ハミルトン伯爵が幸せになるまで:49
とりあえず査定完了か
『査定とは、愛娘(拓海)の婚約を認めるためではなく「認めていい男か」を見極めるため英国まで乗り込んだ警視庁刑事(和也)が、家柄も財産も肩書もすべて脇へ置き、「お前は拓海をどうしたい」と未来の婿へ真正面から問いかけ、満点回答を連発されてぐうの音も出なくなる現象のことであるという話』
【ハミルトンホール・大応接室】
~査定開始~
翌日、
ハミルトンホールの大応接室。
重厚なアンティーク家具に囲まれた室内には、朝から妙な緊張感が漂っていた。
その中心にいるのは、二人の男。
一人は
英国名門伯爵家の若き当主、エドワード・ハミルトン。
昨日まで、
「(*´ω`)拓海嬢♡」
と、婚約が認められる前から未来の妻にデロデロになっていた過保護魔王だが
この時ばかりは違う。
隙のない正装。
伸びた背筋。
そして、翡翠色に近い青の瞳で正面をまっすぐに見据える姿は、
紛れもなくハミルトン伯爵家当主そのものだった。
そして、その向かい。
腕を組み
熊のような巨体から凄まじい圧を放っている男。
警視庁刑事。
そして何より
佐伯拓海の父親、佐伯和也。
ついに
警視庁刑事(父)VS西欧の過保護魔王(婚約希望者)。
正式な婚約査定が始まろうとしていた。
「……拓海」
「ん?」
「少し席を外してくれ」
「なんで?」
「ハミルトン君と男同士の話がある」
「俺の婚約の話だろ?」
「そうだ」
「だったら俺がいちゃダメなの?」
「…………」
「俺が婚約すんだぞ?(・∇・)」
「…………」
正論だった。
隣で紅茶を飲んでいた絢子が、静かにカップを置く。
「あなた。当の本人を除いて婚約のお話を進めるのも、おかしいでしょう」
「…………」
「ほら^^」
「……分かった。いろ」
「最初からいるつもりだぞ^^」
「…………」
【査定開始前:父、すでに一敗】
こうして
狂犬お嬢様本人も当然のように居座ったまま
歴史的な婚約査定の火蓋は切って落とされた。
◆
【本丸への切り込み】
~どこがいいんだ~
和也は改めてエドワードを見る。
「……まず言っておく」
「はい」
「俺は、君の家柄にも財産にも興味はない」
「はい」
「伯爵だろうが何だろうが、俺にとって君は、娘が連れてきた一人の男だ」
「承知しております」
迷いのない返答だった。
「…………」
ほんの少しだけ。
和也の中で、何かが動いた。
伯爵という肩書きを笠に着る気配はない。
佐伯家が日本の一般家庭だからと、見下す様子もない。
むしろ。
一人の男として査定されることを、当然のように受け入れている。
「……なら聞く」
エドワード「はい」
「君は──」
一拍。
「拓海の、どこがいいんだ」
「俺も聞きてぇ^^」
「お前は黙ってろ!!」
「なんでだよ! 俺の話だろ!」
「拓海。少し静かにしていなさい」
「へーい」
「…………」
一度、静かに息を吸う。
そして
エドワードは和也から目を逸らさず、答えた。
「……最初は」
「…………」
「楚々とした、とても美しい方だと思いました」
「お^^」
「ですが」
「?」
「それは、今の私が拓海嬢を愛している理由ではありません」
「え」
「…………」
「よく笑うところも」
「おう」
「思ったことを、すぐ口にするところも」
「おう^^」
「相手が誰であろうと、態度を変えないところも」
「まあな^^」
「無茶ばかりして、私を困らせるところも」
「最後悪口じゃね?」
「まだあります」
「まだあんの?」
「困っている人を見れば、考えるより先に手を伸ばすところも」
「…………」
「…………」
そこで
和也の表情が、ほんの少しだけ変わった。
それは父親である和也が、誰よりもよく知っている娘の姿だった。
粗雑で
無鉄砲で
面倒くさがりで
口も悪い
だが。
誰かが困っていれば、放っておけない。
損得を考える前に身体が動く。
そんな娘を、
目の前の青年は、ちゃんと見ていた。
「私は」
静かな声が、応接室に響く。
「佐伯拓海という人、そのものを愛しています」
「…………」
「…………」
「へー(・∇・)」
和也は黙って聞いていた。
「…………」
そして、当事者だけが圧倒的に軽かった。
◆
【核心】
~幸せにできるのか~
和也はしばらく黙っていた。
やがて。
低い声で、もう一つ問いかける。
「……なら」
「はい」
「拓海を、幸せにできるのか」
今度はエドワードもすぐには答えなかった。
少し考え、そして。
静かに首を横へ振った。
「──私が拓海嬢を幸せにする、と申し上げるつもりはありません」
「……何?」
空気が変わった。
だが、
エドワードは怯まなかった。
「拓海嬢が何を幸せと感じるのか。それを私が決めることはできません」
「…………」
「彼女は、自分の人生を自分で選ぶ人です」
「…………」
「ですから私は、拓海嬢の人生を決めたいとは思いません」
一拍。
「ただ」
その青い瞳が
まっすぐに和也を見る。
「彼女が自分で選んだ道を歩く時。その隣にいることを、許していただきたい」
「…………」
「困った時には支えます。危険な時には、できる限り守ります」
そして
エドワードは少しだけ笑った。
「それでも拓海嬢が『自分で行く』と言うのなら、その意思を尊重します」
「おう。俺自分で行くぞ^^」
「今は黙ってろ!!」
「へーい」
「……そのために私ができることは、生涯、すべてするつもりです」
「…………」
沈黙。
【査定結果】
~満点。~
「…………」
ぐうの音も出なかった。
◆
【八方塞がり】
~欠点がない~
事前調査。
家柄→問題なし。
経歴→問題なし。
素行→問題なし。
女性関係→問題なし。
経済力→むしろありすぎる。
渡英後。
生活環境→問題なし。
使用人との関係→拓海、完全に受け入れられている。
本人への扱い→過保護なくらい大切にしている。
そして今。
覚悟→文句なし。
「…………」
ない。
叩くところが何一つない。
残っているのは
(……俺の可愛い拓海を取られたくない……!!)
という
父親としての、極めて個人的な感情だけだった。
「…………くそっ」
「親父?」
「なんでもない!」
その様子を
絢子はとっくに見抜いていた。
「あなた」
「……なんだ」
「もう、十分ではありませんか?」
「…………」
「俺もいいって言ってんじゃん^^」
「お前は損得で決めただろうが!!」
「でも」
「なんだ!」
「嫌だったら、しねぇぞ?」
「…………」
その一言で
和也の動きが止まった。
◆
【決定打】
~父親だから分かること~
エドワードの言葉ではない。
家柄でも
財産でも
ハミルトン家の格式でもない。
結局
父親である和也に最も効いたのは
娘自身の、たった一言だった。
『嫌だったら、しない』
その通りだった。
和也は拓海という娘を、十八年間見てきた。
こいつは
得をするからといって、嫌なものを受け入れられるような器用な人間ではない。
嫌なら嫌。
やりたくなければやらない。
怒られようが
叱られようが
時には三階から飛び降りてでも逃げる。
そんな娘である。
「…………」
ゆっくり
拓海を見る。
「……本当に、いいんだな?」
「いいぞ^^」
「後悔しないか?」
「したら、そん時考える」
「お前は……」
「未来のことなんか分かんねぇじゃん」
「…………」
「でも」
ちらり、と
エドワードを見る。
「──今は、エドといる方が面白いから、いい^^」
「…………っ!」
翡翠色に近い青の瞳が一瞬で潤んだ。
「お前は黙ってろ、ハミルトン!」
「何も言ってません!!」
「ガハハハハ!!^^」
◆
【最終査定】
~腹立つ男~
長い、本当に長い沈黙の末。
和也は盛大な溜め息を吐いた。
そして
エドワードを見る。
「……最後に一つだけ言っておく」
「はい」
「拓海を泣かせたら」
「…………」
「英国だろうが、地球の裏側だろうが」
ぐっ、と拳を握る。
「──俺が殴りに来るからな」
「親父、国際問題になるぞ^^」
「お前は黙ってろ!」
「承知しました」
「…………」
「ですが」
「なんだ」
「もし私が拓海嬢を泣かせるようなことをしたのなら」
一切迷わず、エドワードは答えた。
「あなたに殴られるより先に、私自身が自分を許せないと思います」
「…………」
また、満点。
「…………」
「…………」
「…………」
(……こいつ、本当に腹立つな……!!)
悪いところがあれば反対できる。
不誠実なら追い返せる。
娘を任せられない男なら、堂々と拒否できる。
なのに
全部正解を出してくる。
「…………はぁぁぁぁ」
とうとう観念したように
熊のような父親は、頭をガシガシとかいた。
「……分かった」
「…………!」
「お?」
「……二人の婚約を、認める」
「…………」
ほんの一瞬
若き伯爵は目を閉じた。
そして。
「……ありがとうございます」
深々と頭を下げる。
声は落ち着いていた。
最後まで
ハミルトン伯爵家当主として完璧だった。
そして
ゆっくり顔を上げる。
「…………(*´ω`)////」
「顔!! 顔を戻せ!!」
「申し訳ありません!!」
氷の伯爵。
査定終了と同時に完全溶解。
「よっしゃぁぁぁぁぁ!!^^」
「お前が一番軽いんだよぉぉぉぉぉ!!!!」
「いいじゃん、認めたんだから^^」
「少しは婚約の重みを感じろ!!」
「感じてるぞ?」
「どこがだ!!」
「これで日本に強制送還されねぇ^^」
「やっぱり婚約取り消しだぁぁぁぁぁ!!!!」
「お父様ぁぁぁぁぁ!!?」
「誰がお父様だぁぁぁぁぁ!!!!」
「……はぁ」
絢子が深いため息をついた。
◆
こうして、
身辺調査
現地視察
生活環境の確認
本人への直接査定
そのすべてを経て……
警視庁刑事・佐伯和也
完全敗北、もとい、
父親からの正式な了承を得て。
狂犬お嬢様・佐伯拓海と
西欧の過保護魔王、エドワード・ハミルトン。
二人の婚約は
ようやく正式に認められたのであった。
なお。
当の婚約者本人は。
「エドー。腹減った^^」
「昼食にしましょうか」
「肉ある?」
「あります」
「やった^^」
「…………」
「あなた」
「なんだ」
「諦めなさい^^」
「…………」
父親が現実を受け入れるには、もう少し時間が必要そうである(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




