ハミルトン伯爵が幸せになるまで:41
飼育成功?
『維持とは、楚々とした可憐なお嬢様(拓海)に一目惚れした西欧の過保護魔王が、いつの間にかその楚々とした状態を自ら維持する専属美容師と化し、「肉ある?」「あります」の餌付けで朝晩のスキンケアまで完遂する現象のことであるという話』
【ハミルトン別邸】
~朝のメンテナンス~
千代田区で母・絢子が金色の招待状を前に頭を抱えていた頃。
遠く離れたロンドンのハミルトン別邸では
今日も朝から、若き伯爵による「狂犬お嬢様のメンテナンス」が行われていた。
現在のエドワードは、もはや毎朝拓海の髪を梳かすだけではない。
なぜなら。
佐伯拓海という女を放っておくと……
「顔? 水で洗えばよくね?^^」
洗面台で豪快にバシャバシャ。
そして。
その辺にあった布でゴシゴシ。
「よし! 終わり!!^^」
以上。
……という、十八年間お嬢様学校へ通っていたとは到底思えない生活を始めるからである。
◆
「……拓海嬢」
「んあー?(´д⊂)」
寝起きの拓海が、ボサボサの黒髪を引っ提げて振り返る。
「顔を洗いましたか?」
「洗ったぞ」
「……何で拭きました?」
「そこにあったやつ^^」
「…………どれです?」
「これ」
拓海が指差した先を見て。
エドワードの灰色の瞳が見開かれた。
「それは洗面台を拭くための布です!!!!」
「同じ布だろ!」
「同じではありません!!」
「水吸うじゃん!」
「そういう問題ではありません!!」
エドワードは即座に拓海の肩を掴んだ。
「やり直します。座ってください」
「ええー。めんどくせぇなぁ……」
「座る」
「へーい(´・ω・`)」
ぶつくさ言いながらも、拓海は素直に椅子へ腰を下ろした。
エドワードは慣れた手つきで長い黒髪をまとめ、クリップで留める。
そして、適温に蒸したタオルを顔へ。
「ほら」
「おーーー……」
拓海の身体から力が抜ける。
「きんもちいなー、これ^^」
「でしょう?」
「このまま寝ていい?」
「駄目です」
「ちぇっ」
十分に肌が温まったところでタオルを外し、エドワードは化粧水を手に取った。
ぺたぺた。
「冷てっ!」
「動かないでください」
「自分でできるって」
「昨日もそう言いましたね」
「おう」
「そして化粧水を手に出して、そのまま髪につけましたね?」
「似たようなもんだろ^^」
「まったく違います!!」
ぺたぺた。
化粧水。
美容液。
乳液。
日中用の保護クリーム。
ひとつ塗るたびに、拓海の眉間の皺が深くなっていく。
「……なあ」
「何です?」
「多くね?」
「多くありません」
「俺、顔一個しかねぇぞ?」
「知っています」
「こんなに塗る必要ある?」
「あります」
「エドって俺より女みてぇだな^^」
エドワードの手が止まった。
「あなたが女らしくなさすぎるんです!!」
「ガハハハハ!!^^」
最後にごく薄く、拓海の顔立ちを生かす程度の化粧を施す。
長い睫毛。
黒い瞳。
きめ細かな肌。
元々の顔立ちが派手なため、余計なものはほとんど必要ない。
エドワードは満足そうに仕上がりを確認した。
「……よし」
「終わった?」
「まだです」
「まだあんの!?」
「髪です」
「…………」
拓海は天を仰いだ。
◆
【狂犬の調教法】──肉
そもそも。
エドワードが最初に恋をした佐伯拓海は。
大学の入学イベントで見かけた、長い黒髪を美しく整え、品のいい服を纏い、楚々と微笑む……
完璧な「深窓の令嬢」だった。
それが半年あまり経った現在。
放っておけば髪はボサボサ。
服はジャージ。
顔は水洗い。
タオルがなければ、その辺の布。
木があれば登る。
酒を飲めばさらに登る。
お嬢様教育を担当した姉・詩織のもとからは、とうとう三階の窓から脱走した。
にもかかわらず。
「拓海嬢。髪を梳かしますから、こちらへ」
「やだ」
「座ってください」
「めんどくせぇ」
「終わったら朝食です」
「…………」
ピクリ。
拓海の眉が動いた。
「……肉ある?^^」
「あります」
「何?」
「ベーコンとソーセージ。それからローストビーフも少し」
「やる^^」
即座に着席。
「…………」
扱い方さえ分かれば。
恐ろしく簡単な女であった。
◆
【夜】
~終わらないメンテナンス~
そして、
戦いは朝だけでは終わらない。
「拓海嬢!!」
すでにベッドへ潜り込もうとしていた拓海の肩を、エドワードが捕まえる。
「んだよー。眠い」
「化粧を落としていません!」
「今日ほとんどしてねぇぞ」
「日焼け止めを塗ったでしょう」
「昼間、石鹸で顔洗ったから平気だって」
「石鹸!?」
エドワードの顔色が変わった。
「何の石鹸です!?」
「洗面所にあったやつ」
「…………」
「泡立ったぞ^^」
「顔用ではありません!!」
「同じだろ!」
「同じではない!!」
「明日ちゃんとやるって!」
「今やるんです!!」
「ええええええ!!」
夜のハミルトン別邸に。
今日も元気な伯爵と狂犬の声が響き渡る。
◆
【過保護魔王】
~役得~
そして
最近では服装までそうだった。
「エドー! 今日何着ればいいー?」
別室から拓海の声が飛んでくる。
「大学でしょう? 昨日届いた紺のワンピースを出してあります」
「スカートめんどくせぇ!」
「下にショートパンツを履いて構いませんから」
「お。それならいい^^」
「カーディガンも出してあります」
「へーい」
やがて着替えを終えた拓海が戻ってくる。
「できたぞー」
「では髪を」
「まだやんの?」
「当然です。こちらへ」
「へいへい」
拓海は慣れた様子でエドワードの前へ座った。
さらさらと長い黒髪を梳かし。
トリートメントを馴染ませ。
手早く綺麗にまとめていく。
「…………」
ふと、
エドワードは思った。
自分は
楚々とした可憐なお嬢様だった拓海に、一目惚れしたはずである。
ところが現在。
その「楚々とした可憐なお嬢様」を維持しているのは。
ほぼ”自分”である。
「…………」
何かがおかしい気はした。
非常におかしい気もした。
だが
目の前には。
自分に完全に身体を預けて、大人しく髪を梳かされている拓海がいる。
毎朝
誰より近くで彼女の顔に触れられる。
髪に触れられる。
服を選んでやれる。
食事を用意してやれば、嬉しそうに食べる。
そして。
「エドー。腹減ったー^^」
自分を呼ぶ。
「…………(*´ω`)」
エドワードの口元が緩んだ。
「もう終わりますよ」
「肉冷めるぞ!」
「逃げませんから」
「早くしろー!」
「はいはい」
結論。
何も問題はなかった。
むしろ
過保護魔王エドワード・ハミルトンにとっては、
毎朝毎晩、大好きな拓海嬢を自らの手で世話できる現在の生活こそが。
紛れもなく
極上のご褒美(役得)なのであった。
なお。
数週間後。
この光景を初めて目撃することになる拓海の父・佐伯和也が、
「…………なぜ、こいつは私の娘の扱いにここまで慣れているんだ……?」
と、英国到着早々別方向の衝撃を受けることになるのだが。
それは
もう少し先のお話である(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




