ハミルトン伯爵が幸せになるまで:51
夏休みだもんね
『帰省とは、正式な婚約者を手に入れた西欧の過保護魔王が、大学の長い夏季休暇を「婚約後初の二人きりの旅行期間♡」と勝手にコンパイルしていたところ、狂犬お嬢様(拓海)から「来週日本帰るぞ! 二か月後にまたな!^^」と一方的に接続解除を宣告され、脳内で予約していたローマのヴィラごと爆散する現象のことであるという話』
【六月後半・ハミルトン別邸】
~婚約後、初めての夏~
五月二十三日。
ハミルトン家恒例のガーデンパーティは、盛況のうちに幕を閉じた。
そこで英国社交界へ正式に披露され、
両親からも婚約を認められ、
佐伯拓海は今や名実ともに、
エドワード・ハミルトンの正式な婚約者。
そして六月も後半。
大学は、長い夏季休暇へと入った。
婚約したばかりの若きハミルトン伯爵と、その婚約者。
当然のように、二人のもとには各方面から大量の招待状が舞い込んできた。
晩餐会
夜会
慈善行事
避暑地への招待
地方の名家からは、ぜひ夏の間に滞在を……という話まで来ている。
しかし。
「すべてお断りしてください」
「……すべて、ですか?」
「ええ」
「ですが旦那様。婚約後初めての夏ですし、お二人をご招待したいというお話がかなり……」
「私も拓海嬢も、まだ学生です」
「……はい」
「学生の本分は学業です」
「現在、夏季休暇ですが」
「…………」
「…………」
一拍。
「──学生には休息も必要です」
「…………かしこまりました」
完全なる私情であった。
◆
【魔王の夏季休暇計画】
~脳内お花畑、満開~
エドワードには、壮大な計画があった。
婚約して初めて迎える長期休暇。
普段は大学がある。
伯爵家の仕事もある。
公的な行事もある。
しかし今は夏休み。
つまり
拓海嬢と、ずっと一緒にいられる。
「…………(*´ω`)」
書斎の机には、処理しなければならない仕事の書類が山積みになっている。
しかし
内容は一文字たりとも頭へ入っていなかった。
(ハミルトンホールで、二人でゆっくり過ごすのもいい……)
広大な庭園。
夏の日差し。
大きな木の下にテーブルを出して。
隣には拓海。
『エドー^^』
「…………(*´ω`)」
いい。
非常にいい。
だが、せっかくの長期休暇なのだ。
「…………」
ふと、思いついた。
(……いや)
婚約後、初めての夏。
そして初めての長期休暇。
ならば……
(──二人きりで旅行というのも……)
「…………(*ノωノ)」
一気に夢が広がった。
英国国内なら、定番の湖水地方。
美しい湖畔
静かな宿
二人で散策してボートに乗るのもいい。
だが、待て。
せっかく長い休暇があるのだ。
大陸へ出てもいい。
(フランス……?)
いや。
(イタリアもいいな……)
ローマ。
少し郊外にヴィラを一棟借りる。
人目を気にする必要もない。
朝食も一緒。
昼食も一緒。
夕食も一緒。
毎日、朝から晩まで拓海嬢と二人きり。
できればプールも………。
「…………」
水着姿の拓海を想像した。
「(´д`)ハァハァ」
机へ突っ伏した。
仕事中である。
しばらくして顔を上げる。
「……プール付きのヴィラを探そう」
仕事をしろ。
すでにエドワードの脳内では、婚約後初の甘い夏季休暇が1200%の勢いで
コンパイルされていたのであった。
◆
【現実】
~狂犬からのバグ報告~
そんなある日の午後。
サロンで拓海がいつものようにソファへ転がり、菓子を食べながら言った。
「エド!」
「はい?^^」
「夏休みだな!^^」
「そうですね^^」
来た。
エドワードの瞳が輝いた。
まさに今、その話をしようと思っていた。
「拓海嬢。実は私からも提案があるのですが」
「おう」
「せっかくの長い休暇ですから、二人で、、、」
「だから俺、来週帰るぞ!!^^」
「…………」
「二か月後にまたな!!^^」
「…………」
「^^」
エドワード「…………」
「?」
「…………」
「エド?」
「…………」
「おーい」
反応がない。
「死んだ?」
「…………は?」
「だから。来週帰るって」
「…………」
ようやく、
西欧の過保護魔王の脳内へ、たった今告げられた情報が届き始めた。
来週。
帰る。
二か月後。
「…………」
「──だっ……!!」
「?」
「なっ……!!」
「なんだよ」
「た、拓海嬢!?!?」
「おう」
「かかかか、帰るとは!?」
「帰るぞ?」
「どどどどこへ!?」
「…………」
拓海は心底不思議そうに首を傾げた。
「…どこって、日本に決まってんだろ。ばかちんが(。´・ω・)?」
「はああああああああああああ!?!?!?」
◆
【破砕】
ローマのヴィラ、消滅
「待ってください!!」
「何を?」
「聞いていません!!」
「今言ったぞ?」
「そういう意味ではありません!!」
「?」
「なぜ日本へ帰るんですか!?」
「夏休みだから」
「それは知っています!!」
「じゃあ分かるだろ」
「分かりません!!」
「なんでだよwww」
分かるはずがなかった。
エドワードの脳内では、
【夏休み=拓海嬢と過ごす長期休暇】
として、とっくにコンパイルが完了していたのである。
「……いつから決めていたんです?」
「最初から?」
「最初から!?」
「夏休みなんだから実家帰るだろ」
「…………」
「親父と母ちゃんにも帰るって言ってあるぞ^^」
「…………」
「姉ちゃんにも」
「…………」
知らなかったのはエドワードだけだった。
その瞬間。
彼の頭の中で
湖水地方が消えた
ローマが消えた
プール付きヴィラが爆散した
二人きりの朝食が消えた
二人きりの昼食が消えた
二人きりの夕食が消えた
そして
二人きりの甘い夜が、跡形もなく灰燼に帰した。
拓海「日本帰ったら寿司食いてぇなー^^」
「…………」
彼女の脳内には、ローマどころかエドワードすらいなかった。
「……二か月?」
「おう」
「…………二か月……?」
「だからそう言ってんじゃん」
「…………」
六月末から、新学期まで
ほぼ丸々二か月。
佐伯拓海が、英国から物理的に消える。
「…………二か月……」
「二か月^^」
エドワード「…………」
この時。
エドワード・ハミルトンは、まだ知らなかった。
自分がこの「二か月」という期間に
わずか二週間しか耐えられないことを。
◆
【一週間後・ヒースロー空港】
~接続解除~
そして、一週間後、
日本へ向かう拓海を見送るため、エドワードはヒースロー空港にいた。
「んじゃな、エド!!^^」
「…………」
「また新学期な!!」
「…………」
「ちゃんと飯食えよー!」
「……はい」
「仕事ばっかしてんなよ!」
「……はい」
「じゃ!!^^」
ぶんぶんと手を振り。
何の未練も
何の情緒も
何の後ろ髪も引かれることなく
狂犬お嬢様は、日本行きのゲートへと吸い込まれていった。
「…………」
その姿が見えなくなっても。
エドワードは、しばらくその場から動かなかった。
「…………二か月」
長い。
非常に長い。
だが
家族と過ごす時間も必要だ。
婚約したからといって、拓海の行動を束縛するようなことをしてはいけない。
エドワードは伯爵家当主であり。
成人した一人の男であり。
理性的な人間である。
たかが二か月。
耐えられないはずがない。
「…………よし」
そう自分へ言い聞かせ。
西欧の過保護魔王は、一人ハミルトンホールへと帰っていった。
この時点ではまだ、
理性ある英国伯爵だった。
なお
その理性の【賞味期限は十四日間】である(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




