ハミルトン伯爵が幸せになるまで:55
エドワードのご褒美その2
『幼馴染とは、狂犬お嬢様(拓海)の地元案内について行った西欧の過保護魔王が、日向神社で「幼少期の生きたログファイル(幼馴染・菜摘)」を発見した挙句、二歳児の泥まみれ&虫テロ写真という物証まで入手し、本人にとっては黒歴史ですらない日常を神聖な歴史資料として歓喜のコンパイルを行う現象のことであるという話』
【千代田区・日向神社】
~聖地への足踏み入れ~
夏の強い日差しが降り注ぐ午後。
セミの鳴き声が響く石段を、拓海とエドワードが並んで上がっていく。
拓海はTシャツに短パンという完全なる夏休み仕様。
対するエドワードは、その隣で拓海の帽子と日傘、冷たい飲み物の入った水筒まで持っている。
「ここ、日向神社。ガキの頃よく遊びに来てた^^」
「ここが……」
エドワードが足を止めた。
「母ちゃんの昔からの友達が、ここの神主の奥さんなんだってさ。
だからガキの頃、しょっちゅう連れてこられてた」
「……なるほど」
「何がなるほどなんだよ」
「拓海嬢の幼少期を形成した、重要な場所ということですね」
「ただの遊び場だぞwww」
拓海にとっては、近所にある昔馴染みの神社。
しかしエドワードにとっては違う。
自分が知るより遥か以前。
二十年近く前から佐伯拓海が走り回っていた場所である。
すでに翡翠に近い青い瞳は、歴史的遺構へ足を踏み入れた考古学者のような神聖な光を宿していた。
「エド。行くぞー」
「はい!」
鳥居をくぐり、境内へ入る。
その時だった。
社務所から、一人の若い女性が顔を出した。
「……拓海?」
「ん?」
女性が目を丸くする。
「やっぱり拓海じゃん!」
「おー、菜摘! 久しぶり^^」
「久しぶり! あんた英国に留学してたんじゃなかったの?」
「夏休みだから帰ってきた^^」
そのやり取りを聞いた瞬間。
エドワードの表情が変わった。
「……お知り合いですか?」
「おう。幼馴染。ガキの頃から知ってる^^」
「…………!」
ビビビビッ!!
西欧の過保護魔王の内部アンテナが、最大出力で立ち上がった。
幼馴染。
つまり、自分の知らない幼少期の佐伯拓海を知る人物。
しかも本人の記憶すら曖昧な時代からの、貴重極まりない生きたアーカイブである。
一方。
菜摘は菜摘で、拓海の隣に立つ男を凝視していた。
金髪。
長身。
翡翠を思わせる青い瞳。
どう考えても、この辺りを散歩していて自然発生する種類の外国人ではない。
「……誰、このすっごい外国人」
「俺の婚約者^^ エド^^」
「…………」
菜摘が止まった。
「…………婚約者?」
「おう^^」
菜摘は拓海を見る。
エドワードを見る。
もう一度、拓海を見る。
「……あんた、結婚すんの?」
「まだしねぇよ。婚約^^」
「…………あんたが?」
「なんだよwww」
◆
【ログ抽出】
~狂犬アーカイブの開示~
「初めまして。エドワード・ハミルトンと申します」
エドワードは丁寧に頭を下げた。
「えっ、あ、初めまして。日向菜摘です」
挨拶。
ここまでは普通だった。
次の瞬間には、情報収集が始まった。
「菜摘さんは、拓海嬢とはいつ頃からのお知り合いなのですか?」
「いつから……?」
菜摘が考える。
「物心つく前からだから……二、三歳くらい?」
「二、三歳……!」
翡翠に近い青い瞳が、宝石のように輝いた。
菜摘「…………」
拓海「…………」
「……なんでそんな嬉しそうなの、この人」
「知らねwww」
「拓海嬢は、どのようなお子さんだったのでしょう?」
「エド、お前何の聞き取り調査してんだよ」
「重要なことです」
「何がだよwww」
菜摘はしばらく考え。
そして。
「あー……」
遠い目をした。
「昔から全然変わってないよ」
「ぜひ詳しく」
「おい」
菜摘は容赦なく記憶を掘り起こした。
「虫捕まえて、私のところに持ってきたり」
「ガハハwww やったやった!」
「『これむしーー^^』って」
「…………!」
「私が『いやああああああ(´;ω;`)』って逃げると、面白がって追いかけてくるの」
「お前、昔から虫ダメだったもんなwww」
「あんたが追いかけてくるからだよ!!」
エドワードは真剣な顔で聞いている。
完全に脳内メモリへ保存中である。
「あと雨上がり」
「あー^^」
「泥の中へ突っ込んで『どろあそびーー^^』って」
「楽しいじゃん^^」
「私にも泥つけてくるから『いやああああああ(´;ω;`)』って」
「お前ずっと泣いてんなwww」
「あんたのせいだよ!!」
さらに、
菜摘は境内に立つ大きな木を指差した。
「挙句に木があれば登るし」
「木があったら登るだろ。ばかちんが^^」
「登らないよ普通!!」
「え?」
「なんで本気で分からない顔すんの!?」
「…………(*´ω`)」
拓海が気づいた。
「……エド」
「はい?」
「なんでお前、そんな幸せそうなんだよ」
「いえ……」
エドワードは感慨深げに拓海を見る。
「二、三歳の拓海嬢も、今とまったく変わらなかったのだな、と」
「変わってないよ」
菜摘が即答した。
「本当に何一つ変わってない」
「成長してるわ!!」
「どこが!?」
◆
【査定逆転】
~幼馴染、婚約者を心配する~
ひとしきり幼少期の被害報告を終え
今度は菜摘が、エドワードをじっと見た。
「……ねえ」
「はい?」
「その……失礼だったらごめんなさい」
「構いません」
菜摘は拓海を指差した。
「……この人の、どこがいいの?」
「お前失礼だな!!」
しかし。
エドワードは一切迷わなかった。
「──すべてです」
0.1秒。
即答だった。
菜摘「…………」
拓海「だってよ^^」
「……いや」
菜摘は今度こそ本気でエドワードを見る。
「大丈夫? この人」
「?」
幼馴染、わずか数分で西欧の過保護魔王を心配する側へ回った。
「拓海と結婚するんでしょ?」
「はい^^」
「……頑張ってね」
「ありがとうございます^^」
「なんだよその言い方!!」
◆
【物証発掘】
~二歳児の狂犬、現存~
その騒ぎを聞きつけて
社務所の奥から、もう一人の女性が顔を出した。
「あら? もしかして拓海ちゃん?」
「おー、おばちゃん! 久しぶり^^」
菜摘の母。
絢子の古くからの友人であり、拓海が幼い頃からよく知る女性だった。
「まあ、本当に拓海ちゃん! 大きくなって!」
「もうとっくに大人だぞwww」
「絢子から英国へ留学してるって聞いてたけど」
「夏休みだから帰ってきた^^」
そして当然、視線は隣へ。
「あら……そちらの方は?」
「エド。俺の婚約者^^」
「まあ!!」
「初めまして。エドワード・ハミルトンと申します」
「まあまあまあ……拓海ちゃんが婚約なんて……!」
「なんでみんなそこで驚くんだよ!」
菜摘「自分の胸に聞きなよ」
「なんだと^^」
すると
菜摘の母が、ふと思い出したように手を叩いた。
「あ、そうだ」
「ん?」
「昔の写真、まだあったかしら」
エドワード「──写真?」
反応速度、0.01秒。
菜摘「…………食いついた」
拓海「すげぇ勢いで食いついたなwww」
「菜摘が小さい頃のアルバムに、拓海ちゃんもたくさん写ってるのよ。いつも一緒に遊んでたから」
「…………」
エドワードの瞳が
本日最大級の輝きを放った。
「……拝見してもよろしいでしょうか」
「もちろん^^」
「ありがとうございます!!」
「エド、声でけぇよwww」
やがて
社務所の奥から、一冊の古いアルバムが運ばれてきた。
菜摘の母がページを開く。
「ほら、これ」
そこには。
泥まみれ
髪はボサボサ
小さな手に虫を握り
満面の笑顔でカメラへ突撃してくる、二、三歳ほどの拓海。
その後方には。
今にも泣き出しそうな顔で逃げる、小さな菜摘。
「…………」
菜摘が写真を見た。
「……写真だけで声が聞こえる」
拓海も覗き込む。
「ガハハハハ!! お前すげぇ顔!!www」
「誰のせいだよ!!」
菜摘の脳内には、鮮明に再生されていた。
『これむしーー^^』
『いやああああああ(´;ω;`)』
一方。
エドワードは。
「…………」
無言だった。
「エド?」
「…………」
写真を凝視している。
「おーい」
ようやく。
震えるような声が漏れた。
「……拓海嬢が……小さい……」
「そりゃ二歳だからな」
「…………可愛い……」
「今もかわいいだろ^^」
「もちろんです!!!!」
菜摘「…………」
拓海「そこ即答なんだwww」
次の写真。
泥水の中へ座り込み、全身茶色になって笑っている拓海。
次。
木へよじ登ろうとして、大人に引きずり降ろされている拓海。
次。
泣いている菜摘の隣で、なぜか本人だけ満面の笑顔を浮かべる拓海。
エドワード「…………(*´ω`)」
菜摘「…………」
「ハミルトンさん」
「はい?」
「これ見ても、本当に拓海でいいの?」
エドワードは不思議そうに首を傾げた。
「むしろ、何が問題なのでしょう?」
菜摘「…………」
一切の迷いがない。
菜摘はしばらくエドワードを見つめ
最後には、そっとその肩を叩いた。
「……頑張ってね」
「ありがとうございます^^」
「だからなんでお前ら意気投合してんだよ!!」
◆
【聖地認定】
~アーカイブ、英国へ~
アルバムを見終えたエドワードにとって。
日向神社は、もはや単なる「拓海の地元の神社」ではなくなっていた。
境内を歩きながら、菜摘へ尋ねる。
「……泥遊びをしていたのは、どの辺りでしょう」
「え?」
「先ほどのお話の」
「その辺じゃない?」
「この辺りですか……」
「いや、二十年くらい前だし、雨降ったらその辺全部泥だったから知らないけど」
「なるほど……」
拓海「何を確認してんだお前www」
そして。
先ほど菜摘が指差した木の前で、再び足を止める。
「この木にも登ったのですか?」
「たぶんな。覚えてねぇけど^^」
「…………」
「エド?」
「……写真を一枚」
「木の?」
「はい」
「なんで?」
「記念です」
「何の記念だよwww」
パシャ。
菜摘「…………」
拓海「変な奴^^」
だが
エドワードにとっては、そのすべてが大切だった。
自分が出会うより遥か以前。
まだ英国も。
ハミルトン家も。
エドワードという人間の存在すら知らなかった頃の拓海が。
ここで笑い。
走り回り。
虫を捕まえ。
泥まみれになり。
木へ登っていた。
という事実だけで、充分だった。
もっとも当の本人は。
「暑っちぃー。エド、水筒」
「はい」
「んぐんぐ……あー、生き返る^^」
何一つ感慨を抱いていなかった。
そして帰り際。
エドワードが、菜摘の母へ非常に真剣な顔で尋ねた。
「……あの」
「はい?」
「先ほどのお写真なのですが」
拓海「?」
「焼き増ししていただくことは可能でしょうか」
拓海「欲しいの!?」
「当然です」
「何に使うんだよ!!」
「英国へ持ち帰ります」
「だから何に!?」
「額装して私室へ」
「やめろ変態外人!!!!」
菜摘「…………」
菜摘の母「あらあら^^」
「泥だらけの二歳児だぞ!?」
「最高ではありませんか」
「何がだよ!!」
こうして
幼馴染・菜摘という【生きたログファイル】のみならず
二歳の泥まみれ狂犬という貴重な物理アーカイブまで手に入れた西欧の過保護魔王。
その横で菜摘は、英国へ帰っていく二人の未来を想像し
もう一度だけ、小さく呟いた。
「……ハミルトンさん、本当に頑張ってね……」
なお。
本人は。
「何が?^^」
と最後まで分かっていなかったのであった……(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




