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第五百六十九話 「勘違い(認知バイアス)とは、世界を読む者が少女一人を救うためだけに走る男を最後まで理解できず、自ら戦略を変える現象のことである」という話

頭いい人ほど深読みするもんね

【第一幕:静かな波紋と、噛み合ってしまった四つの歯車】


世田谷

夏の陽射しは穏やかだった。


住宅街を吹き抜ける風も、子どもたちの笑い声も、いつもと何一つ変わらない。


変わったのは、一人だけだった。


佐伯拓海。


「……今日はこっちから行くか」


悠馬の小さな手を握りながら、いつもとは違う路地へ入る。


昨日とは逆

一昨日とも違う


交差点

歩道橋

コンビニ

公園


幼稚園へ向かう道順は、毎日少しずつ変わっていた。


誰にも気付かれない程度に。

だが、確実に。


悠馬は首を傾げる。


「お父さん、今日も違う道?」


「んー?たまには冒険だ。」


「ぼうけん!」


嬉しそうに笑う。

その笑顔を見ながら、拓海は周囲へ自然に視線を流した。


停車した白いワゴン

新聞を読んでいる男

歩道の向こう

視線

違和感。


”いる”


だが、近付いてこない。

昨日と同じだ。


こちらが動けば向こうも動く。

止まれば止まる。


完全な監視。

襲撃ではない。


「……。」


何も言わない。

言えば悠馬が不安になる。


だから笑う。

いつも通り。

何事もない父親を演じ続けた。


その頃、世田谷署。

機密捜査室。


照明だけが白く光る部屋で、松本龍平はキーボードを叩き続けていた。

机の上には飲み終えた缶コーヒーが何本も転がっている。


睡眠時間。

二時間。


それでも止まらない。


Nシステム。

防犯カメラ。

ETC履歴。

携帯基地局。


車両ナンバー。

数百万件を超えるログが、次々と画面を流れていく。


「……見つけた。」


龍平の指が止まる。


「やっぱりだ。」


同じ車

同じ人物

だが現れる場所には共通点があった。


幼稚園

拓海の勤務先


通勤経路。


そして……


「……自宅周辺には、現れない。」


龍平は眉を寄せた。


偶然ではない。

避けている。

意図的に。


「家を避けている……?」


そこへ公安から一件のデータが届く。


General Logistics

日本法人

物流会社

輸出入

人材派遣

倉庫業

一見、何の変哲もない企業群


しかし、その裏側では。


資金

人員

物流


すべてが一つの巨大な網で繋がっていた。


龍平は息を吐く。


「……公安。」


「ハミルトン。」


「佐伯さん。」


そして自分。

本来なら交わることのない四つの線が、一人の刑事を中心に少しずつ一本へ収束していく。


その歯車は、まだ誰も止められなかった。


ハミルトン日本支社。

ジョージは報告書へ静かに目を落としていた。


「……やっぱり。」


護衛担当からの報告。

佐伯家周辺

異常なし。


一方

幼稚園

監視あり。


生活圏

監視あり。


ジョージは小さく笑う。


「なるほど。」


「こっちの連中も分かってる。」


「屋敷の警戒線だけは越えない。」


ハミルトン家の監視網。


それを敵も理解している。


だからこそ

家族が家にいる限り、大きく動けない。


狙うなら外。


生活圏

通勤

送り迎え


そこだけだった。


「……佐伯君。」


「気付いたね。」


その頃にはもう、拓海も同じ結論へ辿り着いていた。


だが

この静かな攻防こそが

遠くヨーロッパで、一人の男の計画を少しずつ狂わせ始めていた。


【第二幕:管理者ヴィクターの誤算】


窓のない部屋。

時刻すら意味を持たない空間。


壁一面を埋め尽くすモニターには、世界各地の数字だけが淡々と流れ続けていた。


売上

物流

送金

在庫

人員

通信

その全てが、一人の男の前へ集約されていく。


ヴィクター。


General Logistics。


管理者。


彼は感情で判断しない。

数字だけを信じる。

利益だけを見る。

損失を切り捨てる。


それだけだった。


その彼が、

今日初めて一枚の報告書を二度見した。


「……。」


沈黙。


日本

主要拠点

家宅捜索


一件

二件

四件

七件


公安による同時摘発。

資産凍結。

ペーパーカンパニー閉鎖。

海外送金停止。


数字が次々と赤へ染まっていく。


ヴィクターは静かに椅子へ背を預けた。


「……ここまで来るとは。」


感情はない。


だが、これは想定していた損害を超えている。


本来の第一段階は

日本支部へ警察を引き付ける。

その間に本体の中核データと主要資産を撤収。

日本側には一定の損害が出る。

しかし、数年で再建可能。

それが計画だった。


だが

今、崩れている。


「……想定以上だ。」


彼は画面を閉じなかった。


もう一枚。

新たな報告が届く。


【公安】


【ハミルトン】


【警視庁】


【佐伯拓海】


ヴィクターの視線が止まる。


「……。」


四つ。

本来なら決して同時には動かないはずの四勢力。


それが一人の刑事を中心に噛み合っている。


偶然。

そう片付けるには、損害が大きすぎた。


ヴィクターは静かに目を閉じる。


そして。

初めてその名を口にした。


「……佐伯拓海。」


彼は知らない。


その男が世界を救おうなど、一度も思ったことがないことを。


ただ一人、

泣いていた少女を助けたかっただけだということを。


だからこそ

ヴィクターは一つの結論へ辿り着く。


「……偶然ではない。」


「ここまで繋がった以上。」


「彼は——。」


ゆっくりと目を開く。


「本体を狙っている。」


その認識こそが、

管理者ヴィクター最大の勘違いであることを、この時まだ誰も知らなかった。



ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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