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小話7 「受難(セカンド)とは、世田谷で遊んでいた幼稚園児が、西欧の魔王(エドワード)の過保護な画策により、異国の館で「次世代」として英才教育と育児を同時に叩き込まれる現象のことである」という話

悠馬君の受難人生の始まり

【佐伯悠馬は胃が痛い:ハミルトンホール東館】

~五歳の絶望パケット~


「僕……お腹痛い……(´;ω;`)」


佐伯悠馬、五歳。


ついこの間まで、世田谷の公園で父さんと泥だらけになって遊び、

幼稚園から帰れば母さんのハンバーグを楽しみにしていた、ごく普通の男の子だった。


……だった。


ある日突然。


「しばらく外では遊べないぞ。」


父さんが珍しく真面目な顔でそう言った。


ある日突然。

見たこともない大きな黒い車に乗せられた。

そのまま飛行機へ。

気が付けば、日本語の通じない国へ来ていた。


ある日突然。

黒い服を着た大人たちがずらりと並ぶ、大きなお屋敷へ連れてこられた。


「お帰りなさいませ。」


何人もの大人が一斉に頭を下げる。


(……ぼく、何か悪いことしたのかな……。)


五歳の悠馬には、それくらいしか思いつかなかった。


そして

一番困ったことが起きる。


「悠馬。」


「父さん?」


「父さん、少しヨーロッパへ行ってくる。」


「……え?」


「すぐ帰る。」


笑顔で頭を撫でる父さん。


そのまま本当に出張へ行ってしまった。


「…………。」


「…………。」


「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?」


数日後。


「おはようございます、悠馬様。」


朝になると、専属家庭教師が東館へやって来る。


「今日も英語のお勉強から始めましょう。」


「……おはようございます。」


先生は優しかった。


怒鳴ることもない。

無理に覚えろとも言わない。


けれど

宿題だけは容赦しなかった。


「昨日の絵本は読めましたか?」


「……うん。」


「では今日は三ページ読みましょう。」


「そのあとアルファベットを書いてみましょう。」


「午後は数字のお勉強です。」


「夕食後はフランス語の絵本を読みましょう。」


「…………。」


(いっぱいある……。)


翌日には机の上へ英語のドリル。


数字のプリント

簡単な計算問題

英語の単語カード

そして絵本が積み上げられる。


「本日の宿題です。」


「……これ全部?」


「はい。」


「…………。」


(幼稚園でもこんなになかったよぉ……。)


夕方になると。


「悠馬君。」


図書室へエドワード叔父さんがやって来た。


「宿題は終わったかい?」


「……あとちょっと。」


「そうか。」


そう言って机へ置かれたのは、一冊の分厚い本だった。


「……これ、なあに?」


「経済学の本だ。」


「……ぼく読めない。」


「構わない。」


エドワードは穏やかに微笑んだ。


「分からなくていい。」


「毎日五分だけ開いてごらん。」


「読めるところだけでいい。」


「分からなければ『分からなかった』と言えばいい。」


「嘘だけはつかなくていい。」


悠馬は小声で答える。


「……うん。」


さらにエドワードは続ける。


「君はまだ五歳だ。」


「急ぐ必要はない。」


「毎日少しずつ積み重ねれば、それで十分だ。」


「……うん。」


(……優しいんだけど。)


(なんか宿題増えた……。)


しかし、

勉強が終われば休めるわけではない。


「悠馬ー!」


母さんの声が東館中に響く。


「双子のお着替えするから、ノアちゃんお願い!」


「あと妹たちがお兄ちゃん探してるー!」


「……はーい。」


右手でガラガラを振る。


足元では双子が、


「お兄ちゃーん!」


「遊ぼー!」


と元気いっぱい走り回る。


ようやく静かになったと思えば、


「悠馬様。」


家庭教師が微笑む。


「本日の復習を始めましょう。」


「……はい。」


英語

数字

絵本

フランス語


その横ではノアが泣き始める。


「うぎゃああああ!」


「お兄ちゃーん!」


「……(´;ω;`)」


(ぼく……。)


(いつ砂場で遊べるの……。)


東館の図書室。


みんなが寝静まったあと、一人窓の外を眺める。


遠くには、イギリスの夜景。


(……父さん。)


(早く帰ってきてよ……。)


(僕、父さんと公園で遊びたい……。)


小さな願いは、毎晩変わらなかった。


しかし

この時の幼い悠馬は、まだ知らない。


英語も

家庭教師も

エドワード叔父さんが少しずつ積み重ねる教育も

双子やノアに囲まれた賑やかな毎日も


それは「避難生活」ではなく、

ハミルトン家と佐伯家の次世代を担う長男としての人生の始まりだったということを。


そして数十年後。

誰よりも有能になった頃には、


「悠馬なら任せられる。」


その一言だけで仕事が次々と増え、


周囲から絶大な信頼を寄せられながらも、


本人だけは昔と変わらず、


「僕……お腹痛い……(´;ω;`)」


と胃薬を片手に呟いていることも。


その片鱗は、もう五歳のこの頃から、しっかりと始まっていたのである(笑)。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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