ハミルトン伯爵が幸せになるまで:44
佐伯パパはクマさんです
『調査とは、愛娘(拓海)の婚約候補を直接査定することになった警視庁刑事(和也)が、「父親として当然だ」と英国伯爵の経歴を本気で調べ始め、叩くところが無さすぎて最終的に「顔が良すぎる!」とただの言いがかりをつける現象のことであるという話』
【千代田区・佐伯家】
~父、捜査開始~
渡英が決まった翌日。
絢子が居間へ入ると、
「…………」
思わず、足を止めた。
テーブルいっぱいに、資料が広げられている。
英国の新聞記事の切り抜き
企業情報
ハミルトン家について書かれた洋書のコピー
伯爵家の沿革
そして、その中央には
一冊の分厚いノート
その前に座っているのは、夫・佐伯和也。
眼鏡をかけ
太い腕を組み
難しい顔で資料を睨みつけている。
完全に
現場の刑事の顔だった。
「……あなた」
「なんだ」
「何をしているんですか」
「見れば分かるだろう」
「……分かりたくないので聞いているんです」
「──身辺調査だ」
「…………」
やっぱり。
和也は一枚の資料を手に取った。
「エドワード・ハミルトン。英国貴族。ハミルトン伯爵家現当主。
若くして先代伯爵の実務を代行し、現在は一族の投資事業を統括……」
ペラッ。
ページをめくる。
「学業成績も優秀。素行上の問題なし。社交界における評判も……」
さらに、ペラッ。
和也の眉間に皺が寄った。
「……女性関係について、過去に目立った噂は一切なし」
「でしょうね」
「…………」
「何か?」
「──無さすぎる!!」
「は?」
和也はバンッ! と資料を叩いた。
「これだけの家柄! これだけの資産! しかもこの顔だぞ!? なのに女の噂が一つもない!!」
「それの何が問題なんですか」
「それが突然、うちの拓海だけだぞ!? 怪しい!!」
「…………」
「何か裏があるに決まっている!!」
絢子は、深々とため息をついた。
「あなた。娘の婚約相手を犯罪者のように調べないでください」
「犯罪者扱いなどしていない!!」
バンッ!!
今度は捜査ノートを叩く。
「──身辺調査だ!!」
「同じようなものです」
◆
【査定】
~隙がなさすぎる英国伯爵~
しかし。
警視庁刑事・佐伯和也が調べれば調べるほど
事態は、和也にとって非常によろしくない方向へ進んでいった。
家柄。
英国屈指の名門伯爵家。
文句なし。
経済力。
個人資産、一族の事業規模ともに申し分なし。
文句なし。
経歴。
名門校で優秀な成績を修め、若くして先代伯爵の実務を代行。
文句なし。
素行。
品行方正。大きなトラブル皆無。
文句なし。
女性関係。
浮いた噂、皆無。
むしろ無さすぎる。
そして
一番重要な、拓海への態度。
長女・詩織からの報告によれば。
住む場所を提供。
食事を用意。
大学への送り迎え。
毎朝の髪。
身支度。
夜の洗髪。
ドライヤー。
スキンケア。
さらに
三階から飛び降りようとした拓海を、身体を張って受け止めた実績まである。
「…………」
和也は資料を睨んだ。
「…………」
睨む。
「…………」
さらに睨む。
しかし
叩くところが、ない。
粗を探そうとすればするほど、
『エドワード・ハミルトンという男は、どうやら本気で佐伯拓海を大切にしているらしい』
という事実ばかりが積み上がっていく。
「…………」
気に入らない。
非常に気に入らない。
なぜなら。
気に入らない理由が見つからない。
和也は唸った。
「……顔が良すぎる」
「は?」
「顔だ!!」
資料の中にあるエドワードの写真を指差す。
「こういう男は信用ならん!!」
「ただの言いがかりですよ」
「男の顔が良すぎて、ろくなことがあるか!」
「ありますよ」
「それに金もありすぎる!」
「それも言いがかりです」
「伯爵だぞ!?」
「それは最初からご存じでしょう」
「…………」
「…………」
「……気に入らん」
「何がです?」
「全部だ!!」
絢子はしばらく夫を眺め、
やがて静かに核心を突いた。
「……あなた」
「なんだ」
「もしかして」
一拍。
「ハミルトン様に問題がないことが、気に入らないんですか?」
「…………」
ピクリ。
和也の眉が動いた。
「…………」
「……そ、そんなことはない!!」
図星だった。
◆
【刑事の眼】
~資料では分からないもの~
しばらくして、
和也は大きく息を吐くと、バタン、とノートを閉じた。
「……まあいい」
「諦めましたか?」
「違う」
眼鏡を外す。
先ほどまでの娘を溺愛する父親の顔から
ふっと、表情が消えた。
「経歴だけでは、人間は分からん」
「…………」
絢子も黙った。
「どれだけ立派な肩書きがあろうが、金を持っていようが、
周囲の評判が良かろうが……そんなものだけで人間を判断するつもりはない」
その目だけは
数々の人間を見てきた、刑事のものだった。
「直接会って、話して、目を見る」
一拍。
「──現場がすべてだ」
「……そうですね」
そこについては
絢子も否定しなかった。
「英国へ行く」
「ええ」
「そして、この目で確かめる」
和也はテーブルの上に置かれた、エドワードの写真を見る。
「ハミルトンという男が何者なのか」
そして。
その隣にある、娘の写真へ視線を移した。
「本当に、拓海を任せられる男なのかをな」
絢子は、ほんの少しだけ笑った。
「……それなら構いません」
「そうだろう」
「ただし」
「なんだ」
絢子は指を一本立てた。
「取り調べをしないこと」
「誰がするか!」
二本目。
「ハミルトン様を睨まないこと」
「睨まん!」
三本目。
「大声を出さないこと」
「出さん!」
四本目。
「拓海の前で『娘に近づくな』などと言わないこと」
「…………」
「あなた?」
「…………分かった」
そして。
五本目。
「もしハミルトン様から正式に『拓海さんをください』と言われても」
「…………」
「殴らないこと」
「…………」
沈黙。
「あなた?」
「…………」
和也は腕を組み
非常に難しい顔で考え込んだ末、、
重々しく答えた。
和也「──善処する」
絢子「──善処ではなく、約束してください^^」
和也「…………」
柔道三段。
空手四段。
数々の修羅場を潜り抜けてきた警視庁刑事。
佐伯和也。
「…………はい(´・ω・`)」
妻の前では
ただの大きなクマであった。
◆
こうして
英国伯爵エドワード・ハミルトンに対する事前の身辺調査は終了した。
結果。
家柄→問題なし。
経歴→問題なし。
資産→問題なし。
素行→問題なし。
女性関係→問題なし。
娘への態度→むしろ大切にしすぎ。
父親の感情→大いに問題あり。
それでも最後は刑事として。
そして何より、一人の父親として。
佐伯和也は、自分自身の目でエドワードという男を見ることを決めた。
数週間後
ハミルトン家のガーデンパーティ。
まだ見ぬ未来の義父を迎えるつもりでいる西欧の過保護魔王のもとへ
娘を溺愛する巨大なクマ………もとい、警視庁刑事・佐伯和也が上陸する。
なお。
妻から、
「取り調べ禁止・威嚇禁止・怒鳴るの禁止・殴るの禁止」
という厳重な渡英条件を課せられていることを
エドワードは、まだ知らない(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




