ハミルトン伯爵が幸せになるまで:52
結構持った方だと思います(`・ω・´)
『欠乏とは、日常生活から狂犬お嬢様(拓海)を突然引き抜かれた西欧の過保護魔王が、わずか十四日で重度の禁断症状を発症し、プライベートジェットを手配して千代田区へ突撃した結果、夏休みが一か月半も残っている婚約者の前に現れ、「また貴様かぁぁぁ!!」と父親(和也)を絶叫させる現象のことであるという話』
【ロンドン・ハミルトン別邸】
~カウントダウン・オブ・欠乏~
狂犬お嬢様・佐伯拓海が、
「んじゃな、エド! 二か月後にまたな!^^」
と、何の未練もなく日本へ飛び立ってからの記録。
【帰国一日目】
エドワードは、まだ落ち着いていた。
朝
いつもの時間に目を覚まし、身支度を整える。
当然、拓海の髪を梳かす必要もない。
朝食の席にも、彼女はいない。
「…………」
静かだった。
驚くほど、静かだった。
「……ふっ」
エドワードは紅茶を一口飲み、小さく笑った。
「拓海嬢がいないと、邸内が驚くほど静かだな」
家族と過ごす時間も必要だ。
婚約したからといって、四六時中一緒にいるわけにもいかない。
自分だって成人した男であり、ハミルトン伯爵家の当主である。
二か月程度。
どうということはない。
この時点では、まだ余裕があった。
【帰国三日目】
朝食の時間。
「旦那様。朝食のご用意ができました」
「ありがとう」
席につく。
いつものように新聞を開く。
ふと、向かいの席を見る。
「…………」
誰もいない。
「…………拓海嬢は?」
使用人の動きが止まった。
「……佐伯様でしたら、日本でございます」
「…………」
「…………」
「ああ」
一拍。
「……そうだった」
虚空を見つめる、翡翠色に近い青の瞳。
使用人は何も言わず、そっと紅茶を注ぎ足した。
【帰国七日目】
ジョージが別邸へ顔を出した。
そして
エドワードを見るなり、盛大に吹き出した。
「お前、顔死んでるぞ^^」
「…………」
「まだ一週間だろ?」
「黙れ、ジョージ」
「二か月あるんだよな?」
「黙れ」
「あと七週間くらい?」
「──黙れと言っている!!」
「ハハハハハ!!」
笑い声だけが、拓海のいない静かな別邸へ虚しく響き渡った。
【帰国十日目】
エドワードは廊下を歩いていた。
拓海の部屋の前を通る。
「…………」
立ち止まる。
「…………」
ガチャ。
扉を開ける。
「…………」
当然
誰もいない。
バタン。
閉める。
三十分後。
再び前を通る。
「…………」
ガチャ。
「…………」
誰もいない。
バタン。
さらに一時間後。
ガチャ。
「…………」
バタン。
一日に十数回繰り返していた。
その現場を、運悪くジョージに目撃された。
「…………ハミルトン」
「なんだ」
「お前、何してんの?^^」
「…………」
「開けても拓海はいないぞ?」
「分かっている」
「じゃあなんで開けたの?」
「…………」
「ねえ、なんで?^^」
「黙れ、ジョージ」
症状は、確実に悪化していた。
【帰国十四日目】
理性の賞味期限、終了
朝
エドワードは書斎の机に座っていた。
目の前には仕事の書類。
「…………」
一枚めくる。
「…………」
戻す。
もう一度読む。
「…………」
何も頭に入らない。
別邸は静かだった。
あまりにも静かだった。
「エドー! 腹減った!」
も聞こえない。
「エドー! これ食っていい?」
も聞こえない。
「エドー! どっか行こうぜ^^」
も聞こえない。
朝の髪も梳かせない。
顔の手入れもできない。
食事も食わせられない。
風呂上がりの髪も乾かせない。
その辺で寝ている拓海を回収する必要すらない。
「…………」
限界だった。
その日の午後
何も知らずに遊びに来たジョージへ、エドワードは静かに告げた。
「…………ジョージ」
「ん?」
「日本へ行く」
「…………」
ジョージは時計を見た。
「いつ?」
「今から」
「は?」
「車は待たせてある」
「…………」
「飛行機も手配した」
「…………」
「羽田へ飛ぶ」
ジョージはしばらく友人の顔を見つめた。
そして
腹を抱えて笑い出した。
「早かったなwwwww」
「うるさい」
「きっちり十四日じゃねぇか!!」
「うるさい!!」
理性の賞味期限、ジャスト十四日。
西欧の過保護魔王。
完全破砕。
◆
【東京都千代田区・佐伯家前】
~過保護魔王、襲来~
一方その頃。
日本。
東京都千代田区。
「暑ぃぃぃ……」
Tシャツ。
短パン。
サンダル。
片手にはコンビニ袋。
口にはアイス。
英国社交界で「東洋の奇跡」とまで囁かれたハミルトン伯爵の婚約者は、
見る影もなく日本の夏休みへ完全適応していた。
「やっぱ日本のアイスうめぇな^^」
ご機嫌で自宅へ向かって歩いていると
家の前に、一台の黒塗りの車が滑り込んできた。
「ん?」
見覚えのない高級車。
後部座席のドアが開く。
中から
長時間の移動にもかかわらず隙のない服装。
しかし目の下には、うっすらと隠しきれないクマ。
そして何より
十四日分の拓海欠乏症によって鬼気迫る美貌を完成させた西欧の魔王が降り立った。
「拓海嬢……っ!!」
「…………」
拓海はアイスを咥えたまま目を瞬いた。
「…………」
「拓海嬢……!」
「おー」
アイスを口から抜く。
「エドじゃん^^」
「…………っ!」
二週間ぶり。
十四日間。
朝も夜も。
一日たりとも忘れることなく待ち続けた婚約者の声。
それを聞いた瞬間。
エドワードの翡翠色に近い青の瞳へ、一気に生気が戻った。
「…………(*´ω`)」
急速充電完了。
対する拓海。
「何しに来たの?」
感動、ゼロ。
「…………」
「?」
「…………」
「エド?」
「……迎えに」
「誰を?(。´・ω・)?」
「…………あなたを」
「俺?」
「はい」
拓海はアイスを食べながら首を傾げた。
「なんで?」
「…………」
「俺、まだ一か月半くらい夏休みあるぞ?」
「知っています」
「じゃあ何を迎えに来たんだよwww」
「…………」
答えられない。
正確には、
『私があなたなしで二か月耐えられないからです』
以外に回答が存在しない。
「変な奴だなー^^」
「…………」
その時だった。
佐伯家の玄関が開いた。
「拓海ー! 誰か来たのかー?」
ドス。
ドス。
ドス。
熊のような大男が玄関から姿を現す。
「んー? エド」
「エド?」
和也がこちらを見る。
そして止まった。
「…………」
エドワードも姿勢を正した。
「…………」
和也。
エドワード。
二人の視線が交差する。
「…………」
「…………」
拓海が何でもないように言った。
「エド来た^^」
和也のこめかみに、青筋が浮かんだ。
二週間前。
ようやく英国から連れ帰った愛娘。
その娘を追いかけて
英国伯爵が地球を半周して、もう来た。
「…………ハミルトン」
「お久しぶりです、お父上」
「…………」
一拍。
「まーーーた貴様かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
千代田区に怒号が響き渡った。
「何しに来やがったぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「親父うるせぇ!! 近所迷惑だろwww」
「誰のせいだと思ってる!!」
「エドじゃね?」
「そうだよ!!」
エドワードはそんな父娘のやり取りを前に、極めて冷静に頭を下げた。
「突然の訪問、申し訳ありません」
「だったら帰れ!!」
「それは無理です」
「なんでだぁぁぁぁぁぁ!!」
「…………」
エドワードは答えなかった。
答えられなかった。
拓海がいないから無理だった。
ただ、それだけなのである。
拓海は最後のアイスを口へ放り込み、呆れたようにエドワードを見た。
「で?」
「……はい?」
「いつ帰んの?」
「…………」
「エド?」
「…………」
「?」
エドワードは十四日ぶりに再会した愛しの婚約者を、じっと見つめた。
そして
この時すでに、西欧の過保護魔王の脳内では。
【佐伯拓海・英国強制回収計画】
が、静かに起動を始めていたのであった(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




