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ハミルトン伯爵が幸せになるまで:46

祝!婚約

計算メリットとは、西欧の過保護魔王エドワードから人生最大級の愛を叩きつけられた狂犬お嬢様(拓海)が、恋愛感情について考える代わりに「婚約すると何が得か」を冷静に査定し、「強制送還も見合いも回避できて飯まで付く^^」という身も蓋もない理由で婚約を承諾する現象のことであるという話』


【ハミルトン別邸】

~狂犬、考える~


拓海は考えた。


エドワードから、


『私は、貴女と一生を共にしたい』


と、真正面から告げられた翌日。


恋愛とは何か。

愛とは何か。

自分はエドワードを、一人の男として愛しているのか。


などということは

”拓海は一切考えなかった。”


拓海「…………」


ベッドへ仰向けに寝転がり、ぼんやりと天井を見上げる。


拓海「まさかなー……」


ごろん。


拓海「……あの変態外人が、俺のことそういう目で見てたんかよ……」


それは、さすがに予想外だった。


毎朝、自分の髪を梳かす。

顔を触る。

服を選ぶ。

腹が減ったと言えば飯を食わせる。

風呂上がりには、濡れた髪まで乾かす。


どうやらあれを全部、


『好きな女だから』


やっていたらしい。


拓海「…………」


普通なら、

今まで何とも思わず触れさせていた男が、自分を一人の女性として見ていたと知れば、

多少なりとも意識するものなのかもしれない。


だが。


拓海「……まあ、別にいいけど」


終了。


不快ではない。

むしろエドワードに髪や顔を触られることなど、今さら何とも思わない。


では、なぜ平気なのか。

相手がエドワードだからではないのか。

そこに何か特別な意味があるのではないか。


などという面倒なことも、

拓海は一切考えなかった。


大切なのは、もっと現実的な問題である。


拓海「……婚約かぁ」


【婚約】


つまり、将来結婚する約束。

だが、今すぐ結婚するわけではない。


「…………」


ここで。


普段は何も考えていないように見えて、年の離れた兄と姉に囲まれて育ったせいか、

妙なところだけ現実的で計算高い佐伯家次女の頭脳が、

静かに稼働を開始した。



【損益計算】

~婚約のメリット~


まず

先日、詩織から言い渡された言葉を思い出す。


『こちらでまともに生活できないのなら、日本へ帰っていただきます』


拓海「…………」


嫌だ。

せっかく英国まで来たのだ。


大学は面白い。

友人もできた。

好きなところへ出歩ける。

何より、姉の直接監視下から離れた現在の生活は、非常に快適である。


そしてもう一つ。


『日本へ帰ったら、お父様とお母様にもお話しして、今後のことをきちんと考えます。

お見合いも含めて』


拓海「…………」


もっと嫌だ。


知らない男と向かい合って見合い。


家柄。

仕事。

将来。

趣味。


そして何より。

楚々とした令嬢の猫を頭からすっぽり被り、


『初めまして。佐伯拓海でございます^^』


などとやらされる。


拓海「…………無理」


絶対に無理である。


では。

エドワードと婚約した場合はどうなる?


拓海「…………」


指を一本立てた。

大学→卒業まで英国にいられる。


二本目。

見合い→たぶん完全回避。


三本目。

姉・詩織→少なくとも今よりは黙る。


四本目。

住居→今の快適な別邸。


五本目。

食事→極上。


さらに。


生活→基本的に好き勝手。

エドワード→小言は多いが、最終的にはだいたい許す。


飯を奢る。

髪を梳かす。

身支度を整える。

風呂上がりの髪まで乾かす。


拓海「…………」


そして。


拓海は少し考え、

もう一項目追加した。


顔→まあ、悪くない。


拓海「…………」


指折り数えていた拓海の顔が


徐々に

徐々に明るくなっていく。


拓海「……あれ?」


改めて最初から数え直す。


強制送還→回避。

見合い→回避。

大学→継続。

自由→確保。

住居→豪華。

飯→美味い。

世話→全自動。

相手→気の合うマブダチ。

顔→悪くない。


拓海「…………」


そして

重大な事実に気づいた。


拓海「婚約、得しかなくね?^^」


佐伯拓海。


『婚約における恋愛感情の必要性』


完全に計算外。



【回答】

~軽すぎる承諾~


その日の夕方

ハミルトン別邸、書斎。


エドワードは、

朝からまったく仕事が手についていなかった。


「…………」


書類を読む。

同じ行を、もう一度読む。


「…………」


もう一度。


「…………」


もう一度。


一文字も頭へ入ってこない。


昨夜、拓海が残していった、


『ちょっと考える』


その一言だけが、延々と脳内を回り続けている。


断られたらどうしよう。


いや。

今まで通り友人でいてくださるなら、それだけでも………。


しかし。

もし日本へ帰ってしまったら。


もし別の男と………


「…………っ」


そこまで考えたところで。


コンコン。


「っ!!」


飛び上がるように顔を上げた。


「エドー」


「た、拓海嬢!!」


「ちょっといい?」


「もちろんです!!」


返事が早い。


拓海が書斎へ入り、デスクの前までやってくる。


エドワードの心臓が跳ねた。


ついに答えが!


「昨日の婚約の話なんだけどさ」


「……はい」


「一個確認」


「何でしょう」


「婚約しても、今すぐ結婚するわけじゃねぇんだよな?」


「……え?」


予想していなかった質問だった。


「え、ええ。もちろんです」


「大学はこのまま通える?」


「当然です」


「卒業まで英国にいていい?」


「もちろん!」


「日本に帰れとか言わねぇ?」


「言いません!」


「ここにも住んでていい?」


「当然です!!」


「今まで通り好きに出歩いていい?」


「危険なことをしなければ!」


「木登りは?」


「それは駄目です!」


「ちぇっ」


そこは駄目だった。


「……まあいいや」


「…………」


「飯も今まで通り?」


「はい」


「肉も?」


「用意します」


「よし」


拓海は満足そうに頷いた。


そして。


あまりにも、

あまりにも軽く。

エドワードが人生を賭けて待ち続けていた答えを口にした。


「じゃあ婚約いいぞ^^」


「…………」


「別に今結婚するわけじゃねぇんだろ?^^」


「…………」


「エド?」


「…………」


「おーい」


目の前で手を振る。


「死んだ?」


「……拓海嬢」


「ん?」


「……本当に?」


「おう^^」


「本当に……私と婚約してくださるのですか?」


「だから、いいって」


「…………」


次の瞬間。

エドワードはデスクへ両手をついた。


「……っ……!」


「!?」


肩が震えている。


「お、おい。どうした?」


「……ありがとうございます……っ!」


声まで震えている。


「…………」


「本当に……ありがとうございます……!」


「……そんな喜ぶ?」


「喜びます!!!!!!」


翡翠色に近い青の瞳が、完全に潤んでいた。


「お、おう……」


なんか思ってたより重い。


拓海には、まだ分からない。


自分の、


『別に嫌じゃないし、何かと便利だから^^』


という実に軽い判断が、


目の前の男にとって

長年夢見続けた、人生最大級の幸福であることを。


そして。


拓海はさらに知らない。


『別に今結婚するわけじゃない』


という理由で気軽に了承した、この婚約。


拓海にとっては、


【卒業までの英国生活を快適にする便利な契約】


くらいの認識だが


エドワードにとっては、


【佐伯拓海を一生手放さないための人生最大級の絶対契約(永久バインド)】


として

1200%の強度でコンパイルされていた。


「じゃ、話終わりな^^」


「は、はい!」


「腹減った」


「夕食を用意させます!」


「肉!」


「あります!」


「やった^^」


何事もなかったように書斎を出ていく拓海。


その後ろ姿を

エドワードは、感極まった顔でいつまでも見送っていた。


こうして。


狂犬お嬢様・佐伯拓海。

損得勘定の末、婚約成立。


なお。


恋愛感情については。


未実装(初期値ゼロ)のままであった(笑)。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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