小話9 「育児(出張)とは、館で大暴れする二歳児(ノア)を体力づくりと称して世界中へ連れ回した結果「悠馬にしか止められない狂犬」として育ててしまう、ハミルトン家らしい過保護な連鎖のことである」という話
悠馬の災難は大体拓海とエドワードのせい
【ハミルトンホール本館・執務室】
ノアが生まれて二年、
悠馬は七歳になり、地元の小学校へ通い始めていた。
双子も五歳となり、それぞれ学校生活を楽しんでいる。
菜摘はハミルトンホールの女主人として屋敷を切り盛りし、
財政管理まで任されるほどになっていた。
そんな穏やかな日々の中。
一人だけ、穏やかとは程遠い存在がいた。
エドワードとジェシカの息子…ノア(二歳)。
「うわあああーー!!」
「待ってください、ノア様!」
「そちらは壊してはいけませ…きゃあああ!!」
屋敷中を駆け回り、家具へ登り、使用人を振り切って大暴れ。
乳母も世話係も、もはや手に負えない。
だが、
悠馬がいる時だけは違った。
「ノア。」
「……!」
その一言だけでピタリと止まり、嬉しそうに悠馬へ駆け寄る。
まるで大型犬である。
しかし、その悠馬も昼間は学校。
放課後もエドワード自ら組んだ家庭教師の予定でびっしりだ。
結果、
ノアの暴走を止める者が、屋敷から消えた。
午後。
涙目の乳母と世話係が執務室へ飛び込んできた。
「伯爵様! もう限界です!」
「ノア様を抑えられません!」
「せめて男性の世話人を増やしてください!」
エドワードは紅茶を置き、静かに首を傾げた。
「……そんなにか?」
「そんなにです!!」
そこへ、ソファで資料を読んでいた拓海が顔を上げる。
「ん? ノアがどうした?」
「佐伯様!」
乳母は今にも泣きそうな顔で振り向いた。
「悠馬様がおられる時だけ、大人しいのです!」
「へぇ。」
拓海は笑う。
「悠馬に懐いてんだな。」
「問題は、それ以外です!」
「二歳とは思えない勢いで暴れます!」
拓海は豪快に笑った。
「元気じゃねぇか!」
「悠馬よりずっと元気だぞ、あいつ!」
「男の子なんて、そのくらいでいいんだよ!」
「……」
乳母たちは絶望した。
【プレイルーム】
「うぎゃあああーー!!」
「ほれっ!」
拓海がノアを高々と持ち上げる。
「飛ぶぞーー!」
ぐるん。
ぐるん。
「きゃあああーー!!」
「きゃははははは!!」
豪快に振り回されるたび、ノアは腹を抱えて笑う。
暴れるどころか、大喜びだった。
その様子を廊下から見ていたエドワードは、静かに腕を組む。
「……なるほど。」
「原因は運動不足か。」
拓海が振り返る。
「は?」
「体力が余っている。」
「だから暴れる。」
「……」
「タクミ。」
「次の出張から、ノアを連れて行け。」
拓海は固まった。
「…………は?」
「乳母も世話係も同行させる。」
「専用機だ。」
「問題ない。」
「いやいやいやいや!!」
拓海は全力で突っ込む。
「仕事だぞ!?」
「二歳児だぞ!?」
「構わん。」
エドワードは実に真面目な顔で答えた。
「どうせ将来見る世界だ。」
「早いか遅いかの違いだ。」
「違いしかねぇよ!!」
「それに。」
エドワードは笑う。
「ノアは、お前といると実に機嫌がいい^^」
「そういう問題じゃねぇぇぇぇぇ!!」
こうして。
ハミルトングループ世界統括議長・佐伯拓海は、世界各国への出張のたびに、
二歳児ノアをプライベートジェットへ乗せて地球規模で連れ回すという、
とんでもない育児係を兼任することになったのである。
【数年後 就学前夜】
「ノア。」
拓海は大きくなったノアの肩へ手を置いた。
「これからは学校だ。」
「俺と一緒にいる時間は減る。」
ノアは真っ直ぐ拓海を見上げる。
「うん。」
拓海はノアの眼をまっすぐに見つめ言い諭すように言った。
「でも、お前には悠馬がいる。」
「いいか。」
「悠馬の言うことは絶対だ。」
「絶対逆らうな。」
「あいつは頭もいい。」
「間違ったことは言わねぇ。」
「悠馬が『ダメ』と言ったらダメだ。」
ノアは力強く頷いた。
「はい!」
「ゆうまお兄ちゃんのいうこと、きく!」
その、あまりにも雑で豪快な教育方針が。
後にハミルトンホールで語り継がれる、
『ノアは悠馬にしか止められない』
という絶対神話の始まりだった。
【東館・放課後】
十歳になった悠馬は、学校から帰るなり家庭教師の課題と、
ノアの今日の武勇伝が書かれた報告書を受け取っていた。
「…………」
こめかみを押さえる。
そこへ元気いっぱいのノアが飛び込んでくる。
「ゆうまお兄ちゃん!」
「たくみお父ちゃんが『ゆうまのいうことは絶対』って言ってた!」
「今日なにして遊ぶ!?」
悠馬は深いため息をついた。
「……あのクソ親父。」
「また丸投げしたな……。」
「まずは庭を十周。」
「はい!!」
ノアは嬉しそうに飛び出していく。
その後ろ姿を見送りながら、家庭教師が苦笑した。
「若様。」
「お父様の教育というのは……。」
悠馬は遠い目をした。
「……否定はしません。」
こうして今日も。
ハミルトンホールでは、「悠馬お兄ちゃん絶対神話」が静かに更新されていくのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




