第五十一話 「試験という制度は、静かに人を測る」という話
試験かぁ…遠い昔だなぁ…
五月初旬。
学園の空気が、わずかに沈んでいた。
廊下の足音は速く、
談話室の声は低い。
笑い声すら、どこか控えめだ。
試験期間だった。
(……来たな)
拓海は、自分の教室の席に着きながら、小さく息を吐いた。
問題用紙はまだ裏返し。
ペンだけが、静かに机の上に置かれている。
特別に苦手なわけではない。
だが、得意とも言い切れない。
(……まぁ、やるしかねぇか)
遠くで鐘が鳴る。
紙をめくる音が、一斉に重なった。
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教室は、静かだった。
ペンの音だけが、規則正しく響いている。
拓海は問題を追い、ゆっくりと書き進める。
解ける。
でも、簡単ではない。
止まり、考え、また書く。
(……こんなもんか)
ふと、頭の隅に浮かぶ。
(……エドは、もう終わってんだろうな)
別の棟。
別の教室。
別のレベル。
姿は見えないが、様子は想像できた。
迷いなく、淡々と解き続ける姿。
(……まぁ、あいつはあいつだ)
思考を戻す。
目の前の問題に集中する。
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一科目目が終わる。
外に出ると、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
誰かが大きく息を吐く。
誰かが肩を回す。
拓海も、小さく伸びをした。
「……疲れた」
呟いたところで。
「……タクミ」
後ろから声がして振り向く。
エドワードが、いつもの表情で立っていた。
「……終わったのか」
「まぁなー」
「どうだ」
「普通?」
「そうか」
一拍。
「お前は?」
「問題ない」
「だろうなー」
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数日間。
試験は続いた。
毎日、同じようで、少しずつ違う緊張が積み重なる。
朝、席に着く。
紙をめくる。
考える。
書く。
その繰り返し。
終われば、外で少しだけ息を抜く。
そしてまた、次の日。
「……タクミ」
ある日の帰り道。
エドワードが言う。
「疲れているな」
「まぁな」
隠す気もなく答える。
「お前はどうよ?」
「問題ない」
「そればっかだな」
「事実だ」
一拍。
「でもさ」
拓海は続ける。
「少しは疲れろよ」
「非効率だ」
「人間なんだからよ」
「そうか」
ほんのわずかに間があった。
「……ならば」
エドワードが言う。
「少しだけ、休む」
「少しだけかよ」
「必要最低限だ」
「もう、それでいいよ」
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最終日。
最後の試験が終わる。
合図と同時に、教室の空気が一気にほどけた。
椅子が動く音。
ため息。
小さな笑い。
拓海は、ゆっくりと席を立った。
外に出る。
春の風が、少しだけ軽く感じられた。
(……ふぅ、終わったな)
そのとき。
「……タクミ」
振り向く。
エドワードが歩いてくる。
「終わったな」
「ああ」
拓海は頷く。
「で、どうだった」
エドワードは、迷いなく答えた。
「問題ない」
「だろうな」
一拍。
「問題なのは俺の方だよ」
エドは、少しだけ視線を向けた。
「……問題ない」
「見てねぇだろ」
「見ていない」
「じゃあ何で分かる」
一瞬だけ、間。
「……過程だ」
「は?」
「試験中の挙動」
「見てねぇって言っただろ」
「見ていなくても分かる」
「何でだよ」
エドは短く答えた。
「お前は、通る」
その言葉は、あまりにもあっさりしていた。
でも、妙に残る。
「……何だそれ」
拓海は、苦笑する。
「またそれか」
「事実だ」
「便利だな」
「そうだな」
しばらく、並んで歩く。
沈黙はあったが、重くはなかった。
「……なぁ」
拓海が言う。
「これで終わりか?」
「試験はな」
「次は?」
一拍。
「公開授業だ」
「また見られるのかよ」
「そうだ」
「面倒だな」
「必要だ」
「だろうな」
寮が見えてくる。
日常が、少しずつ戻ってくる。
「……まぁ」
拓海は、小さく息を吐いた。
「とりあえず終わったな」
「ああ」
エドが頷く。
その声は、どこか静かだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




