第五十四話 「兵站(パッキング)は、異界への「生存戦略」だ」という話
だからエドワード、お前何がしたいんだw
六月下旬。出発前夜。
ハミルトン邸の客室は、すでに「荷造り」という概念を逸脱していた。
床一面に並ぶ、巨大なアルミスーツケース数基。
その周囲を、白衣のジョージがストップウォッチ片手に走り回っている。
「……ハミルトン様! 第3コンテナ、……対・湿気用シリカゲルの充填率、限界を突破しました! これ以上の圧縮は危険です(物理的な強度が持ちません)!」
「……構わん」
エドワードは一切迷わない。
「……日本の『ナツ』の粘性は、……英国人の皮膚呼吸を停止させると聞く。予備のドライアイス・ユニットを追加しろ」
「……イエス・サー!!」
そこに。
自分の着替えを数枚、適当なカバンに放り込んだだけの拓海が現れた。
目は、完全に死んでいる。
「……おい」
一拍。
「……お前ら、宇宙にでも行くのか?」
「……タクミ。遅いぞ」
エドワードは、ピンセットで“何か”を透明ケースに収めていた。
「……確認だ。…お前の実家、『セイク・ホーム』の電圧変動係数を教えろ。
私の特注・冷感枕(水冷式)がショートすれば、脳細胞の構造が熱暴走を起こす」
「……知らねぇよ!! 普通に100ボルトだよ!!」
一拍。
「あと枕に水通すな!! 漏れたら感電するだろ!!」
ジョージが、仰々しく一つのアタッシュケースを開いた。
中には、びっしりと並ぶ試験管。
「サエキ。これは、ハミルトン家化学班が調製した『対・ナツミ用・精神安定香料』だ」
「……何だよそれ。毒ガスか?」
「……違う」
静かな否定。
「……ナツミという個体が放つ、『タッ・クン』という音声デバフ。
それを浴びた瞬間、ハミルトン様の理性が『嫉妬』を起こすのを防ぐための鎮静剤だ」
「……嫉妬って認めちゃってるじゃねぇか!!」
即ツッコミ。
「自分でコントロールしろよ!!」
エドワードは、巨大な日本地図を広げた。
赤と青のピンが、異様な密度で刺さっている。
「……タクミ。……成田空港からお前の実家までの移動ルートだ」
「嫌な予感しかしねぇ」
「……最短距離は却下した」
「なんでだよ」
「……敵性個体による奇襲の可能性がある」
「ねぇよ!!」
即答だった。
「当日は一度千葉の海岸線を迂回し、…地磁気の乱れを利用してステルス移動を行う」
「誰に追われてんだよ!!」
「サトウだ」
「ただの高校生だっつってんだろ!!」
深夜。
最終確認が行われる。
没収された液体窒素タンクの代わりに。
エドワードは、なぜか「イギリスの空気(缶詰)」を隙間なく詰め込んでいた。
「……タクミ」
満足げな声。
「……準備は、構造的に完了した」
拓海は、ゆっくりと目を閉じた。
「……ああ、そうだな」
一拍。
「俺の胃の構造が、日本に着く前に壊れそうだけどな」
エドワードが、そっと肩に手を置く。
「…案ずるな」
静かな声。
「お前の実家という名の『聖域』」
一瞬の間。
「私が、ハミルトンの基準にアップデートしてやろう」
「おい余計なお世話だ!!」
即答だった。
「そのままの姿で残しておいてくれ!!」
ジョージは、静かにペンを走らせる。
【サエキ事変・日本遠征前夜】
ハミルトン、日本の蚊対策として『レーザー狙撃ドローン』の持ち込みを断念。
代わりに、『圧倒的な財力(お土産)』による経済的圧迫作戦へとシフト。
……明日、極東の地は、ハミルトンという名の『台風』に直撃される。
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悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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