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第五百四十八話 「生存率(アズ・ア・サービス)とは、監査が導いた最悪の未来から親友を守るため、覗き魔が西欧の魔王へ超法規的過保護システムを要請する現象のことである」という話

じゅんびはばんぜんだ(`・ω・´)

【東京・ハミルトン日本支社】

~生存率という名の報告書~


深夜。

ハミルトン日本支社。


昼間の喧騒は消え、フロアには空調の低い音だけが流れていた。


ジョージ・ラングレーは、メインモニターへ映る一社の企業情報を静かに見つめている。


【General Logistics】


国際物流。

海運。

港湾。

航空貨物。

公開情報だけを繋ぎ合わせた企業の輪郭。


数字は正常。

監査も正常。

税務も正常。

訴訟も、行政指導も、企業規模に見合うだけ存在する。


あまりにも、自然だった。


だからこそ。

ジョージは数時間画面を見続けても、キーボードを叩く指を止めたまま動けなかった。


「……。」


画面の文字列から視線を外し、天井を見上げる。


その瞬間。

脳裏に浮かんだのは、企業でも数字でもない。


日本で刑事を続ける、一人の親友だった。


”佐伯拓海”


違和感を拾えば、理由より先に動く男。

目の前で誰かが苦しんでいれば、自分の危険など後回しにして飛び込む男。


(……もし。)


ジョージは小さく息を吐く。


(もし、タクミがこの会社の"本体"へ辿り着いたら。)


背筋を冷たいものが走った。


これは証拠ではない。

推測だ。


企業分析を積み重ねた先で生まれた、説明のできない危機感。


それでも

企業人としての勘が、警鐘を鳴らし続けている。


”この会社は、普通ではない”


少なくとも、日本の一企業として扱っていい相手ではない。

ジョージは椅子へ深く腰掛けた。


「……。」


「日本の警察だけで。」


誰に聞かせるでもなく呟く。


「最後まで守り切れるかな。」


それは事件を解決できるか、ではない。

「タクミが、生き残れるか”


その一点だけを計算した時。

ジョージの頭の中で弾き出された答えは、どうしても楽観にはならなかった。


迷いは数秒だった。

受話器を取り、ロンドンの個人回線を呼び出す。


数回の呼び出し音。

すぐに繋がった。


「ハミルトン。」


『どうした、ジョージ。』


「相談がある。」


受話器の向こうで、僅かに空気が変わる。


『珍しいね。』


「General Logisticsの分析結果じゃない。」


一拍。


『……タクミか。』


「いや。」


ジョージは首を横へ振った。


「タクミ"も"、だ。」


静かな声だった。


だが、その一言だけで十分だった。


エドワードは、それ以上聞き返さない。

ジョージは画面を見つめたまま続ける。


「証拠はない。」


「全部、俺の推測だ。」


「でも。」


「会社を見れば見るほど嫌な予感しかしない。」


「もしタクミが、この会社の本体へ近付いたら。」


「日本の警察だけで、あいつを守り切れるとは思えない。」


受話器の向こうは静まり返っていた。


ジョージはさらに続ける。


「タクミは止まらない。」


「止めても行く。」


「俺たちの知ってる佐伯拓海は、そういう人間だ。」


「だから。」


「事件のことじゃない。」


「生存率の話だ。」


長い沈黙が流れた。


やがて、

エドワードが静かに口を開く。


『……ジョージ。』


「うん。」


『東館は、すでに居住可能だ。』


ジョージは目を閉じた。


予想していた。

それでも、本人の口から聞くと苦笑が漏れる。


『使用人の配置も終わっている。』


『教育も済ませた。』


『子供部屋は四室。』


『年齢ごとの家具も揃えてある。』


『学校についても、受け入れ先との調整は終わっている。』


『菜摘さんの生活に必要な手配も済んでいる。』


『佐伯家が今日ロンドンへ来ても、そのまま生活を始められる。』


ジョージは思わず笑った。


「……本当に全部か。」


『全部だ。』


「いつから?」


短い沈黙、そして


『かなり前から。』


その声には、何の迷いもなかった。


『タクミは来ない。』


『私はそう思っている。』


『いや。』


『そう願っている。』


『だから一度も言わなかった。』


『だが。』


『来ると言った、その日だけは。』


『何一つ不自由をさせるつもりはない。』


ジョージは小さく息を吐く。


「相変わらず過保護だな。」


『親友だからね。』


静かな返事だった。

ジョージはモニターへ視線を戻す。


【General Logistics】


まだ正体は分からない。


だが、その輪郭だけは少しずつ見え始めている。


だからこそ

今日、この電話を掛けて良かったと思った。


「ハミルトン。」


『何だい。』


「願わくば。」


「この準備が、一生無駄になりますように。」


受話器の向こうで、小さく笑う気配がした。


『……私も、そう願っているよ。』


通信は切れた。


ジョージは受話器を静かに戻す。


画面には、相変わらず整い過ぎた企業情報が並んでいた。

そしてロンドンには、その企業よりも遥か以前から。

一人の親友と、その家族が帰って来る日のためだけに用意された「帰る場所」が、

誰にも知られず静かに完成していた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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