第五百七十四話 「荷造り(パケット)とは、異国への旅立ちではなく、世田谷のガサツで騒がしい日常をカバンへ詰め込み、そのままロンドンの魔王(エドワード)の元へ持ち込む現象のことである」という話
帰れないですけどね!
【世田谷署・静かな引き継ぎ】
~それぞれの役目~
警視庁と公安による一斉摘発によって、GL(General Logistics)の日本支部は壊滅した。
表向きの事件は、一応の「収束」を迎える。
だが─本尊は生きている。
家族の安全と、「普通の日常」を守るため。
拓海はエドワードへ一本だけ電話をかけた。
『家族を預かってくれ』
『構わない』
一拍。
『……ただし、お前も来い』
『俺は警察だ』
『なら、断る』
沈黙。
『……わかった』
それだけだった。
それだけで、十数年積み重ねてきた二人には十分だった。
その夜、
世田谷署裏手。
拓海はポケットから金属製の合鍵を取り出すと、龍平へ向かって軽く放り投げた。
龍平は慌てて受け止める。
「……佐伯さん?」
「龍。俺たちが留守の間、あの家頼む。」
龍平は手の中の鍵を見つめた。
「……本当に、行くんですね。」
「ああ。」
「悠馬が狙われてる。」
その一言で十分だった。
龍平も、もう全部知っている。
拓海は続けた。
「あと。」
「美咲ちゃん、あの家に連れてこい。」
「……僕の家ではなく?」
「当たり前だ。」
拓海は龍平の肩をバシバシ叩く。
「あっちの方が広い。」
「日当たりいい。」
「飯もうまい。」
「双子が暴れても平気。」
「お前も通いやすい。」
龍平は少しだけ笑う。
「理由が最後まで佐伯さんですね。」
「ガハハ!」
「防犯設備だって完璧だぞ!」
「それ今言うんですか。」
「思い出した。」
「遅いです。」
拓海は笑ったまま頷く。
「とにかく、美咲ちゃん一人にすんな。」
龍平は鍵を強く握った。
「……分かりました。」
「預かります。」
「組織は終わっていません。」
「日本は、僕が見ます。」
「頼んだぞ。」
拓海はニヤリと笑う。
「美咲ちゃんに言っとけ。」
「拓海のおじさん、イギリスで暴れてくるって。」
「言いません。」
「なんでだ。」
「事実じゃないからです。」
「えー。」
龍平は静かにため息をついた。
「向こうでも、あまり暴れないでください。」
「それはエド次第だな。」
「……でしょうね。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
【佐伯家・大パニックの荷造り】
~世田谷のガサツな日常~
翌日。
佐伯家3LDKは、事件の後とは思えないほど賑やかだった。
「拓海ぃぃぃ!!」
菜摘の叫び声が家中に響く。
「私のパスポートどこやったのよ!」
「双子のおやつ足りない!」
「もう、おもらししてるぅぅ!!」
「ガハハ!」
「待て待て菜摘!」
「俺の『勝負マヨネーズ』がどこ探してもねぇんだよ!」
「マヨネーズなんてイギリスで買いなさいよバカ!!!」
「ダメだ!」
「あれじゃないと勝てねぇ!」
「何に勝つのよ!」
拓海は真顔で答えた。
「エド。」
「マヨネーズで伯爵に勝てるかぁぁぁ!!!」
「……無理か。」
「無理よ!!!」
その横では
悠馬が真剣な顔でリュックへ荷物を詰めていた。
「父さん。」
「ん?」
「これ全部持ってく。」
「おう!」
「男の荷物だな!」
菜摘が中を覗き込む。
「……。」
「何入ってるの?」
悠馬は一つずつ取り出した。
「ウルトラマン。」
「恐竜図鑑。」
「この石。」
「折れた枝。」
「どんぐり。」
「……。」
菜摘は笑顔のまま言う。
「服は?」
悠馬。
「……。」
「靴下は?」
「……。」
「パンツは?」
「……。」
「全部出しなさい。」
「えぇぇぇぇ!」
拓海。
「石はいる。」
「いらない!!!」
「男には石が必要なんだ。」
「何に!!!」
「……何かに。」
「何かじゃ分からないのよ!!!」
悠馬は石を抱えたまま拓海を見る。
「父さん?」
「一個だけにしとけ。」
「やった!」
「やっぱダメぇぇぇ!!!」
「「うぎゃあああああん!!!」」
双子も負けじと大合唱。
拓海は片方を抱き上げる。
「よーし。」
「父さんだぞー。」
「飛行機だぞー。」
菜摘。
「拓海!」
「今は飛行機じゃなくてパンツ!!」
「お、おう!」
「だから双子抱っこしてて!」
「了解!」
拓海は敬礼した。
「現場の捜査能力が試されるな!」
「捜査じゃなくて子育てよ!!!」
【羽田空港・搭乗ゲート】
~ハミルトンの過保護な翼~
数時間後。
どうにかこうにか羽田空港へ到着した佐伯一家。
だが。
拓海は足を止めた。
「……龍。」
「はい。」
「あれ。」
龍平は当然のように答えた。
「ハミルトン家の専用機です。」
「…………。」
「専用?」
「はい。」
「俺たち?」
「はい。」
「普通の飛行機じゃねぇの?」
「違います。」
拓海は頭を抱えた。
「アイツ……。」
「また余計なことしやがって……。」
そこへ龍平が一枚の封筒を差し出す。
「ハミルトン卿からです。」
「ん?」
拓海が開く。
中には一枚だけ。
『着替えは全て用意してある。不要な荷物は置いてこい。』
拓海。
「はぁ?」
裏返す。
『なお、勝負マヨネーズは機内へ積載済みである。』
「…………。」
菜摘が覗き込む。
「何?」
拓海はゆっくり紙を見せた。
菜摘。
「……。」
「なんで知ってるのよ。」
「俺が聞きてぇ。」
「怖いわよあの人!!!」
拓海は大きくため息をついた。
「世界一面倒くさくて。」
「世界一過保護なバカだからなぁ。」
龍平は思わず吹き出す。
「否定できません。」
拓海は笑いながら荷物を担いだ。
「じゃ、行ってくる。」
龍平は静かに頭を下げる。
「……行ってらっしゃい。」
「日本は任せてください。」
拓海は片手を上げた。
「おう!」
「帰ってきたら、美味ぇラーメン奢れよ!」
「……考えておきます。」
「ケチ。」
「佐伯さん。」
「ん?」
「無事で。」
拓海は笑った。
「ああ。」
「帰ってくる。」
その一言だけ残して、佐伯一家はタラップを上がっていった。
家族を守るための、一時避難。
そして―……イギリスで待つ、世界一面倒くさい親友の元へ。
静かにエンジン音が高まり、専用機は夏空へ向かって飛び立っていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




