第五百四十五話 「休日(バッファ)とは、休息のための手順ではなく、極東の大型犬が幸福に潰れ、成城の秀才が胃を痛め、西欧の覗き魔が暇だからと休日出勤する現象のことである」という話
幕間でもいいかなと思った
【その一:平和な休日】
~大型犬、休日に敗北する~
久しぶりに確保された完全な休日。
世田谷の佐伯家。
朝日がリビングへ差し込む中、菜摘がコーヒーを置いた。
「あなた。今日は休みなんだから、ゆっくり寝てなさい^^」
「おう。ありがと、菜摘。」
拓海は欠伸をひとつ。
「じゃあ俺は二度寝セクタへログイン──」
「ぱぱーーーー!!!^^」
「きゃーーー!!!」
「ぱぱーーー!!!」
三方向から同時に子どもたちが突撃した。
悠馬。
凛。
蘭。
気付けば両腕に双子。
お腹の上には悠馬。
完全制圧である。
「……。」
拓海は天井を見上げた。
「菜摘。」
「ん?」
「俺さ。」
「はい。」
「合捜本部で徹夜してる方が体力使わねぇ気がする。」
菜摘は笑いながら新聞をめくる。
「通常運転ね^^」
「いや。」
「これ過積載だろ。」
「大型犬なんだから大丈夫^^」
「犬扱いかよ。」
悠馬が胸の上で笑う。
「ぱぱ!」
「おう。」
「おうまさん!」
「また肩車か?」
「うん!」
「ぱぱ、おうまさん!」
凛も真似をする。
「ぱぱ!」
蘭も負けじと手を伸ばす。
「ぱぱ!」
拓海は三人を見回した。
「……。」
「三人同時は物理法則違反だろ。」
菜摘はコーヒーを飲みながら一言。
「頑張って^^」
「応援だけ!?」
部屋いっぱいに笑い声が響いた。
【その二:張り込み】
~八時間の無言デバッグ~
数日後、雑居ビル前。
張り込み開始から八時間。
成果……ゼロ。
拓海が口を開く。
「松本。」
「はい。」
「腹減った。」
龍平は腕時計を見る。
「四十五分前に昼食を済ませています。」
「もう四十五分も経った。」
「まだ四十五分です。」
「人類史から見れば誤差だ。」
「今回の事件には関係ありません。」
また沈黙。
三分後。
「松本。」
「はい。」
「マヨネーズある?」
「ありません。」
「終わった。」
「終わってください。」
さらに五分。
「松本。」
「はい。」
「俺。」
「はい。」
「帰りたい。」
龍平は窓の外を見たまま答えた。
「私もです。」
拓海は吹き出す。
「初めて意見合った。」
「そこだけです。」
しばらくして、
龍平は胸ポケットから一本の栄養バーを取り出した。
無言で差し出す。
拓海は受け取り、少し笑った。
「ありがと。」
「静かに食べてください。」
「了解。」
車内は再び静寂に包まれた。
【その三:幼稚園】
~パパ、お迎えミッション~
ある日の夕方、幼稚園。
門の前には一台のママチャリ。
その横で拓海が腕を組んで待っていた。
先生が笑う。
「今日はお父さんなんですね。」
「非番なんで。」
その時。
「ぱぱーーーー!!!^^」
悠馬が勢いよく飛び込んできた。
拓海はひょいと抱き上げる。
「おう。」
「今日も元気だったか。」
「うん!」
「すべりだい、いちばん!」
「へぇ。」
「すげぇじゃん。」
先生が苦笑した。
「今日はお昼寝しませんでした。」
拓海は悠馬を見る。
「だから元気百二十パーセントか。」
「うん!」
「よく分かんねぇけど元気!」
「それが一番だ。」
園を出て歩き始める。
悠馬が見上げた。
「ぱぱ。」
「ん?」
「こうえん。」
拓海は少し考える。
「……。」
「菜摘には。」
「内緒で。」
悠馬は首をぶんぶん振った。
「だめ!」
「まま、おうちでまってる!」
「……ばれるか。」
「ばれる!」
「そっか。」
拓海は笑った。
「じゃあ今日は帰るか。」
「うん!」
二人は手を繋ぎ、夕焼けの住宅街を歩いていった。
【その四:休日出勤】
~覗き魔の正常動作~
一方
ハミルトン日本支社。
休日、広いオフィスに人影は一つだけ。
ジョージ・ラングレー。
秘書が呆れ顔で近付く。
「ジョージさん。」
「はい。」
「今日は休日ですよ。」
「知っています。」
「帰らないんですか。」
「帰れますよ。」
「では何故。」
ジョージは真顔のまま答えた。
「暇だからです^^」
「趣味を作ってください。」
「ありますよ。」
「何です?」
「観察です。」
「何を。」
「タクミを。」
秘書は静かに目を閉じた。
「……通常運転ですね。」
「通常運転です。」
【エンドログ】
深夜、成城のアパート。
龍平は冷たいお茶を飲みながら、机の上の分厚い資料を見つめていた。
差出人。
ジョージ・ラングレー。
「……。」
「休日に、これだけ調べるんですか。」
資料は港湾。
物流。
関連企業。
送金記録。
どれも整理され、付箋まで貼られている。
龍平は思わず笑った。
「本当に。」
「佐伯さんの周りには。」
「普通の人がいませんね。」
そう呟きながら資料をめくる。
その中の一枚で手が止まった。
港湾会社。
コンテナ搬入記録。
小さな時間のズレ。
誰も見逃すほどの違和感。
龍平は静かに資料を閉じた。
「……。」
「これか。」
部屋は静まり返る。
その静寂の中で
事件は誰にも気付かれないまま、ほんの少しだけ前へ動いていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




