ハミルトン伯爵が幸せになるまで:35
今年の夏は雨が多いなー
『父親とは、英国社交界も大学も母も姉も知っている狂犬お嬢様(拓海)の交際話を最後に知らされた父・和也が、「うちの拓海に男だとぉぉぉぉぉ!!?」と千代田区を揺らし、「どうしてもというなら私を倒してからにしろ」と宣言する、柔道三段・空手四段の物理型最終関門のことであるという話』
【千代田区・佐伯家】
~父親、知る~
「……それで。」
絢子は静かに湯呑みを置いた。
「先日、英国のハミルトン様から。」
和也は新聞越しに妻を見る。
「拓海と正式にお付き合いしたいと、申し出がありました。」
「…………。」
新聞が止まった。
「…………。」
沈黙。
一秒
二秒
三秒
和也が、ゆっくりと新聞を下ろした。
「……誰が?」
「拓海と。」
「誰が?」
「ハミルトン様が。」
「…………。」
まだ理解が追いついていない。
「……男?」
「男です。」
「…………。」
そして、
ようやく
すべての情報が、佐伯和也の脳内で正常に接続された。
「うちの拓海に男だとぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
ドガーーーーン!!
佐伯家の平和な朝が吹き飛んだ。
「あなた、朝から大声を出さないでください。」
「大声にもなるだろう!!」
和也は勢いよく立ち上がった。
「拓海だぞ!?」
「拓海ですね。」
「うちの拓海だぞ!?」
「ほかに誰がいるんです。」
「まだ十八だぞ!!」
「十八です。」
「早い!!」
「何がです?」
「男など百年早い!!」
「あなた、その頃には拓海も百十八歳です。」
「なら百十八歳まで家にいればいい!!」
「…………。」
絢子は静かにお茶を飲んだ。
始まった。
予想どおりである。
◆
【父・佐伯和也】
~娘は嫁に行かなくていい~
佐伯和也は拓海を溺愛していた。
三人の子供の中でも、年を重ねてから生まれた末娘。
幼い頃から活発で
木へ登り
転び
膝を擦りむき
男の子に混じって走り回り
母と姉に怒られては、父親のところへ逃げ込んでくる。
そんな娘を見るたび、和也は笑っていた。
「あれは多少、雑に育ったからな。」
「まあいい。」
「元気ならそれでいいさ。」
そして、
決まってこう言った。
「何、この時代。」
「嫁になんぞ行く必要はない。」
「いつまでも家にいればいいさ。」
……これが口癖だった。
絢子が礼儀を教え、
詩織が身だしなみを整え、
女学院が十五年かけて淑女教育を施している横で。
父親だけが
「拓海、腹減ったか?」
「おう!^^」
「よし、肉食いに行くか。」
「行く!!^^」
そんな調子だったのである。
現在の狂犬お嬢様・佐伯拓海が完成した責任の一端がどこにあるのか。
少なくとも
母・絢子は知っていた。
◆
【英国留学】
~最後まで反対した男~
そもそも
拓海の英国留学に最後まで反対していたのも、和也だった。
「英国!?」
「一人で!?」
「駄目だ!!」
「遠すぎる!!」
「何かあったらどうする!!」
絢子と詩織に、
『大学生になる娘をいつまで手元へ置いておくつもりですか』
と散々説得され。
最終的には拓海本人から、
「親父うるせぇ!! 俺は行く!!^^」
と一刀両断され、
泣く泣く送り出した。
それから、まだ数か月。
ようやく
娘のいない生活にも慣れてきたところへ。
”男”
しかも英国人。
「…………。」
和也の眉間に青筋が浮かぶ。
「許さん。」
「まだ何も説明していませんよ。」
「説明などいらん!!」
「必要です。」
「うちの可愛い拓海に粉をかける男など許さん!!」
「ハミルトン様は非常に礼儀正しい方でしたよ。」
「関係ない!!」
「詩織も、誠実な方だと言っています。」
「詩織は騙されている!!」
「英国でも非常に名の知られた方です。」
「そんなものはどうでもいい!!」
そして。
和也は拳を握り締めた。
「どうしても拓海と付き合いたいというなら――。」
「…………。」
「私を倒してからにしろおおおおお!!」
「…………。」
絢子は目を閉じた。
やっぱり。
こうなった。
◆
【最終関門】
~物理~
なお佐伯和也。
職業
警視庁刑事
柔道三段
空手四段
現場経験豊富な、筋金入りの猛者である。
つまり。
母・絢子への攻略条件。
”誠意”
姉・詩織への攻略条件。
”拓海を大切にする覚悟”
そして。
父・和也への攻略条件。
……。
”物理”
その頃、遠く英国。
自分へ新たな試練が発生したことなど知る由もなく。
エドワード・ハミルトンは
「……今日こそ。」
鏡の前でネクタイを直していた。
「今日こそ拓海嬢へ、私の気持ちを伝える。」
ジョージが横から覗く。
「頑張って^^」
「まずは『好きです』だ。」
「うん。」
「そして『私と付き合ってください』。」
「完璧。」
「よし。」
大きく息を吸う。
そこへ。
「エドーーーー!!」
廊下から拓海の声。
「靴下片っぽ知らねぇ!?^^」
「今探します!!」
「…………。」
ジョージは思った。
(告白より先に。)
(君にはもっと、とんでもないものが待ってるみたいだけどね^^)
西欧の魔王は、まだ知らない。
母を越え
姉を越えた先に
”柔道三段・空手四段の父親という、佐伯家最後の物理型ラスボスが待ち構えていることを。”
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




