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ハミルトン伯爵が幸せになるまで:33

案外シャイ

『外堀(告白)とは、母親に申請し、姉の好印象を獲得し、毎朝彼女の髪を梳かし、社交界では「未来の婚約者」とまで認識され、完璧に周囲を固めた西欧の魔王エドワードが、肝心の本人へ「好きです、付き合ってください」と伝える初歩的な手順だけを忘れ、「は? 付き合ってねぇよ^^」の一言で膝から崩れ落ちる現象のことであるという話』


【英国社交界】

~完成された外堀~


現在

ハミルトン伯爵家当主、エドワード・ハミルトンを取り巻く社交界では、

一つの噂がまことしやかに囁かれていた。


……昨年のクリスマス舞踏会。


これまで浮いた噂ひとつなく、女性の影すら存在しなかった『氷の伯爵』が

一人の日本人令嬢を、自らエスコートして現れた。


しかも、

ファーストダンスの相手まで務めた。


(……間違いない。)


(あの方が、ハミルトン伯爵家の未来の奥方様では……?)


そんな認識が、すでに出来上がりつつあった。


舞踏会で詩織の殺気に怯え、完璧に令嬢の皮を被っていた拓海は、


『楚々とした東洋の令嬢』


『凛とした美貌の日本人女性』


として、一部の招待客からかなり好意的に記憶されていたのである。


なお。


その後


酒をガブ飲みし

ドレス姿で木へ登り

枝の上で爆睡した事実については

幸いにも、ごく一部の関係者しか知らない


そしてエドワード本人も


母・絢子へ正式に交際の意思を伝えた

姉・詩織からも、一定の信頼を得た

拓海を自らの別邸へ預かることまで許された


毎朝一緒に食事をし

髪を梳かし

一緒に大学へ行き

一緒に帰ってくる


外堀は

ほぼ完璧だった。


ただひとつ

本人への告白を除いて。



【大学・学食】

~本人の認識~


昼休み

拓海はいつもの男子学生たちとテーブルを囲み、ラーメンを豪快にすすっていた。


「なあ、佐伯。」


「んー?」


ズズズッ。


「お前さ。」


「ハミルトンと付き合ってんの?」


「は?」


拓海は顔を上げた。


そして

何を当たり前のことを聞いているんだという顔で答えた。


「付き合ってねぇよ^^」


「…………。」


男子学生たちの動きが止まる。


「……いや。」


「何?」


「お前ら、毎朝一緒に大学来てるよな?」


「おう。」


「帰りも一緒だよな?」


「おう。」


「……なんで?」


「家一緒だから^^」


「…………は?」


「今、エドんち住んでる。」


「はああああ!?」


学食に叫び声が響いた。

拓海は気にせずラーメンをすする。


「同居してんの!?」


「おう。」


「飯も!?」


「一緒。」


「朝も!?」


「一緒。」


「夜も!?」


「大体一緒だな。」


「…………。」


「あと。」


拓海は麺を飲み込んでから、何でもないことのように付け加えた。


「朝、髪もエドがやってくれるぞ^^」


「…………。」


全員

絶句


「アイツ結構うまいんだよ。」


「昨日なんか三つ編み覚えた^^」


「…………。」


男子学生の一人が、震える手でテーブルを叩いた。


「お前らそれのどこが付き合ってねぇんだよ!!!」


「え?」


拓海がキョトンとする。


「だって。」


「付き合ってねぇもん。」


「じゃあ何なんだよ!!」


「エド?」


「関係性を聞いてんだよ!!」


「マブダチ^^」


「違う気がする!!!」


拓海は首を傾げた。


「つーか。」


「お前らの言う『付き合う』って何すんの?」


「…………。」


「飯食う以外に何かあんの?^^」


男子学生たちは思った。


駄目だ。

顔は恐ろしく整っているのに。

**恋愛に使用する領域だけ、脳内に実装されていない**



【午後・中庭】

~魔王、死亡~


そして

なぜかこういう話だけは、異様に伝達速度が速い。


午後。

中庭のベンチに座っていたエドワードのもとへ、ジョージがやって来た。


「ハミルトン。」


「何だ。」


「面白い話聞いたよ^^」


「……嫌な予感しかしない。」


ジョージは隣へ腰を下ろした。


「今日、学食で拓海ちゃんが聞かれたんだって。」


「何を?」


「君と付き合ってるのかって。」


「!」


エドワードの表情が変わった。


「それで!?」


「拓海ちゃん。」


ジョージはニコニコしている。


「『は? 付き合ってねぇよ^^』って。」


「…………。」


沈黙。


「…………。」


エドワードの翡翠の瞳から。


光が消えた。


「……つ。」


「うん?」


「拓海嬢が……。」


「うん。」


「付き合っていないと……。」


「うん。」


「明言された……。」


ずーん。


エドワード・ハミルトン。


撃沈。


_| ̄|○


「拓海嬢……。」


「まあまあ。」


「私は……。」


「うん。」


「恋人ですらなかった……。」


「いや。」


ジョージは笑いを堪えながら言った。


「そりゃそうでしょ。」


「…………何?」


エドワードが顔を上げる。


「君さ。」


「拓海ちゃんのお母様には話したよね?」


「……ああ。」


「正式に交際したいって。」


「申し上げた。」


「お姉様にも知られてる。」


「ああ。」


「一緒に暮らしてる。」


「ああ。」


「毎朝髪まで梳かしてる。」


「……それが何だ。」


「じゃあ。」


ジョージが聞いた。


「拓海ちゃん本人には?」


「…………。」


「『好きです』って言った?」


「…………。」


「『私と付き合ってください』って。」


「…………。」


一秒。


二秒。


三秒。


「…………。」


エドワードの顔色が変わった。


「…………あ。」


ジョージが吹き出した。


「言ってないんだ^^」


「…………。」


「ハミルトン。」


「…………。」


「まさか。」


「母親に先に交際申し込んどいて。」


「…………。」


「本人に申し込むの忘れてたの?^^」


「…………。」


エドワードの全思考回路が停止した。



【緊急コンパイル】

~最重要工程の欠落~


(言っていない。)


(私は――。)


(拓海嬢本人には。)


(何も言っていない……!!)


母親へ電話した。

姉にも知られた。

社交界では未来の婚約者とまで噂されている。


同じ家で暮らしている。

毎日一緒に大学へ行く。

毎朝髪まで梳かしている。


だが

肝心の本人へ。


あなたが好きです。

私と付き合ってください。


その一言を

一度も言っていない。


「…………。」


エドワードは両手で顔を覆った。


「なんということだ……。」


「今頃気づいた?」


「私は……。」


「外堀を埋めることに夢中になって……。」


「うん。」


「城へ入るのを忘れていた……。」


「ぶっ!!」


ジョージが盛大に吹き出した。


「そういうことだね!!」


「笑い事ではない!!」


「いや笑うよ!!」


エドワードは頭を抱えた。


考えてみれば。

拓海からすれば当然なのだ。


彼女にとって今のエドワードは


住む場所を提供してくれる。

飯を食わせてくれる。

毎朝髪を結ってくれる。

うるさいほど小言を言ってくる。

時々高級な飯を奢ってくれる。

ちょっと変態な外国人。


そして、

かなり仲のいい友達。


”それ以上でも、それ以下でもない”


「……ジョージ。」


「何?」


「どうすればいい。」


「告白すれば?」


「…………。」


「普通に。」


「…………。」


「『好きです。付き合ってください』って。」


「…………。」


「…………。」


「…………。」


「ハミルトン?」


エドワードの耳が

みるみる赤くなっていく。


ジョージは目を丸くした。


「……もしかして。」


「…………。」


「それが一番できないの?^^」


「うるさい!!!!」


世界中の要人と渡り合い。

数千億円規模の商談を即断し。

日本の母親へ国際電話を掛け。

長姉の信頼まで勝ち取り。

英国社交界に『未来の婚約者』という巨大な外堀まで築き上げた男。


エドワード・ハミルトン。


しかし

たった一人

佐伯拓海本人を前にした時だけ。


「好きです。」


その四文字が。

どうしても言えない。


西欧の魔王による攻略対象は

最初から最後まで

”外堀ではなく、本丸ただ一人なのであった”


ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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