ハミルトン伯爵が幸せになるまで:5
”おもしれえやつ”ってやつでしょうかね
『落身(再会)とは、一ヶ月間捜し求めた幻の淑女(拓海)が、朝のキャンパスでダボダボのパーカーにジャージ姿のまま電動キックボードを爆走させ、「どけぇぇぇ! 轢くぞぉぉぉ!」と叫びながら突っ込んできた瞬間、西欧の魔王の心臓へ二度目の絶対重力(恋)が叩き込まれる現象のことである』という話
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【学園都市・早朝】
~魔王、今日も捜索中。~
入学式から一ヶ月。
若き次期伯爵エドワード・ハミルトンは、講義の前後や昼休み、
空き時間のたびにキャンパスを歩いていた。
目的は一つ。
「あの東洋の令嬢」を見つけること。
「あの人、また歩いてる。」
「今日も探してるのかな。」
「一ヶ月だよ?」
学生たちは不思議そうに囁く。
本人はまるで気にしていない。
「……ジョージ。」
「はいはい。」
「佐伯拓海という学生を見かけなかったか。」
「見てない。」
「そうか。」
短い返事。
だが、その足は止まらない。
ジョージはコーヒーを飲みながら苦笑した。
「ねぇ、ハミルトン。」
「何だ。」
「君さ、それもう立派な恋だよ。」
「……。」
「否定しないんだ。」
「否定する理由がない。」
真顔で返され、ジョージは思わず吹き出した。
「いやぁ……あの冷血ハミルトンがねぇ。」
「人生って分からないもんだ。」
エドワードは小さく息をつく。
「彼女とは、一度しか会っていない。」
「それでも忘れられない。」
「会って、話をしたい。」
その言葉に、ジョージは肩をすくめる。
(完全に手遅れだ。)
◆
その時だった。
「どけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
静かな朝のキャンパスへ、場違いな絶叫が響き渡る。
「轢くぞぉぉぉぉぉ!!」
「ブレーキぃぃぃ!!」
エドワードとジョージが同時に振り向く。
一台の電動キックボードが、ものすごい勢いで坂道を駆け下りてきた。
「止まれぇぇぇぇ!!」
「止まんねぇぇぇぇ!!」
「誰かどいてぇぇぇぇ!!」
学生たちが一斉に道を開ける。
エドワードも咄嗟に身を引いた。
次の瞬間。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
ガシャァァァァン!!
キックボードが横滑りし、乗っていた少女ごと派手に転倒した。
「……!」
エドワードはすぐに駆け寄る。
「レディ、大丈夫ですか。」
膝をつき、静かに手を差し伸べる。
少女は数秒うずくまったあと、
「ってぇぇぇぇぇ……。」
と頭を押さえながら勢いよく立ち上がった。
「大丈夫ですか。」
「大丈夫なわけねぇだろ!」
「この馬鹿ちんがぁぁぁ!!」
思い切り叫びながら膝の泥をパンパンと払う。
その姿を見たエドワードは、固まった。
◆
そこにいたのは、
入学式で見た、あの儚げな令嬢ではなかった。
ダボダボのパーカー。
くたびれたジャージ。
突っかけサンダル。
髪は一本のゴムで適当に結ばれ、ところどころ跳ねている。
ヘルメットを脱ぐ姿すら豪快だった。
「ったく……。」
「朝っぱらから道の真ん中で突っ立ってんじゃねぇよ!」
「危ねぇだろ!」
完全に理不尽である。
ジョージは口を半開きにした。
「……え。」
「え?」
「同一人物?」
目の前の少女は、確かにあの日の東洋の令嬢だった。
顔立ちは同じ。
声も同じ。
けれど、纏う空気は百八十度違う。
飾らない。
取り繕わない。
思ったことを、そのまま口にする。
怒っているのに、どこか楽しそうで。
転んでも笑い飛ばす、その生命力。
エドワードは、目を離せなかった。
「……。」
拓海はようやく彼の存在に気付く。
「あ?」
「……ああ。」
「さっきは悪かったな。」
「俺も前見てなかった。」
それだけ言うと、屈託なく笑った。
「じゃ!」
「次はちゃんと止まれるよう練習するわ!^^」
そう言って再びキックボードへ飛び乗る。
「待ちなさい!」
ジョージが思わず叫ぶ。
「君、その乗り方絶対また転ぶから!」
「大丈夫だって!」
「たぶん!」
「たぶん!?」
「じゃあなー!」
朝日に向かって走り去る拓海。
その背中を、エドワードは静かに見送っていた。
◆
「……ハミルトン。」
「何だ。」
「大丈夫?」
「何がだ。」
「あの入学式のお嬢様、どこにもいなかったけど。」
しばらく沈黙が流れる。
やがてエドワードは、小さく笑った。
本当に、少しだけ。
「いや。」
「あの日より、今日の彼女の方が美しかった。」
ジョージは目を瞬かせる。
「え?」
「飾らない。」
「真っ直ぐだ。」
「困れば怒り、笑えば全力で笑う。」
「……あれが、佐伯拓海という人間なのだろう。」
胸の奥で、鼓動が一つ鳴る。
いや
一つではない。
入学式の日に始まった恋は、
今この瞬間、本当の意味で恋になった。
その横でジョージは深いため息をついた。
「……ハミルトン。」
「うん。」
「君、本当に手遅れだ。」
「そうかもしれない。」
若き伯爵は、どこか満ち足りた笑みを浮かべながら答えた。
こうして西欧の魔王は、同じ女性に二度恋をした。
一度目は、その美しさに。
二度目は、その生き方に。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




