ハミルトン伯爵が幸せになるまで:60
やれやれだぜ
『公表とは、正式な婚約者を手に入れた西欧の過保護魔王が、二年生の新学期を迎えるや否や「英国社交界には周知済みなのに大学内では噂止まり」という重大なシステム不備に耐えきれず、誰にも聞かれていないのに「彼女は私の婚約者です」と自主的な情報公開を開始する現象のことであるという話』
【ハミルトン別邸】
~二年生・新学期の朝~
長かった夏季休暇が終わった。
日本への帰省。
二週間で禁断症状を発症したエドワードの千代田区突撃。
そのまま佐伯家へ二週間居候。
イギリスへ戻れば仕事の山。
ようやく片付けたと思えば、なぜかジョージまで最後まで居座ったイタリア旅行。
そんな騒がしい夏も終わり……
二人は、大学二年目の新学期を迎えた。
朝
拓海の部屋では、エドワードがクローゼットを前に真剣な顔で悩んでいた。
「拓海嬢。本日はこちらのワンピースになさいますか?^^」
「大学行くだけだぞ?」
「ええ^^」
「ジャージでよくね?」
「よくありません」
「なんでだよ」
「新学期初日ですから」
「???」
拓海には分からない。
今日という日は、エドワードにとって単なる新学期初日ではなかった。
昨年、
大学へ入学したその日、遠くから見かけただけの東洋の令嬢に一目惚れした。
クリスマスには、ようやく彼女のエスコート役を勝ち取り。
春には本人から婚約の承諾を得て。
日本からやってきた両親にも認められ。
五月のガーデンパーティでは、英国社交界へ正式な婚約者として披露した。
つまり今日は…
【婚約成立後・初の大学公式ログイン日】
なのである。
「髪はこちらでまとめましょうか^^」
「なんでもいいぞー」
「では私にお任せください^^」
「おう」
鏡の前でされるがままになっている拓海を整えながら、エドワードの翡翠の瞳は
朝から異様なほど輝いていた。
「……エド」
「はい?」
「今日なんか機嫌よくね?」
「いつも通りですが^^」
「ふーん」
何も分かっていない。
◆
【大学キャンパス】
~重大なステータス変更~
大学へ到着すると、久しぶりに顔を合わせた友人たちが次々と集まってきた。
「サエキ! 久しぶり!」
「おー! 久しぶり^^」
「夏休み、日本に帰ってたんだろ?」
「帰ってたぞ! そのあとイタリア行った^^」
「いいな!」
「ピザめちゃくちゃ美味かったぞ! あと肉! 海も行った!」
「誰と?」
「エドとジョージ^^」
「へえ!」
「プール付きのでっけぇ家借りてな──」
横に立つエドワードの眉が、わずかに動いた。
(…………違う)
拓海は楽しそうにイタリア旅行の話をしている。
(……そこではない)
ナポリのピッツァ。
ローマの市場。
海。
プール。
肉。
ジョージが最後まで帰らなかった話。
(拓海嬢……)
エドワードの内部に、猛烈な焦燥が蓄積されていく。
(この夏、もっと重大なステータス変更があったでしょう……ッ!)
しかし拓海は、一向にその話をしない。
大学内でも、二人の婚約について噂はすでに流れていた。
ハミルトン家のガーデンパーティに日本人留学生が正式なパートナーとして出席した。
若きハミルトン伯爵が彼女を「特別な女性」として扱っている。
どうやら婚約したらしい
だが
本人たちからの正式な情報公開が、まだない。
拓海本人に至っては、そんなことを発表する必要性すら感じていなかった。
エドワードにとって、これは由々しき事態である。
「ハミルトン」
横からジョージが声をかける。
「なんだ」
「さっきから何モジモジしてるの?^^」
「していない」
「言いたいんでしょ?」
「何をだ」
「婚──」
「ジョージ」
「はいはい^^」
◆
【先制攻撃】
~聞かれていない~
そこへ、昨年から拓海と顔見知りだった男子学生がやってきた。
「サエキ。今年もよろしく」
「おう、よろしく^^」
「夏休み楽しかったみたいだな」
「おう! イタリア良かったぞ!」
「そういえば今度……」
「彼女は私の婚約者です」
「…………」
「…………」
「…………」
時が止まった。
男子学生が、ゆっくりエドワードを見る。
「……ハミルトン」
「はい」
「僕、まだ何も聞いてないけど」
「念のためです」
拓海が吹き出した。
「何の念だよwww」
「いえ。特に」
「変な奴^^」
だが、その一言で拓海もようやく思い出したらしい。
「あ、そういや俺、エドと婚約したぞ^^」
「えっ!?」
「春にな! 親父と母ちゃんが英国まで来て、ちゃんと認めてもらった!」
「本当に婚約したの!?」
「おう^^」
「ガーデンパーティに一緒に出たって聞いたから、もしかしてとは思ってたけど……」
「そういうことらしいぞ^^」
「らしいって……おめでとう!」
「ありがとな^^」
その横で。
「…………(*´ω`)」
エドワード・ハミルトン、発光。
ついに…
ついに本人の口から。
『エドと婚約した』
という正式な情報が大学内へ放流されたのである。
「ハミルトンも、おめでとう」
「ありがとうございます^^」
完璧な微笑。
完璧な貴族。
しかし内部では、
【もっと広まれ】
【全学へ届け】
【できれば全世界へ届け】
と、祝砲が鳴り響いていた。
【爆速拡散】
~全学ブロードキャスト~
若きハミルトン伯爵が、日本人留学生の佐伯拓海と正式に婚約した。
その情報が大学中へ広まるのに、大した時間は必要なかった。
昼休みには、廊下を歩くだけで声をかけられる。
「サエキ、おめでとう!」
「ありがとな^^」
「本当にハミルトン伯爵と婚約したの?」
「したぞー」
「春のガーデンパーティの噂、本当だったんだ!」
「たぶんな^^」
「たぶんって何よ!」
「ガハハ^^」
拓海はいつも通り。
一方、その隣を歩くエドワードは
「……ずいぶん広まりましたね」
表面上は冷静だった。
だが。
「ハミルトン」
「なんだ」
「嬉しそうだね^^」
「別に」
「口元」
「…………」
「ニヤけてるよ^^」
「ニヤけていない」
「そういうことにしといてあげる^^」
ジョージだけが、すべてを知っていた。
◆
【中庭】
~去年と今年~
昼休み。
いつもの中庭。
いつものベンチ。
「エドー、腹減ったー」
「今日はサンドイッチを用意してありますよ」
「肉ある?」
「ローストビーフがあります^^」
「やった!」
拓海が嬉々として包みを開く。
まず肉。
「拓海嬢」
「ん?」
「野菜も食べてください」
「あとで」
「昨日もそう言いました」
「今日は食う」
「では先に一口」
「やだ」
「一口」
「…………」
「…………」
「…………チッ」
渋々、野菜を口へ放り込む。
「はい^^」
「うぜぇwww」
去年と、何一つ変わらない。
拓海が腹を空かせ。
エドワードが食事を用意し。
野菜を食べろ、嫌だと揉め。
最後には拓海が折れる。
同じ大学。
同じ中庭。
同じ二人。
ただし。
去年のエドワードは、”片思い”だった。
「エド、この肉うまいぞ^^」
「そうですか^^」
「お前も食え」
「いただきます」
今年は
”正式な婚約者”である。
「…………(*´ω`)」
「エド」
「はい?」
「またニヤニヤしてるぞ」
「していません」
「してるってwww」
「していません」
拓海はローストビーフを頬張りながら、しばらくエドワードを眺めていた。
そして、ふと思い出したように尋ねる。
「そういやさ」
「はい?」
「なんで朝から、そんな婚約したって言いたかったんだ?」
「…………」
「?」
「…………別に」
「なんだよそれ」
「何でもありません^^」
「変な奴」
去年は、ただ隣にいられるだけで幸せだった。
今年は、その同じ場所に。
『正式な婚約者』として拓海がいる。
外から見れば、何一つ変わらない大学生活。
しかし西欧の過保護魔王の内部では
【佐伯拓海:一目惚れした女性】
【佐伯拓海:片思いの相手】
【佐伯拓海:大切な人】
を経て、
ついに。
【佐伯拓海:正式な婚約者/未来の妻】
への重大アップデートが完了していた。
そして、その幸福なステータス変更を
できることなら
全世界へブロードキャストしたい
「エドー、これも食っていい?」
「どうぞ^^」
「やった!」
なお。
その「未来の妻」本人だけは
今日も何一つ、分かっていないのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




