
「拓海嬢。少し見ていただきたいものがあります^^」
「なに?」
「こちらへ」
「?」
長い廊下を進み
重厚な扉の前で、エドワードが立ち止まる。
扉が開いた。
「…………」
明るい陽光の差し込む、広々とした私室。
上質でありながら、過度に華美ではない家具。
その奥には寝室。
さらに化粧室と衣装室。
「……なんだここ?」
エドワードは、誇らしげに微笑んだ。
「拓海嬢のお部屋です^^」
「…………」
「こちらが私室。奥が寝室です。衣装室と化粧室も繋がっています」
「…………」
「家具はすべて、拓海嬢が使いやすいように整えました^^」
「エド」
「はい^^」
「俺、まだ大学二年生だぞ?」
「知っています」
「結婚するのエドが卒業してからだろ?」
「ええ^^」
「あと二年くらいあんぞ?」
「知っています^^」
「…………」
知っていてやったらしい。
拓海はしばらく無言で室内を見回した。
そして、その目が止まった。
「…………」
私室中央。
横幅二メートルを超える、ふかふかの巨大ソファ。
近づく。
ぽふぽふ。
座面を叩く。
「これ寝れる?」
「もちろんです^^」
さらに
壁際の戸棚を発見。
開ける。
まだ試験的に入れられた菓子が並んでいる。
「お菓子あるじゃん」
「常時、拓海嬢のお好きなものを用意する予定です」
「…………」
巨大ソファ。
菓子。
広い部屋。
拓海の中で、何らかの査定処理が行われた。
そして。
「じゃ、いい部屋だな^^」
ドサッ!!
靴を脱ぎ。
そのまま巨大ソファへ豪快にダイブ。
「おおー! これいいぞエド! 寝れる寝れる^^」
「気に入っていただけましたか!?」
「おう^^」
「…………(*´ω`)/////」
エドワード、昇天。
少し離れた場所に控えていた使用人たちは
一連の光景を無言で見守った。
「…………」
「…………」
「…………」
そして全員ほぼ同時に思った。
(……いいんだ……)
◆
【プリインストール完了】
~未来の伯爵夫人、そのままで~
二年後
この部屋へ正式に入る予定の女性は
英国社交界で、
『楚々とした東洋の令嬢』
『未来のハミルトン伯爵夫人に相応しい女性』
と称賛されている。
だが
その実態は。
ジャージでソファへ転がり。
菓子を食い。
腹が減れば肉を要求し。
眠ければ、その辺で寝る。
”佐伯拓海”
そのものである。
そして
エドワード・ハミルトンは
そんな未来の妻を、伯爵夫人という型へ押し込めるつもりなど、最初からなかった。
拓海を変えるのではなく、
拓海がそのままで暮らせるように。
三百年以上続くハミルトンホールの方を、先に変え始めていたのである。
「エドー」
ソファから声が飛んでくる。
「はい?」
拓海が菓子戸棚を指差した。
「これ、今食っていい?^^」
「もちろんですよ」
「やった^^」
袋を抱え、そのままソファへ戻っていく。
「…………」
使用人たちは、その姿を見送った。
そして
今度は別のことを思った。
(……二年後)
(この区画、ものすごく騒がしくなるな……)
こうして
婚礼まで、あと約二年。
未来の伯爵夫人本人の心の準備を完全に置き去りにしたまま。
ハミルトンホール側の受け入れ準備だけは。
着々と、
そして異様なほど完璧に。
プリインストールされていくのであった(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




