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第五百四十九話 「家族(デバイス)とは、失われた母親の足跡(データ)を追う手順ではなく、相棒の何気ない問い掛けが、過去ではなく現在にも家族が残されている可能性を逆探知する現象のことである」という話

ぐぬぬ・・・

夜が明けるには、まだ少し早かった。

合同捜査本部の窓の外には、夜の色が濃く残っている。


窓に映るのは、等間隔に並んだ蛍光灯と、机の上へ積み重ねられた大量の資料。

そして、眠気も疲労もとうに通り越し、ただ目の前の文字だけを追い続けている刑事たちの姿だった。


コピー機が低く唸る。

誰かが紙をめくる。

遠くの机で、冷めたコーヒーを啜る音がする。


その程度の音しかない。


未明の捜査本部は、妙に静かだった。


その静けさの真ん中で、

松本龍平は、一枚の書類を見つめたまま動かなかった。


名前を確認した。

生年月日を確認した。

渡航記録と照らし合わせた。


婚姻時に使われた名も、その後の居住地も、龍平がこれまで集めてきた情報と一致している。


死亡年月日。

死因。

死亡地。

現地医療機関の記録。


どこを見ても、間違いではなかった。


何度読み返しても

そこに並んだ文字が、別の意味に変わることはなかった。


龍平は眼鏡を外した。

目頭を押さえ、長く息を吐く。


視界が滲んでいるのは、長時間モニターを見続けたせいだ。

そう思うことにした。


少なくとも、今は。


もう一度眼鏡をかける。

紙面へ目を落とす。


やはり、そこに書かれている事実は変わらなかった。


「……死んでいました」


声にした瞬間、

自分の言葉なのに、ひどく遠くから聞こえた。


近くにいた刑事が、書類から顔を上げる。

別の机にいた者も、ゆっくりこちらを振り返った。


龍平は誰とも目を合わせなかった。


ただ、書類を見たまま続ける。


「十年程前です」


喉が、ひどく乾いていた。


「海外で……病死していました」


それだけ言うと

龍平は静かに書類を閉じた。


パタン。


薄い紙の束が閉じただけの、軽い音だった。


けれど、その場にいた誰もが。

何か重いものが、完全に落ちた音のように感じた。


誰も言葉を発しなかった。


慰めるべきなのか。

労うべきなのか。

それとも、事件の一区切りとして事務的に扱うべきなのか。


誰にも分からなかった。


龍平自身にすら、分かっていなかった。


悲しいのか。

悔しいのか。

安心したのか。


それとも……

もっと早く知りたかったのか。


二十年。


母親がいなくなってから、二十年。


そして、この事件を追い始めてから二年。

ずっと、その背中を追い続けてきた。


龍平を置き去りにした女。

別の男を選んだ女。

一度として戻らず、連絡も寄越さなかった女。


最低の母親だと自分の中で、何度も切り捨てた。


憎んでいた。

恨んでいた。

どこかで生きているのなら、自分の手で見つけ出してやろうと思っていた。


見つけて

目の前に立たせて


何故、自分を捨てたのか。

何故、一度も戻ってこなかったのか。


理路整然と問い詰めて

どんな答えであろうと聞き届けた上で

今度こそ、自分の意思で見限ってやろうと思っていた。


そうすることで。

六歳の自分を、ようやく置いていけるような気がしていた。


だが。


その相手は

龍平が警察官になるよりも前に、

この事件を追い始めるよりも前に、


もう、この世からいなくなっていた。


何も知らず。

何も答えを得られないまま。


龍平だけが

存在しない相手の背中を、何年も追い続けていた。


「……馬鹿みたいですね」


ぽつりと落ちた声に、返事はなかった。


龍平は唇の端を僅かに持ち上げた。


笑ったつもりだった。


だが、恐らく

誰の目にも、笑っているようには見えなかった。


「俺は一体、何を追っていたんでしょう」


母親を追っていた。


それは分かっている。


だが

その母親は、最初からどこにもいなかった。


龍平が追っていたのは、過去の記録だった。


残された移動履歴。

書き換えられた名義。


古い写真。

僅かな証言。

誰かが意図的に残した情報。

誰かが、見せようとした痕跡。


その一つ一つを拾い上げ

その先に母親がいると信じて、


ここまで来た。


そして最後に残されていたのが…

十年以上前の死亡記録だった。


まるで

最初から、ここを終着点として用意されていたかのように。


「松本」


隣から声がした。


龍平は顔を上げなかった。

声の主が誰なのか、確認する必要もなかった。


「……何ですか」


拓海は何も言わず、机の上へ缶コーヒーを置いた。


龍平が普段飲んでいるものだった。


いつ買ってきたのかは分からない。

恐らく、龍平が資料へかじりついている間に、自販機へ行ったのだろう。


「いりません」


「そうか」


拓海は無理に勧めなかった。

だからといって持ち帰ることもせず、缶はそのまま龍平の手元へ置かれた。


しばらく。


二人とも何も言わなかった。

拓海は隣の机へ腰を預け、腕を組んでいる。


いつもなら落ち着きなく資料へ手を伸ばし、何か気になればすぐ口にする男だった。


けれど今は。

龍平が言葉を探す時間を、黙って待っていた。


それが、余計に腹立たしかった。


「何か言わないんですか」


「何をだよ」


「母親が死んでいて残念だったな、とか」


拓海は眉を寄せた。


「言ってほしいのか」


「まさか」


「じゃあ、言わねえ」


即答だった。


龍平は俯いたまま、僅かに息を吐く。


「終わりました」


「そうか」


「二年も追ったのに」


「うん」


「何も分からないままです」


「そうだな」


「何故、俺を捨てたのかも」


「ああ」


「何故、一度も戻らなかったのかも」


拓海は答えなかった。

答えられるはずもなかった。


無責任に理由を想像し、母親を擁護することも、

反対に、最低の女だったと龍平の代わりに罵ることも、

拓海はしなかった。


ただ、そこにいた。


龍平は閉じた資料の上へ手を置いた。

指先に力が入る。


「俺は……」


言葉が喉につかえた。


「のたれ死んでいればいいと思っていました」


それは何度も、自分へ言い聞かせた言葉だった。


「どこかで惨めに生きているなら、捕まえてやろうと思っていました。

何故俺を捨てたのか、説明させて。それを聞いてから、今度は俺の方から捨ててやろうと」


「うん」


「でも、死んでいるなんて」


怒る相手すらいない。

恨みをぶつける相手すらいない。


あの日。

母親が背中を向けた理由を知る者は、もうどこにもいない。


六歳の龍平は。

永遠に、あの日へ置き去りにされたままだ。


「……卑怯だ」


龍平は、低く呟いた。


それが母親へ向けたものなのか。

死亡という事実そのものへ向けたものなのか。


自分でも分からなかった。

拓海は、やはり何も言わなかった。


どれほど時間が経ったのか。


窓の外は、まだ暗い。

けれど、夜の濃さが僅かに薄れてきたようにも見えた。


やがて

拓海が、閉じられた資料へ視線を落とした。


「なあ、松本」


「……何ですか」


「一つ聞いていいか」


「どうぞ」


龍平は疲れ切った声で答えた。


拓海は少し考えるように、頭を掻いた。


「お前、お母さんと別れたのって何歳だっけ」


あまりにも今更な質問だった。


龍平は眉を寄せる。


「六歳です。何度も話したでしょう」


「その後、一回も会ってないんだよな」


「ええ」


「連絡も」


「ありません」


「海外へ渡って」


拓海は机の上に広げられた資料を、一枚ずつ目で追った。


「この男と再婚した」


「記録上はそうです」


「この男のことは、どこまで調べた」


「母と接触した時期、所属していた会社、渡航歴。あとは、ヴィクターとの接点です」


「結婚した後は」


龍平は僅かに目を細めた。


「母と共に、いくつかの国を移動しています。ですが、途中から記録が途切れている。

恐らく、偽名か別名義を使ったのでしょう」


「で、お母さんは十年以上前に死んでた」


「そうです」


「その男は」


「現在の所在は分かっていません」


拓海は腕を組んだ。

難しい顔をしているわけではなかった。

何か重大な推理へ辿り着こうとしているようにも見えない。


ただ。

話を最初から並べ直し、抜けているものがないか確かめている。


それだけの顔だった。


「じゃあさ」


拓海が言った。


「子どもはいないのか」


龍平は、一瞬。


何を聞かれたのか分からなかった。


「……は?」


「その男との子ども」


拓海は、何故分からないのかと言いたげに首を傾げた。


「再婚して、一緒に何年か暮らしてたんだろ。だったら、子どもがいてもおかしくないんじゃねえの」


龍平は口を開いた。


だが、

声が出なかった。


拓海は、そんな龍平を見つめている。


責めてもいない。

驚いてもいない。


ただ、本当に

ごく普通の疑問として尋ねている。


「……そんな記録は」


龍平はようやく声を絞り出した。


「ありません」


「ないのか」


「少なくとも、私が確認した資料には」


「子どもがいなかったって記録が?」


「いえ」


答えた瞬間。


龍平自身が気付いた。

拓海も気付いたのだろう。


僅かに眉を上げた。


「じゃあ、分かんねえんじゃん」


「……それは」


「いたって記録もねえ。でも、いなかったって記録もねえ」


拓海は閉じられた資料を指先で軽く叩いた。


「調べたのか」


龍平は答えられなかった。


”調べていない”


母親が再婚したことは把握していた。

その男と複数の国を移動したことも。

一定期間、夫婦として生活していたらしいことも。


しかし、

その間に子どもが生まれた可能性など

一度として考えたことがなかった。


龍平の捜査対象は、最初から最後まで母親だった。


松本薫。


自分を置いて消えた女。


その行方。

その目的。

その生死。


それ以外を龍平は見ていなかった。


「私は……」


龍平は乾いた唇を舐めた。


「母しか、追っていませんでした」


拓海は静かに頷いた。


「だろうな」


責める響きはなかった。

当然だ、と言われたような気がした。


龍平にとって、この事件の中心は母親だった。

母親の行方を追うために始めた捜査だった。

だから、母親しか見えなかった。


それ自体は、間違いではない。


けれど

刑事としては…


決定的な空白だった。


「でもさ」


拓海は続けた。


「お前の母親に、その後の生活があったなら」


龍平の視線が、ゆっくり上がる。


「そこに、別の家族がいたかもしれないだろ」


”家族”


その言葉が。

妙に耳へ残った。


母親に、新しい家族。


それは龍平が最も考えたくなかったものだった。


自分を捨て

別の男を選び

別の場所で

何事もなかったように新しい家庭を築いていたかもしれない。


だから、

無意識に見ないようにしていたのかもしれない。


その先に

自分以外の子どもがいた可能性を。


「いたとして」


龍平は低く言った。


「俺には関係ありません」


拓海はすぐには返さなかった。


「そうかもな」


否定されなかったことで、龍平は僅かに顔を上げた。


「会ったこともねえ。存在するかも分からねえ。そいつからしたって、お前は知らねえ男だ」


拓海は淡々と続ける。


「だから、家族だって言われても困るかもしれねえ」


「なら」


「でも」


拓海が龍平の言葉を遮った。


「ヴィクターが関わってる」


合同捜査本部の空気が、僅かに変わった。

先ほどまで黙っていた刑事たちも、自然と二人の会話へ耳を向ける。


拓海は資料を見下ろした。


「お前のお母さんは、あの男たちの周りを動いてた。再婚相手も、ヴィクターと無関係じゃない」


「……ええ」


「だったら、もし子どもがいたら」


拓海はそこで一度、言葉を切った。


「今、無事なのか」


龍平の胸の奥がほんの僅かに、軋んだ。


存在するかどうかも分からない。

男か女かも分からない。


一人なのか。

複数なのか。

既に成人しているのか。

まだ幼いのか。


生きているのかさえ何一つ分からない。


けれど。


もし。


本当にいたのなら。


母親と同じ場所にいたのなら。

ヴィクターの周囲に存在していたのなら。

何も知らずに、ただ普通に生きているとは限らない。


「……子どもがいたという前提で話すのは、早計です」


龍平は、自分へ言い聞かせるように言った。


「可能性の一つに過ぎません」


「うん」


「結婚していたからといって、必ず子どもがいるわけではない」


「ああ」


「既に亡くなっている可能性もある。今も、その男と共にいるかもしれない。そもそも――」


「だから調べるんだろ」


拓海の声は、静かだった。


強くもない。

断定もしていない。


ただ、分からないなら確認する。


刑事として、当たり前のことを言っただけだった。


龍平は黙り込んだ。

その通りだった。


いると決まったわけではない。

いないと決まったわけでもない。


分からない。

ならば、調べるしかない。


これまでの龍平なら

誰よりも早くそう言ったはずだった。


だが、

今回は……


その空白の先にいるかもしれない人間が。

自分と同じ母親を持つ誰かだと考えた瞬間。


足が止まった。


母親が残した、もう一人の子ども。

あるいは。

一人ではないかもしれない。


龍平の知らない場所で生まれ。

龍平の存在など知らず。

同じ血を持ちながら、全く別の人生を歩んできた誰か。


「……兄弟」


声が漏れた。

口にした自分自身が、一番驚いた。



弟なのか。

妹なのか。

そもそも、本当にいるのか。


何も分からない。


まだ。

ただの可能性だった。


それでも二十年間

母親という過去だけを見続けてきた龍平の中に。


初めてその先へ続くものが生まれた。


拓海は何も言わなかった。


ただ、机の上に置いた缶コーヒーを龍平の方へ少し押した。


今度は龍平も拒まなかった。


缶を手に取り、プルタブを開ける。

小さな音が止まっていた時間を、僅かに動かした。


「再婚後の生活記録を洗い直します」


龍平が言う。


声はまだ掠れていた。

だが

先ほどまでの、何も残っていない声ではなかった。


「移動先の戸籍に相当する記録。出生届。学校。医療機関。

再婚相手の偽名も含めて、関連するものを全て」


近くにいた刑事が頷き、端末へ向き直る。


「現地へ照会をかけます」


別の者が立ち上がる。


「入管記録も、同行者を含めて洗い直します」


合同捜査本部が再び動き始める。


紙がめくられる。

キーボードを叩く音が増える。


電話を取る者がいる。


つい数分前まで

松本薫の死亡によって、全てが終わったと思われた捜査。


その終着点の向こう側に

小さな空白が見つかった。


まだ、何があるのかは分からない。


何もないかもしれない。

母親は再婚相手との間に、子どもをもうけなかったかもしれない。


調べた結果

そこには本当に、何も残されていないかもしれない。


だが。


それを確かめるまでは終わったとは言えない。


龍平は、もう一度。


母親の死亡記録を開いた。


先ほどと同じ紙だった。

書かれている事実も変わらない。


母親は死んでいる。


それでも

今度は、その下に続く空白が見えた。


自分はこの紙のところで、

立ち止まるように誘導されていたのではないか。


ふと。


そんな考えが浮かんだ。

あまりにも綺麗だった。


龍平が追い求めたものが。

龍平が最も絶望する形で。

過不足なく用意されていた。


母親の死。


それ以上追う必要はないと。

全て終わったのだと。

そう思わせるための。

完璧な終着点。


だがまだ確証はない。


今はただ。

もう一度、調べ直す。

それだけだった。


**********


男は、窓の外を見ていた。


厚いカーテンの隙間から、夜明け前の薄い光が差し込んでいる。


部屋の中は暗い。

机の上には、紙の報告書が一枚。

向かいに立つ男は、必要なことだけを簡潔に述べた。


「日本側が、再婚後の家族構成について照会を始めました」


ヴィクターは、すぐには答えなかった。


窓の外から視線を動かさない。


「誰が気付いた」


「佐伯拓海です」


その名を聞いて

ヴィクターの指先が、僅かに動いた。


それだけだった。


驚きも。

怒りも。

表情には何も浮かばない。


「松本龍平ではなく?」


「はい」


「そうか」


ヴィクターは、ようやく机へ目を向けた。


報告書を手に取り

一行目から、ゆっくり目を通す。


日本側が把握しているのは。


母親の死亡。

再婚の事実。


そして

その後に、子どもがいた可能性。


そこまで。


まだ

存在を確認したわけではない。


性別も。

年齢も。

現在地も。

何一つ掴んではいない。


ただ。

可能性へ気付いた。


それだけだった。


「母親の死で止まると思っていました」


報告を持ってきた男が言う。


「普通は止まる」


ヴィクターは静かに答えた。


「松本龍平は、母親を追っていた。彼が求めていたのは真実ではなく、母親からの答えだ」


報告書を机へ戻す。


「その母親が死んでいると知れば、捜査を続ける理由も失う」


「ですが」


「ああ」


ヴィクターは、薄く目を細めた。


「佐伯拓海は、松本龍平の母親を追っていない」


死者への恨みも。

過去への執着もない。


だから

死亡記録を終着点だと思わなかった。


そこに家族がいたかもしれない。


ただ、それだけのことに気付いた。


ヴィクターにとっては

それが最も厄介だった。


「まだ、彼らは何も知りません」


「分かっている」


「では、予定通りに?」


短い沈黙が落ちる。

ヴィクターは、報告書の隅へ指を置いた。


日本側は、まだ入口に立っただけだ。


その扉の向こうに何があるのか。


知らない

気付いてもいない


けれど

扉の存在には気付いた。


それで十分だった。


「予定を変更する」


男の表情が僅かに強張る。


「処理しますか」


「まだ早い」


ヴィクターは首を横へ振った。


今、動けば

そこに何かあると教えることになる。


日本側は、まだ半信半疑だ。


調べても何も出ない可能性を考えている。


ならば。


もう少しだけ

泳がせればいい。


どこまで辿り着くのか。

誰が、どのように動くのか。


見極める必要がある。


「監視を増やせ」


「佐伯拓海を?」


「家族を含めてだ」


男は僅かに目を上げた。


ヴィクターは、それ以上説明しなかった。

佐伯拓海自身へ手を出すのは得策ではない。


警察官であり。

警戒心も強い。


何より

自分の身に危険が及んだ程度では、決して止まらない男だ。


だが。


人間には必ず止まる場所がある。


ヴィクターは机の引き出しを開けた。


中には。


何枚かの写真が入っている。


そのうちの一枚を取り出し。


暫く眺めた。


幼い子どもが笑っている。


まだ、

何も知らない顔で。


「確認だけしておけ」


ヴィクターは写真を伏せた。


「今は、まだ動くな」


「承知しました」


男が一礼し、部屋を出ていく。


扉が閉じる。

再び部屋には静寂が戻った。


ヴィクターは、一人になった室内で。


机の上の報告書へ目を落とした。


佐伯拓海。

特別な推理をしたわけではない。


隠された暗号を解いたわけでもない。


ただ死んだ人間の先に

生きているかもしれない人間を見た。


それだけ。


だからこそ厄介だった。

ヴィクターは、ゆっくり椅子へ背を預けた。


「まだ、何も知らない」


誰に聞かせるでもなく呟く。


日本側は

まだ、家族が存在するかもしれないと考えただけだ。


けれど。


その可能性を追えばいずれ辿り着く。


母親の死の向こう側へ。


ヴィクターが

最も見つけられたくなかった場所へ。


窓の外で。

夜が明け始めていた。


ヴィクターは目を細める。


そして


机の上で伏せられた、小さな写真へ。

静かに指を置いた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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