ハミルトン伯爵が幸せになるまで:54
エドワードにとってのご褒美
『日常とは、狂犬お嬢様(拓海)の故郷を知るため佐伯家へ二週間居候することになった西欧の過保護魔王が、日本の家庭で迎えた最初の朝から当然のように寝癖を直し、髪を梳かし、朝食まで管理し始め、「英国だけじゃなかったのか!!」と父親(和也)へ絶望を叩きつける現象のことであるという話』
【千代田区・佐伯家】
~英国伯爵、初めての朝~
翌朝。午前七時。
佐伯家の朝は、ごく普通に始まった。
「おはようございます」
客間から姿を現したエドワードは、すでに完璧だった。
髪は綺麗に整えられ、シャツにも皺一つない。
数日前、拓海欠乏症に耐えきれず地球の反対側からチャーター機で押しかけ、
そのまま日本の一般家庭へ居候を決め込んだ英国伯爵とは到底思えない仕上がりである。
「まあ、おはようございます。よく眠れました?」
「はい。おかげさまで」
「朝食、もうすぐですからね^^」
「ありがとうございます」
台所に立つ絢子へ、丁寧に頭を下げる。
そこへ……
ドス。
ドス。
ドス。
重厚な足音とともに、和也が姿を現した。
「…………」
「おはようございます、お父様」
「──誰がお父様だ」
朝一番から、平常運転だった。
「……お前、早いな」
「いつもこの時間には起きていますので」
「ふん」
和也は新聞を手に椅子へ座る。
ちらりとエドワードを見る。
昨日はいろいろあった。
ありすぎた。
だが、
こうして見る分には、極めて礼儀正しい青年である。
朝も早い。
身なりもきちんとしている。
客としての振る舞いにも問題はない。
(……まあ、その辺はさすがというか……)
その時。
二階から
ドタッ。
ガンッ!!
『いってぇ……』
何かが派手に壁へぶつかった音がした。
「……!」
エドワードが即座に立ち上がる。
和也は新聞から顔を上げた。
やがて
階段から、一人の女がのそのそと降りてくる。
「……ねみぃ……(´д⊂)」
ヨレヨレのTシャツ
短パン
裸足
そして髪は、重力に真っ向から反逆して盛大に爆発していた。
先日まで英国社交界で「東洋の奇跡の令嬢」と持て囃され、未来のハミルトン伯爵夫人として
披露されていた女の面影は、どこにもない。
「おはよー……」
「おはよう、拓海」
「んー……」
両親は慣れている。
夏休みの佐伯拓海など、毎年こんなものだ。
だが
エドワードだけが、流れるように動いた。
「拓海嬢」
「ん?」
「こちらへ」
「んー」
拓海は何の疑問も抱かず、当然のようにエドワードの前へ歩み寄った。
和也の新聞が止まった。
「…………」
エドワードは、爆発した拓海の頭をじっと検分する。
「ずいぶん絡まっていますね」
「寝たからな」
「普通に寝れば、ここまでにはなりません」
「知らね^^」
「座ってください」
「へーい」
拓海が椅子へドカッと座る。
するとエドワードは、持参したバッグから……
【佐伯拓海専用・ヘアケア一式】
を迷いなく取り出した。
「…………」
和也の新聞が、さらに下がった。
シュッ
シュッ
ミストを吹きかけ
毛先から丁寧に梳かしていく。
「痛くありませんか?」
「んー……」
「ここ、かなり絡まっていますから。動かないでくださいね」
「へーい……(´-ω-`)」
拓海は半分寝ている。
エドワードは完全なる職人の手際。
「…………おい」
「はい?」
「…………何してる」
エドワードは不思議そうに振り返った。
「拓海嬢の髪を整えていますが」
「それは見れば分かる!!」
「では、何を?」
「お前、それ日本でもやるのか!?」
「?」
エドワードは本気で意味が分からない顔をした。
「当然ですが」
「──当然じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
朝七時
千代田区へ、警視庁刑事の怒号が響き渡った。
「親父うるせぇ。朝だぞ」
「お前のせいだ!!」
「俺なんもしてねぇじゃん」
「してもらってるんだよぉぉぉぉぉ!!」
◆
【全自動飼育】
~父、現物を見る~
英国で
和也は確かに聞いていた。
朝の髪
服
食事
夜の洗髪
風呂上がりのドライヤー
スキンケア
全部、ハミルトン伯爵がやっている。
だが
聞くのと、実の娘が世話されている現場を目の前で見るのとでは、破壊力が違いすぎた。
「はい。整いました」
「おー^^」
「顔は?」
「まだ洗ってねぇ」
「洗ってきてください」
「めんどい」
「拓海嬢」
「…………」
「洗ってくるだけです」
「…………へーい」
拓海が、のそのそと洗面所へ消えていく。
数分後。
「終わったぞー」
「こちらへ」
「ん」
再びエドワードの前へ座る。
そして
エドワードは当然のように化粧水を手に取った。
和也「…………」
ペタペタ。
「洗顔後はすぐ保湿しないと、肌が荒れますよ」
「んー」
ペタペタ。
乳液、
さらに保湿クリーム。
和也「…………」
髪だけではなかった。
「……お前」
「はい?」
「……いつも、こんななのか」
「今日はまだ素直な方ですね^^」
「…………」
これより酷い日があるらしい。
◆
【朝食】
~英国伯爵による食育~
数分後、
食卓に朝食が並んだ。
「いただきまーす^^」
拓海は箸を持つ。
そして
肉のおかずへ一直線。
「拓海嬢。野菜も」
「後で」
「昨日もそう言って残しました」
「今日は食う」
「先に一口」
「やだ」
「一口」
「…………」
「…………」
二人が見つめ合う。
「…………」
「…………」
「…………チッ」
拓海が渋々、野菜を口へ運んだ。
「はい。偉いですね^^」
「うぜぇwww」
和也「…………」
目の前で
実の娘が英国伯爵に食育されている。
しかも文句を言いながら、完全に言うことを聞いている。
「…………」
「あなた、お味噌汁が冷めますよ^^」
「それどころじゃない!!」
【父親の敗北】
~甘やかしたのは誰だ~
朝食後。
拓海はリビングのソファへ転がった。
「エドー」
「はい?」
「今日どこ行く?」
「拓海嬢が案内してくださるのでしょう?」
「あー。そうだった」
ごろん、と寝返りを打つ。
「近所だぞ?」
「構いません^^」
「俺が通ってた小学校とか?」
「ぜひ!!」
「近所の公園とか?」
「ぜひ!!!」
「……何が楽しいんだよwww」
「私にとっては極めて重要なことです」
「変な奴^^」
エドワードは、心底幸せそうだった。
その様子を、和也は呆然と見つめている。
「拓海嬢。今日は日差しが強そうですから、帽子を持っていきましょう」
「いらね」
「持っていきます」
「じゃエド持って^^」
「はい」
「冷たい飲み物も」
「水筒を用意してあります」
「やった^^」
「…………」
和也は深く額を押さえた。
「……絢子」
「はい?」
「俺たち……あいつを甘やかしすぎたか……?」
絢子は少し考えた。
そして、優雅に微笑んだ。
「少なくとも、ハミルトン様よりは甘やかしていないと思いますよ^^」
「比較対象がおかしい!!!!!!」
◆
【玄関】
~聖地巡礼へ~
やがて。
「親父ー! 俺ら出かけてくるぞー!」
玄関から、拓海の元気な声が飛んでくる。
「昼飯までには帰ってこい!」
「分かったー!」
「拓海嬢、帽子を」
「エド持ってー」
「はいはい^^」
「財布も」
「持っています」
「水筒は?」
「こちらに」
「よし^^」
和也は、そっと遠い目をした。
英国で聞かされていた、
【佐伯拓海・全自動飼育システム】
それは、ハミルトン別邸という特殊な環境でのみ稼働するものではなかった。
英国だろうが
日本だろうが
伯爵邸だろうが
佐伯家だろうが
佐伯拓海が存在する限り、エドワード・ハミルトンは世話を焼く。
ただ、それだけだった。
そしてこのあと
拓海が何気なく、
「ここ、ガキの頃よく木登りしてた公園^^」
と指差しただけで。
西欧の過保護魔王が、
まるで聖地へ辿り着いた巡礼者のような顔で写真を撮り始め
「この辺から落ちて腕折った^^」
という一言によって。
聖地巡礼が一瞬にして事故現場検証へ切り替わることを、
この時の和也は、まだ知らないのであった……(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




