ハミルトン伯爵が幸せになるまで :8
スケベ外人^^
『ファーストコンタクト(大惨事)とは、意を決して「どうかなさいましたか? レディ^^」と優雅に声を掛けた西欧の若き魔王が、朝九時前から木に登ってリンゴをかじる狂犬お嬢様(拓海)に「このスケベ外人^^」と命名され、朝食の誘いを一秒で断られた挙句、耳まで真っ赤になって立ち尽くす現象のことである』という話
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【学園都市・キャンパスの木陰】
~魔王、決意する~
「……もう、遠くから見ているだけでは駄目だ。」
ここ数週間。
遠くから見守り
物陰から観察し
ジョージから「それストーカーだよ」と何度言われても、
「違う。紳士的な心遣いだ。」
と言い張り続けてきたエドワード・ハミルトン。
しかし、日に日に拓海の周囲へ増え続ける男子学生たちを見て、ついに決断した。
「正式に自己紹介をしよう。」
「ようやく?」
ジョージが思わず拍手する。
「今日は止めないの?」
「止めない。」
「物陰にも隠れない?」
「隠れない。」
「おお……。」
「人類の進歩だ。」
「失礼だな。」
エドワードは軽く咳払いをすると、姿勢を正した。
「では、行ってくる。」
「健闘を祈るよ。」
ジョージはニヤニヤしながら見送った。
◆
【キャンパス中央】
「あれ……。」
「飯食える場所、どこだ……?」
ジャージ姿の拓海が、きょろきょろとキャンパスを歩き回っていた。
エドワードはゆっくり近づく。
優雅に一礼。
「……どうかなさいましたか、レディ。」
拓海は振り返る。
「ん?」
「どっか朝飯食える場所ねぇかなって。」
「朝食ですか。」
エドワードは腕時計を見る。
まだ午前九時前。
「学食でしたら、もう間もなく開く頃かと。」
「そうなのか。」
「ええ。」
「もしよろしければ―」
エドワードは静かに微笑んだ。
「ご一緒しませんか。」
人生で最も勇気を振り絞った一言だった。
しかし。
「あ。」
拓海の視線が、彼の肩越しへ向く。
「いいのがあった!!」
「……え?」
次の瞬間。
拓海は猛ダッシュした。
「レ、レディ!?」
◆
【大樹の下】
わしわしわし。
拓海は迷いなく大木へ登っていく。
「レディ!?」
「危険です!」
「落ちます!」
「スカートで木登りは――」
「よいしょ。」
あっという間に太い枝へ腰掛けると、
よれよれのバッグから真っ赤なリンゴを取り出した。
シャリ。
「うめぇ^^」
「…………。」
エドワードは呆然と見上げる。
「レディ!」
「降りてください!」
「危険です!」
「それに……。」
視線を逸らしながら叫ぶ。
「スカートです!」
「見えてしまいます!」
拓海はリンゴをかじる手を止めた。
じーーーーっ。
枝の上から、エドワードを見下ろす。
「……。」
「……。」
数秒の沈黙。
やがて拓海は、ニヤリと笑った。
「お前。」
「スケベ外人だな^^」
「…………え?」
人生で初めての呼び名だった。
◆
「違います!」
エドワードは慌てて首を振る。
「私は見ていません!」
「見ないよう努力しています!」
「努力?」
「……。」
「つまり見たんだな^^」
「ち、違います!」
「難しい話だな。」
「難しくありません!」
「じゃあスケベ外人で。」
「その呼び方だけはやめてください!」
◆
拓海は枝から軽やかに飛び降りた。
「っと。」
ストン。
「危ない!」
思わず手を伸ばすエドワード。
しかし拓海は平然としている。
「大丈夫だって。」
「昔から木登り得意だし。」
「……。」
泥をパンパンとはたきながら笑う。
「そういや名前。」
「お前、何ていうんだ?」
エドワードは姿勢を正した。
「エドワード・ハミルトン。」
「英国ハミルトン伯爵家……」
「長ぇ。」
「……。」
「エドでいいか。」
「……もちろん。」
思わず頬が緩む。
”名前で呼んでもらえた”
それだけで十分だった。
「俺、佐伯拓海。」
「よろしくな、エド。」
その笑顔に、一瞬だけ見惚れる。
(やはり……。)
(美しい。)
「佐伯嬢。」
「朝食がまだでしたら、ぜひ――」
「いや。」
拓海はリンゴの芯を掲げた。
「もう食った^^」
「…………。」
「じゃ、またな!」
そう言って片手をひらひら振りながら歩き去っていく。
◆
【木陰】
しばらく石像のように立ち尽くしたエドワードの元へ、ジョージがやって来る。
「どうだった?」
「……。」
「名前は聞けた。」
「おお。」
「私の名前も覚えてくれた。」
「やるじゃない。」
「……スケベ外人として。」
数秒
静寂
そして。
「ぶはははははははは!!!!」
ジョージは腹を抱えて笑い転げた。
「ハミルトン!」
「初対面でそれは傑作だ!」
「ははははは!!」
エドワードは耳まで真っ赤にしながら、小さくため息をつく。
エドワード・ハミルトン、十八歳。
人生で初めて女性から「スケベ外人」と命名された瞬間であった。
もっとも……
本人はまだ知らない。
その呼び名が、この先もしばらく定着することになるという事実を。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




