ハミルトン伯爵が幸せになるまで:40
本とは50話くらいの予定が終わりそうにない
『誤認とは、狂犬お嬢様(拓海)の「俺もエドが好きだぜ^^」を恋人承認と勝手に判定した西欧の魔王が、早くも婚約を申し込んできたことで不正コンパイルが千代田区の母と姉に完全露呈し、金ピカ招待状を前に母娘揃って頭を抱える現象のことであるという話』
【千代田区・佐伯邸】──金色の爆弾
ある日
東京都千代田区、佐伯邸。
その日届いた郵便物の中に、一通だけ明らかに異質な封筒が混じっていた。
厚手の上質紙。
金の縁取り。
そして中央には、見覚えのあるハミルトン伯爵家の紋章。
「…………」
絢子は封を開いた。
中身は、五月二十三日にハミルトンホールで開催されるガーデンパーティへの正式な招待状。
それ自体はいい。
問題は、
そこに添えられていた、エドワード本人からの丁重な手紙だった。
『佐伯拓海嬢との婚約について、正式にご両親へご挨拶申し上げたい』
「…………」
絢子は
もう一度読んだ。
そして
もう一度読んだ。
やはり。
”婚約”
と書いてある。
「……これは、どういうことかしらね……」
静かに招待状をテーブルへ置き、片手でこめかみを押さえる。
つい数か月前エドワード本人から国際電話で、
『拓海嬢と正式にお付き合いさせていただきたい』
と申し込まれたばかりだったはずである。
それが……
もう婚約。
(……早くないかしら)
非常に早い。
というより、
もっと根本的な問題がある。
(……あの子から、交際を始めたという報告すら受けていないのだけれど……)
「…………」
嫌な予感しかしない。
絢子は即座に受話器を取った。
◆
【イギリス&千代田区】
~緊急確認~
『はい?』
「詩織? 私です」
『あら、お母様。どうしたの?』
「……今日ね。ハミルトン家から正式な招待状が届いたの」
『ガーデンパーティの?』
「ええ。それと……」
一拍。
「拓海と婚約したいそうよ」
『…………』
電話の向こうで、
詩織の動きが止まった。
「詩織?」
『……お母様』
「何?」
『今……なんと?』
「拓海と婚約したい、と」
『…………』
数秒。
英国と日本を結ぶ国際回線に
長女・詩織の、心の底からの声が響いた。
『は?』
「…………」
『ちょっと待ってください、お母様。確か……少し前まで「正式に交際したい」
というお話でしたよね?』
「私もそう記憶しているわ」
『……拓海から、何か聞いています?』
「何も」
『私も何も聞いていません』
「…………」
『…………』
地球規模の、不吉な沈黙。
やがて
絢子が静かに口を開いた。
「……あの子たち、本当にお付き合いしているのかしら」
『…………』
詩織は考えた。
そして非常に嫌な可能性へ辿り着いた。
『……お母様』
「何?」
『一度、拓海本人に確認した方がいいかもしれません』
「……そうね」
母娘の意見は即座に一致した。
◆
【直撃電話】
~不正コンパイル発覚~
そのまま
詩織は別邸へ電話をかけた。
数回の呼び出し音の後。
『もしもしー?^^』
聞き慣れた、呑気な声が返ってくる。
『ねーちゃん? 何?』
「拓海。ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」
『ん?』
「あなた、ハミルトン様とお付き合いしているのよね?」
『おう! 付き合ってるぞ? 毎日一緒に学校行ってる^^』
「…………」
違う。
絶対に意味が違う。
「そういう意味ではなくて。……ハミルトン様から、告白されたでしょう?」
『あー! されたされた!』
「……なんと言われたの?」
『俺のこと好きだって^^』
「それで?」
『俺もエドのこと好きだって言ったぞ^^』
「…………」
絢子と詩織が、同時に目を瞬かせた。
一見
”成立”している。
ハミルトン様が「好き」と告白した。
拓海も「好き」と答えた。
ならば。
普通に考えれば。
「……では」
詩織は慎重に本丸へ踏み込んだ。
「あなたたち、恋人になったのね?」
『なんで?(・∇・)』
「…………」
『…………』
「…………」
『ねーちゃん?』
「……拓海」
『おう』
「ハミルトン様のこと、好きなのよね?」
『好きだぞ^^』
「どういう意味で?」
『んー?』
少し考える気配。
そして………
『飯いっぱい奢ってくれるし、気が合うし、一緒にいると楽しいぞ^^』
「…………」
『あと、髪やってくれるの上手い^^』
「…………」
『いいヤツだぞ、エド!^^』
「…………」
完全にマブダチである。
恋愛感情。
ゼロ。
婚約認識。
当然ゼロ。
電話の向こうでは、
自分が五月に英国社交界へ『ハミルトン伯爵の婚約者』としてお披露目されかけているとも知らず。
『あ、ねーちゃん。もういい? 腹減ったからエドに飯』
「……ええ。もういいわ」
『おう! じゃーなー^^』
ガチャ。
ツーツーツー……。
「…………」
「…………」
【西欧の魔王による不正コンパイル、完全発覚】
千代田区の母・絢子と
英国の長女・詩織。
遠く離れた二人は
ほぼ同時に深々と息を吐いた。
「「……はぁ…………」」
◆
【千代田区・佐伯邸】
~最大の問題~
電話を切った絢子は、
改めてテーブルの上で燦然と輝く金色の招待状を見つめた。
「…………」
娘本人は
恋人になった覚えすらない。
その一方で。
相手の英国伯爵は、すでに婚約する気満々である。
そして。
この招待状は佐伯夫妻、二人に宛てられている。
つまり。
「…………」
絢子は
再び、こめかみを押さえた。
「……この状態で……」
視線の先には。
何も知らずに別室で新聞を読んでいる夫。
佐伯和也。
先日。
『うちの可愛い拓海に粉をかける男は許さん!!』
と激怒し、
『英国へ行く!!』
とパスポート片手に飛び出しかけ
妻から、
『拓海に嫌われますよ』
の一言を食らって、ようやく鎮圧された男。
柔道三段
空手四段
現役の警視庁刑事
そして何より、
次女・拓海を溺愛する父親。
「……この状態で、主人を英国へ連れて行くの……?」
「…………」
絢子は
金色の招待状を静かに伏せた。
そして。
千代田区最強の母をして
珍しく心の底から呟いた。
「……行きたくないわ……」
娘は何も分かっていない。
相手は何もかも上手くいっていると思っている。
夫は、相手を一発殴りたいと思っている。
その三人を
五月二十三日ハミルトンホールへ一堂に集める。
金色の封筒の中には。
英国社交界を吹き飛ばしかねない特大の爆薬が、着々と詰め込まれつつあったのである……(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




