ハミルトン伯爵が幸せになるまで:53
嬉しそうで何より
『回収とは、夏休みで帰国した狂犬お嬢様(拓海)を英国へ連れ戻そうと千代田区へ突撃した西欧の過保護魔王が、イタリア飯とプール付きヴィラで買収に成功したものの、二週間の帰国延長を呑まされた結果、「では私も二週間こちらに滞在します^^」と佐伯家への居候を即決し、父親(和也)を絶叫させる現象のことであるという話』
【千代田区・佐伯家】
~難攻不落の狂犬~
二週間の拓海欠乏に耐えきれず、遥々英国から日本まで飛んできたエドワード。
その目的は、ただ一つ。
【佐伯拓海の回収】
翌朝、
佐伯家の居間で、決死の交渉が始まった。
「……拓海嬢。一緒に英国へ戻りませんか」
「やだ^^」
「…………」
即死。
拓海はアイスコーヒーを飲みながら、さも当然のように続ける。
「俺、まだ一か月半も休みあんだぞ。なんで帰んだよ」
「……私が困ります」
「知らねぇよwww」
「…………」
圧倒的ド正論だった。
確かに、拓海には何一つ困ることがない。
困っているのはエドワードだけである。
そこで西欧の過保護魔王は、考えた。
佐伯拓海という生き物は、力ずくでは動かない。
情に訴えても、おそらく動かない。
ならば、
本人にとっての明確なメリットを提示するしかない。
婚約の時と、まったく同じである。
◆
【交渉・二日目】
~自由~
「拓海嬢」
「ん?」
「英国へ戻ってくださるなら、残りの夏休みは好きなところへ行って構いませんよ」
「今も好きなとこ行ってるぞ?^^」
「…………」
失敗。
◆
【交渉・三日目】
~観光~
「拓海嬢」
「なんだよ」
「英国へ戻ったら、湖水地方へ行きませんか」
「湖?」
「ええ。とても美しい場所です。ボートにも乗れますよ」
「ボートなら日本でも乗れるぞ。上野とかで^^」
「…………」
失敗。
どうにも食いつきが悪い。
エドワードは考えた。
そして、
ようやく気づいた。
そもそも攻略方法を間違えている。
◆
【原点回帰】
~狂犬を動かすもの~
その日の午後。
「……拓海嬢」
「んー?」
ソファへ寝転がっていた拓海が顔だけを向ける。
「イタリアへ行きませんか」
「イタリア?」
ピクリ。
僅かに反応した。
エドワードの翡翠色に近い青の瞳が、鋭く光った。
”食いついた”
「ええ。ローマへ行って、その後はナポリへ」
「ほー」
「食事も大変美味しいですよ」
「…………」
もう一押し。
「本場の焼きたてピッツァがあります」
「…………」
「生パスタも」
「…………」
「肉料理も豊富です」
「…………」
明らかに目が変わってきた。
「ジェラートもありますよ」
「…………」
一拍。
エドワードは静かに付け加えた。
「毎日でもいただけます^^」
「…………」
拓海が、むくりと起き上がった。
「──いつ帰る?^^」
「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
居間に和也の怒号が炸裂した。
◆
【追加攻撃】
~消滅したローマ、再コンパイル~
一度食いつけば、こちらのものである。
「ローマ郊外にヴィラを用意しましょう」
「ヴィラって何?」
「一軒家のようなものです。静かな場所を借り切ります」
「へー」
「プール付きで」
「プール!?^^」
「はい」
完全に釣れた。
「飯は!?」
「料理人を手配します」
「肉ある!?」
「もちろんです」
「海も行ける?」
「行きましょう」
「よし」
拓海は満足そうに膝を叩いた。
「──帰る^^」
「娘ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「うるせぇな親父www」
「お前は婚約も帰国も全部食い物で決めるのか!!」
「だって美味そうじゃん^^」
「そういう問題じゃない!!」
絢子だけが、騒ぎの横で静かにお茶を飲んでいた。
「……あなた。最初からこうなると思っていましたよ^^」
「絢子ぉぉぉ……!!」
こうして
前回、拓海の突然の帰国によって跡形もなく爆散した、
【婚約後初・二人きりのローマ旅行】
は、奇跡の再コンパイルを果たした。
だが。
西欧の過保護魔王は、一つ重大なことを忘れていた。
佐伯拓海は、ただでは釣られない。
◆
【条件交渉】
~狂犬、値を吊り上げる~
「でも俺、日本でも遊びたい」
「…………」
エドワードの笑顔が止まった。
「せっかく帰ってきたのに二週間しかいねぇじゃん」
「……では、あと一週間」
「二週間」
「長すぎます」
「じゃ帰らね^^」
「…………っ」
圧倒的に強い。
「……十日」
「二週間」
「十二日」
「二週間^^」
「…………」
「^^」
「…………分かりました」
エドワードが折れた。
拓海、勝利。
「よし。じゃああと二週間な^^」
「……はい」
「寿司も食いてぇし」
「はい」
「親父とも出かける約束してるし」
「もちろん、それも済ませてください」
「じゃ、二週間後に帰ろうぜ^^」
「分かりました」
拓海は満足そうに頷いた。
和也も、ひとまず胸を撫で下ろした。
あと二週間。
少なくともそれまでは、娘は日本にいる。
エドワードも目的を果たしたのだから、英国へ帰るだろう。
普通なら。
ここで、
『では二週間後に、また迎えに来ます』
となる。
しかし。
相手は、
たった十四日間の別離すら耐えられず、日本まで飛んできた男である。
「…………」
エドワードが何かを考えている。
やがて
その表情が、ぱあっと明るくなった。
「分かりました^^」
「お?」
「二週間、ですね」
「おう。じゃ、二週間後な^^」
「はい」
そして、
西欧の過保護魔王は、それはそれは美しく微笑んだ。
「では、私もその二週間はこちらに滞在します^^」
「…………」
拓海が止まった。
「…………」
絢子も止まった。
そして。
「…………」
和也はもっと止まった。
◆
【逆転コンパイル】
~英国伯爵、帰る気ゼロ~
「……待て」
「はい?」
「お前……英国へ帰らないのか?」
「はい^^」
「…………」
「二週間後、拓海嬢と一緒に戻ります」
「…………」
和也のこめかみが、ゆっくりと引きつった。
「仕事は?」
「こちらでもできます。急を要するものはありません」
「屋敷は!?」
「使用人がおります」
「伯爵家は!?」
「問題ありません」
「…………」
逃げ道がない。
「……ホテルは?」
「これから手配を」
「あ」
拓海が口を挟んだ。
「うち泊まればいいじゃん^^」
「お前は黙ってろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
本日最大の雷鳴が、佐伯家を揺らした。
「なんでだよwww 客間あるじゃん」
「だからって二週間も婚約者の男を泊める奴があるか!!」
「婚約者なんだからいいじゃん?」
「そういう問題じゃない!!」
そこへ
千代田区・佐伯家における真の最高権力者が、静かに口を開いた。
「まあ」
絢子だった。
「二週間もホテル暮らしでは大変でしょう」
「絢子!?」
「客間が空いておりますから、そちらをお使いになればよろしいのでは?」
「大変でいいんだよ!! こいつ伯爵だぞ!? いいホテル泊まれるだろ!!」
しかし
すでに手遅れだった。
エドワードは立ち上がると、絢子へ深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、お母様^^」
「誰がお母様だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「親父さっきからうるせぇなwww」
「誰のせいだ!!」
「エド?」
「半分くらいお前だぁぁぁぁ!!」
◆
【ホームステイ決定】
~魔王、狂犬の巣へ~
こうして
英国屈指の名門伯爵家当主。
エドワード・ハミルトン。
東京都千代田区・佐伯家への二週間の完全居候が決定。
日本の猛暑。
朝から鳴き続ける蝉。
拓海が生まれ育った街。
拓海が通った学校。
幼い頃に遊んだ場所。
佐伯家の食卓。
そして何より。
愛娘を二週間で追いかけてきた未来の婿を、殺気1200%で監視する警視庁刑事・佐伯和也。
だが
当のエドワードはというと。
「拓海嬢。明日はどちらへ?」
「んー? その辺案内してやるよ^^」
「ぜひ!!」
「近所だけどな?」
「構いません!」
「変な奴www」
すでにご機嫌だった。
なぜなら、二週間後まで拓海と離れなくて済む。
そして今まで自分が知らなかった、
『佐伯拓海が佐伯拓海になるまでの世界』
を、この目で見ることができるのだから。
エドワード「…………(*´ω`)」
和也「……なんでこいつ、こんな嬉しそうなんだ」
絢子「ふふっ^^」
こうして。
狂犬お嬢様を回収しに来たはずの西欧の過保護魔王が、
なぜか狂犬の実家へ二週間住み着くという想定外の事態とともに
【ハミルトン伯爵・真夏の日本ホームステイ編】
が、賑やかに幕を開けるのであった(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




