ハミルトン伯爵が幸せになるまで:56
エドワードは拓海が拓海なら愛せます
『擬態とは、狂犬お嬢様(拓海)の母校を訪れた西欧の過保護魔王が、教師から「昔から本当にお淑やかで礼儀正しいお嬢様でした^^」という自分が一目惚れした幻影そのものの人物評を聞かされ、直後に本人から「猫だよ^^」と十五年間に及ぶ高度な偽装工作だったことを知らされる現象のことであるという話』
【名門女子校・正門前】
~聖地巡礼・学舎編~
日向神社で【二歳児・泥まみれ&虫テロ】という貴重な幼少期ログを回収した翌日。
エドワードの熱烈な希望により、二人は佐伯家から少し離れた、閑静な住宅街へやって来ていた。
高い塀と豊かな木々に囲まれた、歴史ある名門女子校。
幼稚園から高校卒業まで。
佐伯拓海が実に十五年間を過ごした、伝統ある学び舎である。
「……ここが……」
正門の前で、エドワードが立ち止まった。
「拓海嬢が十五年間を過ごされた、神聖なる学舎……」
「学校だぞ?」
「分かっています」
「昨日からお前、俺が昔いた場所見るたびにその顔すんのやめろwww」
「私が知る以前の拓海嬢を知ることのできる、大切な場所ですから」
「変な奴^^」
拓海にとっては、十五年間通っただけの母校。
エドワードにとっては、自分が出会う以前の拓海が
毎日ここへ通い、学び、笑い、成長していた歴史的聖地である。
その温度差は、今日も絶好調だった。
「中は入れねぇと思うぞ。夏休みだし」
「外から拝見するだけでも十分です」
「何を拝むんだよwww」
そんな話をしていた、その時。
校舎の方から、一人の初老の女性が歩いてきた。
上品なブラウスにスカート。
穏やかで、いかにもこの学校の教師らしい品のある女性だった。
そして拓海を見るなり、目を丸くした。
「あら……?」
拓海も気づく。
「あ」
「まあ! 佐伯さんではありませんか!」
その瞬間だった。
【カチッ】
エドワードには確かに聞こえた気がした。
佐伯拓海の全身で、何かのスイッチが切り替わる音が。
◆
【完全擬態】
~降臨する、かつての幻影~
拓海の背筋が、すっと伸びた。
足が揃う。
指先まで自然に整えられる。
そして。
「まあ、先生。ご無沙汰しております^^」
「…………?」
柔らかな声。
穏やかな微笑み。
つい数秒前まで、
『何を拝むんだよwww』
と笑っていた女と、同一人物とは思えない。
「お元気でいらっしゃいましたか? お変わりないご様子で、何よりでございます^^」
「…………???」
エドワードが止まった。
「佐伯さんも、お元気そうで安心しました。英国へ留学されたと伺っておりましたよ」
「はい。おかげさまで、向こうでも充実した日々を過ごさせていただいております^^」
「まあ、それは何よりです」
楚々とした立ち姿。
控えめな笑み。
鈴を転がすような柔らかな声。
落ち着いた所作。
どこからどう見ても………
完璧な深窓の令嬢。
エドワード「…………」
そして
エドワードの脳裏に、数年前の記憶が蘇った。
英国の大学で、初めて拓海を見かけたあの日。
美しい黒髪。
凛とした佇まい。
異国の地にありながら一分の隙もない、楚々とした東洋の令嬢。
一目見た瞬間、心臓を撃ち抜かれた。
あの日の佐伯拓海が
今、目の前に完全復元されていた。
(……拓海嬢……!?)
しかも
教師は、さらにエドワードへ追撃する。
「佐伯さんは、幼稚園の頃から本当にお淑やかなお嬢さんで」
「…………」
「礼儀正しく、いつも穏やかで」
(……穏やか……?)
「物静かで」
(……物静か……??)
「下級生の面倒見も良くて、『拓海お姉さま』と慕っている子も多かったのですよ^^」
「…………」
エドワードの頭の中に
昨日、日向神社で聞いた証言が蘇る。
『これむしーー^^』
『いやああああああ(´;ω;`)』
『どろあそびーー^^』
『いやああああああ(´;ω;`)』
『木があったら登るだろばかちんが^^』
目の前の人物評との互換性が、一ミリもない。
「まあ、先生。身に余るお言葉でございます^^」
拓海は慎ましやかに微笑んだ。
エドワード「…………」
(……誰だ……)
(……この方は……一体……誰なんだ……!?)
なお。
中高時代、学校の外へ出た途端に野生へ戻り、
年に数回ほど姉・詩織へ大目玉を食らっていた事実については
佐伯家の威信にかけて完全オフレコ処理されている。
◆
【婚約者紹介】
~魔王、混乱中に突然天国へ送られる~
すると
教師がようやく、拓海の隣で完全にフリーズしている金髪の青年へ目を向けた。
「あら、ところで佐伯さん。こちらの方は?」
「はい^^」
拓海はにこりと微笑み、
あまりにも自然にさらりと言った。
「──私の婚約者でございます^^」
エドワード「────ッ!!!!」
全内部処理、緊急停止。
「エドワード・ハミルトン様です」
「まあ!」
教師の顔がぱっと明るくなる。
「佐伯さん、ご婚約なさったの!」
「はい^^」
「おめでとうございます。とても素敵な方ね」
「ありがとうございます^^」
エドワード「…………」
「ハミルトン様。佐伯さんは当校でも、本当に素敵なお嬢さんでした。
どうぞ大切になさってくださいね^^」
ようやくエドワードが再起動した。
「はい!! 生涯、大切にいたします!!」
「まあまあ^^」
拓海「ふふっ^^」
エドワード「…………(*´ω`)/////」
つい数秒前まで、
『この人は誰だ』
という混乱の極みにいた西欧の過保護魔王。
しかし、
『私の婚約者でございます^^』
の一撃ですべて吹き飛んだ。
(拓海嬢が……)
(私を……)
(婚約者と……)
(ご紹介してくださった……ッ!!)
現在、天国。
◆
【偽装解除】
~一目惚れの正体~
やがて。
「それでは佐伯さん。またいつでも遊びにいらしてくださいね」
「はい。ありがとうございます^^」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、先生^^」
教師が校舎へ戻っていく。
その後ろ姿が完全に見えなくなり………
一秒
二秒
三秒
「ふぅぅぅぅぅ!!」
拓海の肩が、一気に落ちた。
「肩凝ったぁぁぁ!!」
ゴキッ。
ゴキゴキッ。
首を鳴らす。
「…………」
「いやー、久しぶりにやったわ。まだちゃんとできるもんだな^^」
「…………拓海嬢」
「ん?」
「今のは……」
「ん?」
「今のは、一体……何だったのですか……?」
拓海はきょとんとした。
そして
「猫^^」
「…………」
「猫?」
「猫かぶってんだよ^^」
「…………」
「ここで『おう先生! 久しぶり!^^』とかやってみろよ。
どっから姉ちゃんと母ちゃんに話が回るか分かんねぇだろ」
「…………」
「『佐伯さん、英国へ行って随分お変わりになって……』なんて連絡されたら、俺が殺される^^」
「…………」
「幼稚園から十五年間だぞ? サバイバル技術だよ、サバイバル技術www」
エドワードの翡翠に近い青い瞳から
ゆっくりと光が消えた。
◆
【真相】
~佐伯家謹製・十五年物の猫~
「……では」
「ん?」
「私が初めて拓海嬢をお見かけした時も……」
「んー?」
「楚々として……物静かで……慎ましやかで……」
「ああ」
拓海はあっさり頷いた。
「猫^^」
「…………」
雷撃。
英国へ留学してきた、美しい東洋の令嬢。
一目見た瞬間、恋に落ちた。
あの完璧な立ち居振る舞いも。
あの慎ましやかな微笑みも。
あの儚げな雰囲気も。
すべて……
母・絢子と姉・詩織による長年の教育と鉄拳制裁によって完成した、
佐伯家謹製・超高度カモフラージュシステムだった。
「……天然では……」
「ねぇよwww」
「…………」
「普段からあんなのやってたら息詰まって死ぬわ! ガハハハ!^^」
エドワードは
数年前の自分へ教えてやりたくなった。
お前が今、雷に撃たれたような衝撃を受けて見つめている美しい東洋の令嬢は
数か月後には木から降ってくるぞ。
◆
【完璧な社会適応】
~ただし魔王には致命傷~
二人は校舎沿いをゆっくり歩いた。
夏休みとはいえ、部活動に来ている生徒の姿がちらほら見える。
「あっ……!」
窓辺にいた女子生徒の一人が拓海に気づいた。
「拓海お姉さま!?」
「えっ!?」
「本当だ!」
拓海「…………」
カチッ。
再びスイッチON。
拓海は窓へ向かって、にこりと上品に微笑んだ。
「皆様、ごきげんよう^^」
「きゃああああ!!」
「拓海お姉さまー!」
「お久しぶりです!」
「お隣の方はどなたですの!?」
拓海はエドワードを見て
再び、さらり。
「私の婚約者です^^」
「きゃあああああああ!!」
エドワード「!!(*´ω`)/////」
「素敵!」
「お似合いですわ!」
「お幸せに!」
拓海「ありがとうございます^^」
そして角を曲がり、生徒たちから見えなくなった瞬間。
カチッ。
「暑っちぃー。エド、水」
「…………」
「エド?」
「…………」
「おーい」
「……拓海嬢」
「ん?」
エドワードは、ふと思ったことを口にした。
「……私の前では、そのようになさらないのですね」
「あ?」
「その……今のような振る舞いを」
「あー」
拓海は水筒を受け取りながら、何でもないことのように答えた。
「だって、お前の前じゃ猫かぶらなくていいじゃん^^」
「…………」
「その方が楽だし」
「………………」
エドワードが止まった。
「?」
「…………」
「エド?」
「……そう、ですか……」
じわじわ。
じわじわ。
口元が緩む。
「……私の前では……ありのままで……」
「ん?」
「いえ……(*´ω`)」
「なんでまたニヤニヤしてんだよ」
「していません」
「してるぞ」
だが拓海はさらに続けた。
「お前、俺が何やっても大体怒らねぇし^^」
「危険なことは怒ります」
「でも最後は許すじゃん」
「…………」
「飯も奢ってくれるしな!^^」
エドワード「…………」
急降下。
「腹減ったなー。帰りなんか食おうぜ^^」
「……はい」
「肉な!」
「はいはい^^」
結局一目惚れした楚々とした令嬢が、十五年物の【擬態猫】だったと判明しても、
エドワード・ハミルトンにとっては、何の問題にもならなかった。
清楚に微笑む拓海も。
泥まみれで虫を追いかける拓海も。
木へ登る拓海も。
肉を要求する拓海も。
すべて”佐伯拓海”なのだから。
そして何より、
”自分の前では、何も演じなくていい”
拓海本人にとっては、ただそれだけの意味しかない言葉を
西欧の過保護魔王は、生涯大切に保管する宝物のように胸へしまい込んだ。
「エドー! 何してんだよ、置いてくぞー!」
「今行きます!」
「肉ー!」
「分かりましたから走らないでください!」
こうして。
【二歳児から変わらぬ天然狂犬】と、
【十五年かけて完成した完璧なお嬢様】。
その両方がまったく矛盾なく同居しているという佐伯拓海最大の謎を目の当たりにして。
それでもやっぱり、
「どちらも素晴らしい(*´ω`)」
という何の解決にもなっていない結論へ到達した西欧の過保護魔王による母校巡礼は、
無事終了したのであった……(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




