第五十二話 「公開授業は、公開処刑に転化する」という話
これをきっかけに拓海がラグビークラブに入ったとかなんとか。
五月中旬。公開授業当日。
普段は外界を拒む学園の門が、この日だけは静かに開かれている。
正装した大人たちが、校内をゆっくりと歩く。
足音は抑えられているが、その視線は鋭い。
見られている。
ただそれだけのことで、空気はわずかに張り詰める。
(……落ち着かねぇ)
拓海は、廊下の端を歩きながら、胃のあたりを押さえた。
(サファリパークの中にいる気分だな。……しかも獲物側)
そのとき。
「――止まりたまえ!」
鋭い声が廊下に響いた。
「その手に持っている不穏な書物はなんだね!」
「……っ! 離してください!」
続く声。
「これは……これは人類の……サエキの進化の記録なんですッ!!」
(……あー、、、)
拓海は、顔を覆った。
視線の先。
ジョージが、数人の保護者に囲まれかけている。
その腕に抱えられているのは―
【サエキ事変:全記録】
(……詰んだ)
「……タクミ」
隣で、エドワードが静かに言う。
その目は、すでに切り替わっていた。
「事象が発生した」
「見りゃ分かる」
「……あのノートが外部に渡れば」
一拍。
「お前の『普通』は崩壊する」
「だろうな」
「……迎撃だ」
「言われなくても行くわ!!」
「ジョージ!! 止まれぇぇ!!」
拓海が走る。
ジョージが振り返る。
その顔は、完全に“覚悟を決めた者”だった。
「……来ないでください、タクミ!!」
ノートを抱え直す。
「これは未来の教科書です!!」
「やめろ!!」
「後世の留学生が――」
「勝手に歴史にすんな!!」
ジョージは逃げた。
廊下を、一直線に。
まるでボールを死守するラグビー選手のように。
優雅に見学していた保護者たちが、少しだけ首を傾げる。
「……おや?」
「伝統行事か何かかな?」
「持久走の一種かもしれないな」
(違う!!)
そのとき。
「―皆様」
静かな声が、空気を変えた。
エドワードだった。
廊下の中央に、自然に立つ。
その姿勢、その視線。
説明のいらない“格”。
「……少々よろしいでしょうか」
追っていた大人たちの足が、止まる。
反射だった。
「私がご案内いたします」
エドワードは、穏やかに続ける。
「この学園の構造的優位性について」
一拍。
「ご興味があれば、……18世紀の蔵書が保管されている区画がございます」
「……ほう」
「それは興味深い」
「ぜひ案内してくれたまえ」
流れが、変わる。
視線がエドワードに集まり、
大人たちがゆっくりと方向を変える。
完全な誘導だった。
その隙に。
「……捕まえた」
角を曲がった先。
拓海が、ジョージに飛びついた。
「……ぐはっ!!」
倒れる。
ノートが揺れる。
「……タクミ……横暴だ……!」
「没収だ!!」
「表現の自由を――」
「知らねぇ!!」
ひったくってノートを開く。
パラパラとめくる。
「……何だこれ」
『五月某日:サエキ、寝癖の角度が15度アップデートされる』
「……殺す」
さらにめくる。
『視線回避頻度、増加傾向』
「殺す」
『これは対抗意識の――』
「今すぐ燃やす」
数分後。
エドワードが戻ってくる。
何事もなかったような顔で。
「……タクミ」
「何だ」
「回収は完了したか」
「した」
「被害は」
「ギリギリだ」
一拍。
「首の皮一枚だ」
「十分だ」
ジョージが、壁にもたれていた。
明らかに落ち込んでいる。
「……ハミルトン様……」
弱々しく言う。
「僕たちの情熱が……」
エドワードは、静かにノートに手を置いた。
「……ジョージ」
「……はい」
「この記録は」
一拍。
「価値がある」
「……!」
顔が上がる。
「だが」
一拍。
「外部公開は許可しない」
「……え」
「ハミルトンの検閲を通せ」
「……承知しました」
珍しく素直だった。
「……タクミ」
エドが言う。
「それは保管しろ」
「どこに」
「お前の部屋だ」
「いや、やめろ」
「高強度金庫を設置する」
「やめろ!!」
窓の外では、春の光が静かに降りている。
穏やかで、何も起きていないような一日。
しかし、拓海の手の中のノートは、妙に重かった。
(……絶対ロクなことにならねぇ)
未来の気配がする。
「……なぁ、エド」
「何だ」
「これ」
一拍。
「公開授業じゃなくて、公開処刑だろ」
「……否定はしない」
エドワードは静かに答えた。
「だが」
ほんのわずかに間を置く。
「お前の逃走速度は評価する」
「いらねぇよ!!」
(……絶対、ロクなことにならねぇ)
その予感だけが、妙に確かだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




