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第五百六十一話 「弱点(アンカー)とは、強者を倒すための急所ではなく、どこまでも進む怪物を人間の側へ繋ぎ止める、唯一の重力のことである」という話

本編完結までは何とか書き終わった!

【General Logistics・機密管理区画】

~爆発を抑え込む重力アンカーの探索~


巨大な機密管理区画。

壁一面のモニターには、日本警察の組織図、世田谷署の勤務体制、

そして一人の刑事の行動履歴が無機質に並んでいた。


【佐伯拓海】


ヴィクターは、その名前を静かに見つめる。

やがて、感情を一切含まない音声コードが空間へ響いた。


「佐伯拓海の行動を制限する要素を抽出しろ」


部下は即座にデータベースを検索する。


「警察内部の規律」


「上司からの命令」


「懲戒規定」


「社会的信用」


「昇進」


「金銭」


「生命の危険」


「家宅捜索権限」


「通常の法執行官であれば、このいずれかで行動を制御できます」


ヴィクターは静かに首を振った。


「効かない」


部下が目を上げる。


ヴィクターは拓海の報告書を開いた。

現場判断による命令系統からの逸脱。

応援到着前の単独行動。

被疑者確保より被害者保護を優先した複数の記録。

自身の負傷後も救助を継続。


どれも英雄的とは書かれていない。

ただ、淡々と事実だけが記録されている。


しかし、

ヴィクターには、それで十分だった。


「この男は」


静かな声が落ちる。


「自分自身を判断材料にしていない」


部下は黙る。


「評価も」


「職も」


「生命も」


「優先順位が低い」


「だから規律では止められない」


部下は小さく眉を寄せた。


「……ならば、何が彼を止めるのでしょう」


ヴィクターの指が、一枚のページで止まる。


家族構成

妻・菜摘

長男・悠馬

長女・凛

次女・蘭


灰色の瞳が、僅かに細められた。


「そうか」


部下は待つ。


「彼は自分を守らない」


一拍。


「だが、自分以外を守る」


部下は理解した。


「では」


冷たい声が返る。


「家族を排除しますか」


空気が止まる。

ヴィクターはゆっくりと顔を上げた。


「愚か者」


短い一言だった。


「死者は、人間を止めない」


部下は黙る。


「失うものを全て失った人間は」


「時として、最も制御できない存在になる」


ヴィクターは拓海のファイルを閉じた。


乾いた音が響く。


「命令を変更する」


「接触は禁止」


「監視のみ」


「生活圏」


「移動経路」


「勤務」


「家族」


「彼が何によって日常へ繋ぎ止められているのか」


「それだけを調べろ」


「はい」


部下は命令を書き留める。

しかし、一つだけ疑問が残っていた。


「失礼ですが」


ヴィクターは答えない。


「今回、美咲を発見したのは松本刑事です」


「企業構造を解析したのはジョージ・ラングレー」


「ハミルトンが動いたのも、その後です」


「佐伯拓海本人が行ったことは、現場で被害者を救出したことだけではありませんか」


沈黙。


ヴィクターは静かに部下を見た。


「それで十分だ」


部下は息を止める。


「彼が一人を助けた」


「その結果」


「松本は証言を得た」


「ラングレーは確信を得た」


「ハミルトンは動く理由を得た」


ヴィクターは淡々と言葉を並べた。


「本人に意図があったかどうかは問題ではない」


「彼が動けば」


「周囲の人間が動く」


「一人を助けるという、ただそれだけの行動が」


「結果として我々の構造へ亀裂を生む」


灰色の瞳が、再びファイルへ落ちる。


【佐伯拓海】


ヴィクターは静かに結論づけた。


「危険なのは能力ではない」


「存在だ」


【世田谷・佐伯家】


同じ頃、

世田谷の夕暮れ。


ガチャリ。


古い玄関扉が開く。


「ただいまー!」


拓海の間延びした声が響く。


「マヨネーズ切れてねぇかー?」


廊下を小さな足音が駆ける。


「父さん!」


悠馬が勢いよく飛びついた。


「おー、悠馬!」


拓海は笑いながら抱き上げ、高い高いをする。


「今日も元気だなぁ!」


キッチンから菜摘が顔を出す。


「静かにして! 双子がやっと寝たんだから!」


「悪い悪い!」


拓海は頭をかきながら笑う。


「松本の奴が今日も真面目すぎてさぁ」


菜摘は呆れながら皿を並べる。


「手ぇ洗って。ご飯できてるから」


「はいはい」


拓海は悠馬の頭を乱暴に撫でた。


事件のことなど、もう考えていない。


龍平の妹が捕まっていた。

助けた。

それだけだ。


巨大な犯罪組織も。

国際企業も。

自分が何に傷を付けたのかも。


知る由はない。


温かな夕飯の匂いの中へ歩いていく、その背中を

遠く離れた機密管理区画では、一人の管理者だけが静かに見つめていた。


佐伯拓海は、まだ知らない。

自分が守ろうとしているこの何気ない日常こそが、

敵にとって、自分という人間を理解するための、唯一の設計図になりつつあることを。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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