小話2 「就職(バグ)とは、安全のためハミルトンホールへ避難した男が、時差ボケで朝食を食べ終えた瞬間、なぜかヨーロッパ全域を統括する総代へ就任させられている理不尽な現象のことである」という話
保護(✕)
捕獲(〇)
【到着翌日:ハミルトンホール・朝】
~絶望の目覚まし~
「う〜〜〜……時差ぼけだなぁ……」
ロンドンの柔らかな朝日が差し込む東館。
豪華すぎるベッドの上で、拓海は頭をガシガシ掻きながら大きな欠伸を噛み殺した。
その時。
コンコン。
控えめなノックの後、昨日と同じ白髪の執事が静かに姿を現す。
「佐伯様。伯爵様が、朝食後に本館の書斎へお越しになるよう仰っております」
「えぇ……?」
拓海は布団へもう一度潜り込みかける。
「俺、まだ寝てたいんだけど……」
ぼやきながらも朝食を済ませ、紅茶を飲み干し、重い足取りで本館へ向かった。
……しかし。
その書斎の扉を開けた瞬間。
拓海の「一時避難生活」は、開始二十四時間で木っ端微塵に吹き飛ぶことになる。
【書斎】
~ 魔王の慈悲なき辞令~
重厚な執務机の向こうで書類に目を通していたエドワードは、拓海を見るなり顔を上げた。
「来たか。」
「おう。」
「では、本題に入ろう。」
そう言って、一枚の書類を差し出す。
「こちらが君の辞令だ。」
拓海は書類を受け取り、目を落とす。
数秒後。
「……。」
「…………。」
「………………は?」
エドワードは平然としていた。
「本日付で、ハミルトングループ・ヨーロッパ統括総代へ着任してもらう。」
拓海は固まった。
「……え?」
「早速だが、イタリア、ローマ、南フランスを回ってきてほしい。」
「帰還は二週間後だ。」
拓海の思考が止まる。
「…………。」
「…………仕事?」
「そうだ。」
エドワードが「当然」と言わんばかりに続ける。
「仕事だが?」
拓海は勢いよく机を叩いた。
「いやいやいやいや!!」
「俺、刑事だけど!?」
「確かにこっちへ来てる間は休職扱いだけどよ!?」
エドワードは万年筆を置き、静かに答えた。
「君は昨日付で警視庁へ退職届を提出している。」
「家族の安全を優先したい、という理由で正式に受理された。」
「……は?」
「……え?」
「…………はぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
「聞いてねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
エドワードは首を傾げた。
「伝えていなかったか。」
「そこじゃねぇ!!」
【十年越しの準備】
エドワードは何事もないように紅茶を一口飲んだ。
「君の席は、十年前から空けてある。」
拓海は固まる。
「……は?」
「ヨーロッパ統括総代。」
「君が来る日まで空席にしておいた。」
「勝手に空けんな!!」
「役員室も完成している。」
「専属秘書もいる。」
「役員報酬の口座も用意済みだ。」
「全部十年前からだ。」
「重い!!」
「怖ぇよ!!」
「何その十年越しの執念!!」
【逃げ道、なし】
エドワードは穏やかに微笑んだ。
「現地責任者も楽しみにしている。」
「『ついに総代が着任される』と。」
「今日は時差ぼけもある。」
「特別に休暇を一日与えよう。」
拓海は叫んだ。
「休暇を与えようじゃねぇよ!!」
「俺は避難しに来ただけだろ!!」
「なんでイギリス着いた翌日にヨーロッパ統括の責任者になってんだよ!!」
その時だった。
机の電話が鳴る。
エドワードが受話器を取る。
「ジョージだ。」
そのまま拓海へ受話器を差し出した。
「タクミ?」
聞こえてきたのは、笑いを堪えきれないジョージの声だった。
『あはははは!』
『ごめん、本当に止めたんだよ?』
『でも無理だった。』
「ジョージ!!」
『十年前から毎年予算にね。』
『"総代室維持費(タクミ用)"って項目があるんだ。』
『財務部も、もう誰も疑問に思ってない。』
『役員室も毎日掃除されてるし、秘書も待機してる。』
『みんな「総代はまだですか?」って十年間聞き続けてたんだよ^^』
「何その会社ぁぁぁぁぁ!!」
「お前も止めろよ!!」
『止めたって。』
『でもハミルトン様、十年間ずっと楽しそうだったから。』
エドワードは静かに立ち上がる。
「タクミ。」
「住む場所。」
「家族。」
「仕事。」
「収入。」
「すべて用意してある。」
「不足はないだろう?」
拓海は天井を仰いだ。
「ある。」
「大いにある。」
エドワードが首をかしげる。
「何がだ?」
拓海はエドワードを真っすぐ指差し、全力で叫んだ。
「自由が不足してんだよ!! バカちんが!!!!^^」
エドワードは最後まで、本気で何が問題なのか理解できなかった。
彼にとっては、これ以上ない「親友への保護」だったのである。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




