ハミルトン伯爵が幸せになるまで:31
拓海「エドワード=マブダチ」
『譲歩とは、脱獄した狂犬お嬢様(拓海)のため、西欧の過保護魔王が覚悟を決めて「彼女を、彼女でなくなるほど矯正する必要はありません」と長姉(詩織)へ直談判し、「毎日入浴・木登り禁止」の条件付きで潜伏許可を勝ち取るも、「毎日お風呂」と聞いた拓海が「やっぱ姉ちゃんとこ帰る(´・ω・`)」と即座に掌を返す現象のことであるという話』
【ハミルトン別邸・書斎】
~姉からのダイレクトコール~
別邸へ到着して、わずか十五分。
早くも潜伏先を特定された拓海は、借り物のシャツ姿のままソファの上で固まっていた。
その視線の先。
デスクの電話を前に、エドワードもまた固まっている。
執事から受話器を受け取る。
相手はもちろん……
”佐伯詩織”
エドワードは静かに唾を飲み込んだ。
世界中の要人を相手にしても動じない若き伯爵が、今だけは妙に背筋を伸ばしている。
「……もしもし。」
『ハミルトン様。』
「はい。」
『拓海を、そちらへ連れて行かれましたね?^^』
「…………。」
逃げ道はない。
「……はい。」
『すぐに返してください^^』
「…………。」
その瞬間。
背後のソファから声が飛んだ。
「やだ!!」
拓海が勢いよく起き上がる。
「絶対帰らねぇぞ!!^^」
『拓海。』
「!」
『あなたは黙ってなさい^^』
「…………はい(´・ω・`)」
一秒だった。
先ほどまで「絶対帰らねぇ」と息巻いていた狂犬が、借り物のシャツ姿のままソファの上で正座する。
エドワードは思った。
(……お姉様、恐ろしい……。)
◆
【魔王の直談判】
~彼女らしくあるために~
「……詩織様。」
エドワードは改めて受話器を握り直した。
『はい。』
「お願いがあります。」
声から、先ほどまでの怯えが消える。
「しばらくの間、拓海嬢をこちらでお預かりすることを、許していただけないでしょうか。」
電話の向こうに短い沈黙が落ちた。
『……理由を伺っても?』
「はい。」
エドワードは真剣だった。
「拓海嬢は先ほど……」
「三階の窓から飛び降りました。」
『…………。』
「幸い、私が下におりましたので受け止めることができましたが。」
『…………。』
「このまま厳格な教育を続ければ。」
一拍。
「次は屋根から飛ぶかもしれません。」
『…………。』
長い沈黙。
やがて。
『……それは。』
詩織が重々しく答えた。
『否定できませんね……。』
「でしょう!?」
思わず声が大きくなる。
ソファの拓海もウンウンと頷いた。
「俺ならいける^^」
「あなたは黙っていてください!!」
「はい(´・ω・`)」
エドワードは咳払いを一つして、再び声を整えた。
「もちろん。」
「好き勝手にさせるつもりはありません。」
『……。』
「最低限の生活習慣や、人前で必要となる礼節については、私からも申し上げます。」
「ですが、」
エドワードは一度だけ拓海を見る。
借り物のシャツ。
崩れた髪。
ソファの上で正座しながら、皿に残った肉を気にしている少女。
舞踏会の夜。
完璧なドレス姿で、自分の手を取って踊った彼女も美しかった。
だが。
ジャージで笑う彼女も
男友達と肩を組んで大騒ぎする彼女も
木へ登って怒られる彼女も
今こうして、姉に怯えながら肉を気にしている彼女も。
全部、同じ佐伯拓海なのだ。
「……彼女を。」
エドワードは静かに言った。
「彼女でなくなるほど、矯正する必要はないと思っています。」
『…………。』
「私は。」
ほんの少し、声が柔らかくなる。
「あの方の奔放なところも含めて、大切に思っていますから。」
今度は、
詩織が黙る番だった。
先ほど、母・絢子から聞いた言葉が脳裏をよぎる。
”拓海と正式に交際したい”
あの話を聞いた時は、正直なところ。
(……なぜ拓海?)
と思った。
だが、
今なら、少しだけ分かる。
この男は
『佐伯家の令嬢』を欲しがっているのではない。
どうやら本当に
あのどうしようもない妹そのものを、大切にしているらしい。
「…………。」
詩織は小さく息を吐いた。
『……分かりました。』
「!」
エドワードの瞳が輝く。
「ありがとうございます!!」
『ただし。』
「はい!!」
一瞬で姿勢を正す。
◆
【潜伏条件】
~姉からの絶対命令~
『まず。』
『毎日、お風呂には入れさせてください。』
「もちろんです。」
ソファの上で拓海が顔を上げた。
「…………。」
『三食、きちんと食べさせること。』
「はい。」
拓海が頷く。
「それは大事だ^^」
『部屋をゴミ溜めにしない。』
「はい。」
拓海が目を逸らす。
『洗濯物を床へ放置させない。』
「はい。」
拓海がさらに目を逸らす。
『そして。』
嫌な予感がした。
『木に登らせない。』
「…………。」
エドワードは言葉に詰まった。
「……ぜ、善処します。」
『ハミルトン様^^』
「はい。」
『善処ではなく。』
『止めてください^^』
「はい!!!!」
電話が切れた。
ツー。
ツー。
ツー。
「…………。」
エドワードはゆっくりと受話器を置いた。
そして、
ソファの拓海へ振り返る。
「……許可をいただきました。」
「…………マジ?」
「はい。」
拓海の顔が一気に輝いた。
「よっしゃあああああああ!!!」
ソファから跳ね上がる。
「自由だぁぁぁぁぁぁ!!^^」
「ただし。」
「ん?」
「毎日入浴です。」
「…………。」
拓海の動きが止まった。
数秒。
「…………。」
そして。
静かにソファから降りる。
「……やっぱ姉ちゃんとこ帰る(´・ω・`)」
「なぜですかぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
◆
【数時間後・別邸玄関】
~姉からの爆弾~
その日の夕方。
拓海の着替えや荷物を届けるため、詩織本人が別邸へやって来た。
「じゃあ。」
玄関先で、詩織はエドワードへ頭を下げる。
「しばらく、ご迷惑をおかけします。」
「いえ!」
「拓海嬢のことは、私にお任せください。」
「……その言葉。」
詩織は少しだけ笑った。
「信じることにします。」
「!」
エドワードの背筋が伸びる。
その後ろ
拓海は自分の荷物を漁っていた。
「おお!」
「ジャージあった!!^^」
「拓海。」
「ん?」
詩織が振り返る。
「最後に一つ。」
「なに?」
「あなた。」
「ハミルトン様が、お母様へ正式に交際の許可を申し込んだこと。」
「知ってる?」
「…………。」
拓海が瞬きをする。
「…………。」
今度はエドワードが固まった。
「し、詩織様!?」
詩織は涼しい顔をしている。
拓海は首を傾げた。
「……交際?(・ω・)?」
「ええ。」
「ハミルトン様と、あなたの。」
「…………。」
拓海はしばらく考えた。
そして……
「どっか行くってこと?^^」(※『交際=すき焼き奢り』くらいの認識)
「…………。」
詩織が目を閉じた。
エドワードが絶句した。
少し離れた場所で様子を見ていたジョージが、肩を震わせる。
「…………。」
詩織は深々と息を吐いた。
「……ハミルトン様。」
「はい……。」
「ご苦労をおかけします。」
「…………はい。」
なぜか。
英国屈指の名門伯爵家当主が、正式に姉から同情された瞬間だった。
「では、拓海。」
詩織はにっこり笑う。
「時々、様子を見に来ますからね^^」
「!」
「お風呂をサボったら。」
「即、日本へ強制送還です^^」
「ひえっ!!」
「それじゃあ。」
詩織は優雅に踵を返した。
そのまま車へ乗り込む。
発車する直前。
スマートフォンを取り出し、母・絢子へ短いメッセージを送った。
『とりあえず、ハミルトン様に任せてみることにしたわ。』
送信。
一方
別邸の玄関では。
拓海が首を傾げたまま、エドワードを見上げていた。
「なあ、エド。」
「……はい。」
「交際って何すんの?^^」
「…………。」
エドワード・ハミルトン。
新年早々。
人生最大の難問と、真正面から向き合うことになったのであった……(笑)。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




