第五十五話 「密航者は、当然の顔をして「隣」にいる」という話
さぁ!サマーバケーションの始まりだよ!
ヒースロー空港、ファーストクラスのキャビン。
拓海は、ようやく席に身体を沈め、シートベルトを締めた。
隣にはエドワード。
―ここまでは予定通りだ。
しかし。
「お待たせしました、ハミルトン様。機内の『湿度』および
『気圧変化』によるサエキの毛穴の開き具合、…観測準備完了です」
通路を挟んだ隣から、聞き慣れた、そして今、一番聞きたくない声が響いた。
ノートを広げ、ストップウォッチを首から下げた男。
ジョージが、当然の顔で座っていた。
「……あッ、このヤロ!!」
拓海が身を乗り出す。
「何しれっと乗ってきてんだよ!! お前さっきゲートで『お見送り』しただろ!!」
「……サエキ」
ジョージは、優雅にウェルカムシャンパンを口に運ぶ。
「観測者が被写体を残して帰宅するなど、論理的に破綻している」
「してねぇよ!! それが普通だよ!!」
「……安心しろ」
一拍。
「旅費はすべて『ハミルトン家・海外実地調査費』として計上済みだ」
「計上すんな!!」
「……私は、お前が成田で『和也(父)』に確保される瞬間を、最前列で記録する義務がある」
「……余計なお世話だわ!!」
「……タクミ」
横から、低い声。
エドワードはすでにアイマスクを装着していた。
「……静かにしろ」
「お前も何とか言えよ!!」
「……ジョージの同行は、…合理的判断だ」
即答だった。
「私の『精神的強度』を維持するために必要な観測端末だ」
「てか端末扱いかよ!!」
「……お前の実家という魔境において」
わずかに間。
「唯一、ハミルトンの言語を理解する存在が必要だった」
「お前俺を実家ごとバカにしてんのかよ」
「していない」
間を置かない否定。
「…ただ」
「お前の『タッ・クン』という過去の残影に、私一人で対処するのは、構造的にリスクが高いと判断した」
「……あいつにビビってんじゃねぇよ!!」
「違う」
「違わねぇだろが!!」
そのやり取りを横目に、ジョージが静かにペンを走らせる。
「興味深い」
「おい書くな!!」
数分後。
機体が、静かに滑走を始める。
振動が、じわりと身体に伝わる。
逃げ場は、もうない。
拓海は、深く息を吐いた。
(……終わったな)
左には、英国貴族の執着。
右には、英国製の狂気。
その両方に挟まれながら――
機体は、ゆっくりと地面を離れる。
わずかに、身体が浮く感覚。
その瞬間。
「……タクミ」
アイマスクの向こうから、声がした。
「……何だよ」
「……今回は、重要だ」
短い一言。
それだけだった。
だけど。妙に、残る。
拓海は、一瞬だけ黙った。
そして。
「……知るかよ」
小さく、呟く。
視線を窓の外へ逃がす。
夜の滑走路が、遠ざかっていく。
(……まぁ、どうせ)
(ろくなことにならねぇんだろうけどな)
それでも。
ほんの少しだけ。
ほんの少しだけ…
嫌じゃないと思ってしまった自分に、気づかないふりをした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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