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ハミルトン伯爵が幸せになるまで:34

多分和也パパはクマみたいな人

告白ミッションとは、母親への申請、姉の了承、社交界の婚約者認定、同居生活まで完璧に外堀を埋め尽くした西欧の魔王エドワードが、肝心の狂犬お嬢様(拓海)本人へ「好きです」の四文字だけを言えずに苦悩する一方、佐伯家では唯一何も知らされていなかった父・和也へ巨大な爆弾が投下されようとしている現象のことであるという話』


【ハミルトン別邸】

~伯爵、告白をしたい~


エドワード・ハミルトンは、必死だった。


世界を相手にする過酷な商談でもない。

数千億円規模のM&Aでも、投資判断でもない。


たった一人の少女へ。

たった四文字。


「好きです。」


そう伝えるだけ。


なのだが


「…………。」


言えない。

まったく言えない。


現在。

拓海とは、すでに同じ屋敷で暮らしている。

毎朝、一緒に朝食を摂る。

寝癖だらけの黒髪を丁寧に梳かし、トリートメントまで施してやる。


二人並んで大学へ行く。

講義が終われば、一緒に帰る。


夕食も一緒。

休日も大体一緒。


さらに

母・絢子には、自ら国際電話をかけて正式な交際の意思を伝えた。

姉・詩織からも、少なくとも「拓海を任せてもいい」と思ってもらえる程度の信頼は得た。


そして英国社交界では、昨年の舞踏会以来。


『佐伯拓海嬢は、ハミルトン伯爵家の未来の婚約者』


という認識が、ほぼ完成しつつある。


大学ですら


「あれ? 佐伯ってハミルトンの婚約者じゃね?」


くらいには認知されていた。


つまり、

外堀は完璧。

家族への根回しも完璧。

生活基盤まで一緒。


……にもかかわらず。


当の本人だけが。


”何も知らない”


「エドー。」


「っ!!」


リビングから声が飛んできた。


エドワードは反射的に背筋を伸ばす。


(今だ。)


(今度こそ。)


(拓海嬢に、私の気持ちを――。)


「腹減ったー^^」


「…………。」


「なんか食わせろー。」


「……はい。」


「肉な!^^」


「分かりました。」


「いっぱいな!」


「はい。」


「…………。」


言えなかった。


今日もたった四文字が

言えなかった。


少し離れた場所、

ソファでコーヒーを飲んでいたジョージが、カップ越しにエドワードを見る。


「どんまい^^」


「……うるさい。」


「今日で何回目?」


「数えるな。」


「まだ午前中だけど^^」


「黙れ!!」


世界を相手に一歩も引かない西欧の若き魔王は。


今日も一人の狂犬お嬢様を前に、完全敗北していた。



【千代田区・佐伯家】

~もう一人、何も知らない男~


しかし、

何も知らない人間は、拓海だけではなかった。


日本

千代田区・佐伯家。


朝、

食卓では、一人の男がトーストをかじりながら新聞を読んでいた。


佐伯和也。


拓海の父親である。


妻・絢子は知っている。

長女・詩織も知っている。

長男・拓人ですら、


「なんか拓海、英国の大物にえらく気に入られてるらしいな。」


程度には察している。

英国社交界も知っている。

大学の学生たちまで知っている。


なのに

父・和也だけは知らない


自分が特別に可愛がってきた次女が、

英国屈指の名門伯爵家当主から、正式な交際を申し込まれていることを。

その男の別邸へ逃げ込み、そのまま暮らしていることを。


毎朝、

その男に髪まで梳かしてもらっていることを。


そして

遠く英国ではすでに、


『未来のハミルトン伯爵夫人』


として認識され始めていることを。


何一つ知らない。


「…………。」


和也は呑気に新聞をめくった。

平和だった。


少なくとも

あと数十秒は。


「……あなた。」


「ん?」


新聞から顔を上げる。


向かい側

絢子が静かに湯呑みを置いた。


「どうした?」


「……拓海のことで。」


「拓海?」


愛娘の名前が出た瞬間和也の表情が少し緩む。


「どうした? 元気にしてるのか?」


「ええ。」


「ならいいじゃないか。」


再び新聞へ視線を戻そうとする。


しかし。


「少し、お話があるの。」


その声に。


和也の手が止まった。


「…………。」


新聞を下ろす。


「……何だ?」


絢子は夫を見る。


そして

ほんの一瞬だけ考えた。


どこから説明するべきか。


英国の大企業グループを率いる若き伯爵が

娘を舞踏会へ招待し

その娘が酒を飲んで木に登り

落下したところを伯爵本人に受け止められ

姉の教育から三階の窓を使って脱走し

現在その伯爵の別邸へ転がり込んでいて

しかも当の伯爵から、


『拓海さんと正式に交際したい』


と申し込まれている。


「…………。」


情報量が多すぎる。

絢子は静かに息を吐いた。


「……実はね。」


「うん。」


「拓海のことで――。」


一拍。


「男性から、お話があったの。」


「…………。」


和也の動きが止まった。



【英国・日本】

~二人の男~


その頃

遠く英国では。


「……今日こそ言う。」


「昨日も聞いたよ^^」


「今日こそ必ず拓海嬢へ伝える。」


「頑張って。」


「私は逃げない。」


「うん。」


「必ず。」


「エドー!! 肉まだー!?^^」


「今行きます!!」


「…………。」


ジョージは黙ってコーヒーを飲んだ。


そして日本では。


「……男性?」


新聞を握った和也が、ゆっくりと顔を上げていた。


「ええ。」


「拓海に?」


「ええ。」


「…………。」


眉間に皺が寄る。


まだ

名前すら聞いていない。


英国では

若き伯爵が「好きです」の四文字を言えずに頭を抱え。


日本では

父親の知らぬところで、愛娘の外堀だけが1200%完璧に埋め尽くされている。


そして。


この時

エドワードも

拓海も

まだ知らなかった。


西欧の過保護魔王にとって。


母・絢子。

長姉・詩織に続く。

最後にして最大級の難関……


『娘を溺愛する父・佐伯和也』


が。

ついに参戦しようとしていることを(笑)。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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