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第五百六十三話 「異常値(ノイズ)とは、観測データの数値が跳ね上がることではなくあの大型犬が「絶対に踏み込まないはずの境界線」を自ら越え世界の中心が絶対零度の沈黙に陥る現象のことである」という話

っぶねーーー!一話ぬかすとこだったわ

【日本・世田谷署】


美咲の証言は断片的だった。


場所

匂い

聞こえた外国語

配送車の色

傷のある男

どれも決定打にはならない


それでも龍平は、一つ一つを二十年前の資料へ重ね続けていた。


公安も動き始めた。

海外法人への照会。

資金の流れ。

既に消えた会社の登記。


警察は、ようやく事件の入口へ立った。


だが

拓海だけは、妙な違和感を拭えなかった。


「……まだいる」


ぽつり、と呟く。

龍平が顔を上げた。


「何がだ」


「被害者」


「根拠は」


「ねぇ」


拓海は苦笑した。


「でも、そんな気がする」


龍平はため息をつく。


「勘か」


「勘だ」


即答だった。


「けど、今まで外れたこともそんなにねぇ」


龍平は何も返さない。

返せなかった。

拓海の勘が、何度も事件を動かしてきたことを知っていたからだ。


その夜

署内には人影も少なくなっていた。


拓海は一人、窓際へ立つ。

胸ポケットから古びた携帯を取り出した。


しばらく画面を見つめる。


発信履歴。

最後にこの番号へ電話したのは、いつだったか。


苦笑する。


「……怒るだろうなぁ」


そう呟きながら、通話ボタンを押した。


【日本・ハミルトングループ東京支社】


深夜。

オフィスには、まだ一部の照明だけが残っていた。


ジョージは机へ積まれた資料をめくりながら、コーヒーを口へ運ぶ。


その時。


専用端末が短く鳴った。

表示された名前を見て、手が止まる。


佐伯拓海。


「……タクミ?」


珍しい…

彼から連絡が来ることなど、ほとんどない。


ジョージはすぐに通話へ出た。


「こんばんは、タクミ。」


『……悪い。起きてたか。』


「君から電話とは珍しいね。」


軽く笑う。


しかし

返ってきた声は、いつもの拓海ではなかった。


『頼みがある。』


その一言で、ジョージの表情が変わる。


「……何を調べればいい?」


『General Logistics。』


沈黙。


ジョージは静かに息を吐いた。


「警察案件だね。」


『ああ。』


「君は今まで、一度も警察の事件へ我々を巻き込まなかった。」


『そうだな。』


「それでも電話をした。」


『……ああ。』


ジョージは椅子へ深く腰掛ける。


「つまり。」


静かに言う。


「そこまで追い詰められた。」


返事はない。


だが、それで十分だった。


ジョージは受話器を置くと、すぐに別の専用回線を操作した。


呼び出し音は一度だけ。


『ジョージ。』


ロンドン。


エドワードだった。


「やあ、ハミルトン。」


『どうした。』


「タクミから連絡がきたよ。」


短い沈黙。


『……内容は。』


「調査依頼だね。」


『企業名。』


「General Logistics。」


再び静寂。


『……佐伯が、自分からか。』


「うん。」


ジョージは静かに続けた。


「ハミルトン様。」


『言え。』


「タクミ、自分で気付いてないけどさ。今までで一番危ないとこ歩いてるよ。」


数秒。


受話器の向こうで椅子が引かれる音がした。


『情報部を動かせ。』


「了解。」


『公開情報、企業登記、金融記録、物流網……合法的に取得できるものは全て洗い出せ。』


「わかった。」


『日本警察が利用できる形に整理しろ。』


「了解。」


ジョージは小さく笑う。


「全部だね。」


エドワードは迷いなく答えた。


『ああ。――全部だ。』


その瞬間。


ロンドン・ハミルトンホール情報部。

そして、日本支社情報室。

二つの拠点を結ぶ情報網が静かに起動した。


誰も銃は取らない。

誰も国境を越えない。


だが世界中へ張り巡らされたハミルトンの情報網だけが、一斉に動き始める。


それは

佐伯拓海という男が、生まれて初めて、自らハミルトンへ助けを求めた瞬間だった。。


**************


数時間前、

拓海が病室を出る。


ドアが静かに閉まる。


美咲は天井を見つめたまま、小さく笑った。


「……また」


涙が一筋、頬を伝う。


「また、一人……増えちゃった」


自分を助けようとしてくれた人。

その数だけ誰かが消えていった。


「お願い……」


震える声。


「今度だけは……」


「お願い……」


「生きていて……」


返事はない。

閉じられたドアの向こうには、静かな廊下が続いている。


誰もいないはずのその先を、美咲はしばらく見つめていた。

やがて力尽きたように瞼を閉じる。


月明かりだけが、眠りについた少女の横顔を静かに照らしていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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