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幕間 「契約(ウェディング)とは、愛を誓う儀式ではなく、西欧の魔王が親友の帰国・結婚・昇進に合わせ、世田谷からロンドン東館まで帰る場所だけを増築し続ける現象のことである」という話

エドワードのお気持ち

【ハミルトンホール・当主執務室】

~ 過保護という名のライフプラン~


霧の深いウィルトシャー。

ハミルトンホール当主執務室。


エドワード・ハミルトンは、一冊の分厚いファイルを静かに閉じた。

表紙には、一人の名前だけが記されている。


”佐伯拓海”


向かいにはジョージ。

いつものように書類を抱えながら、主の様子を静かに見守っていた。


ジョージは知っている。

この男は、親友を手元へ縛り付けようとはしない。


だが。

「いつ帰って来ても困らない準備」だけは、誰よりも徹底する男だということを。


【第一ログ】

~卒業、そして帰国~


「タクミが卒業するね。」


ジョージが報告する。


「日本へ帰国して、警察官になるってさ。」


執務室が静まり返る。

エドワードはゆっくり窓の外へ目を向けた。


「……そうか。」


短い返事。

止める気はない。

あれは拓海自身が選んだ夢だ。

だから尊重する。


しかし……


静かな沈黙のあと。

エドワードは振り返った。


「ジョージ。」


「はい。」


「ロンドンのタウンハウスを整備しろ。」


ジョージは瞬きをする。


「……タウンハウス?」


「いつか。」


エドワードは静かに続けた。


「タクミがイギリスへ戻ることがあるなら。」


「仕事も。」


「住む場所も。」


「何一つ困らせたくない。」


「誰か住まわせて管理させろ。」


「いつでも使える状態を維持する。」


ジョージは手帳へ書き込みながら苦笑した。


(※まだ帰国してないって。)


【第二ログ】

~ 結婚~


数年後。


「タクミが結婚したね。」


ジョージが日本から報告する。


「お相手は菜摘さん。」


「子どもも生まれるみたいだよ。」


エドワードはゆっくり目を閉じた。


「……そうか。」


その一言だけ。


だが、数秒後再び口を開く。


「ジョージ。」


「世田谷に家族向けのマンションを確保しろ。」


「最高水準の治安。」


「十分な広さ。」


「子どもが育てられる環境。」


「全て整えろ。」


ジョージが苦笑する。


「プレゼントにするの?」


「いや、断る。」


即答だった。


「あいつは断る。」


「だから。」


「地域の最低家賃で貸せ。」


「不足分はこちらで補填する。」


「それなら。」


「多少文句を言いながら住む。」


ジョージは思わず笑った。


「そこまで読めてるんだ。」


「読める。」


エドワードは真顔だった。


【第三ログ】

~ 刑事~


さらに数年。


「タクミ。」


「刑事へ昇進したよ。」


ジョージの報告を聞いたエドワードは、珍しく少しだけ眉を寄せた。


”刑事”


それは、危険と隣り合わせの仕事。


「あいつは。」


「また厄介事を拾う。」


小さく呟く。


エドワードは部屋にいる執事に伝える。


「東館の改修計画を全部見直すことにする。」


「白紙ですか?」


「ああ。」


「夫婦の寝室。」


「奥方の衣装部屋。」


「子ども部屋は三つ。」


一拍。


「……いや。」


「四つだ。」


執事は黙って書き足す。


「図書室。」


「勉強部屋。」


「プレイルーム。」


「専用庭園。」


「全部追加しろ。」


そこへ執事が恐る恐る口を開いた。


「旦那様。」


「それでは東館だけで、一棟の邸宅ほどになります。」


「当たり前だ。」


即答だった。

執事は静かに頭を下げる。


「承知しました。」


エドワードは立ち上がった。


「使用人を全員集めろ。」


数分後、

東館の使用人が並ぶ。


エドワードは全員を見渡した。


「今後。」


「私の無二の親友が。」


「家族と共に、この館へ来る可能性がある。」


「可能性。」


その言葉だけを強調する。


「彼らは客人ではない。」


「私と同等に扱え。」


「家族も同じだ。」


「異論がある者は。」


「今、この家を去って構わない。」


誰一人返事をしなかった。


ただ

使用人全員の頭の中へ。


「サエキ」


という名前だけが深く刻み込まれた。


【第四ログ】

~ 契約~


ニューヨーク

契約結婚を交わす前夜、

ジェシカはワイングラスを揺らしながら笑った。


「エドワード。」


「あなた。」


「好きな人がいるでしょう?」


エドワードはグラスを置く。


「答える義務はない。」


「あはは。」


「それ、いるってことじゃない。」


沈黙…

ジェシカは肩をすくめた。


「その人と結婚しなかったの?」


エドワードは静かに答えた。


「彼に問題はない。」


「彼?」


ジェシカは一瞬驚き、

すぐに笑った。


「ああ。」


「そういうこと。」


「なるほどね。」


それ以上は聞かなかった。

エドワードも助かったように息をつく。


「そのうち。」


「彼と、その家族を東館へ招くことになるかもしれない。」


ジェシカは頷いた。


「東館は、その人のためなのね。」


「そうだ。」


「了解。」


それだけで十分だった。


「ところで。」


ジェシカは話題を変える。


「子どもの計画だけど。」


「来年でいい?」


「アメリカ支社も落ち着かせたいし。」


「構わない。」


「君に任せる。」


「ありがとう。」


「それと。」


「生活拠点はカリフォルニアへ移したいの。」


「問題ない。」


「アメリカは君に一任する。」


ジェシカは笑う。


「本当に話が早い人。」


エドワードも小さく微笑んだ。


「君とは。」


「互いの孤独を詮索しない。」


「最高のパートナーでいたい。」


「ええ。私もよ。」


こうして。


世界で最も合理的な契約結婚は結ばれた。


誰もが

ハミルトン伯爵は政略結婚を選んだと思っていた。


だが

その頃ロンドンでは一人の男が


親友の人生に合わせて

タウンハウスを整え

世田谷の住まいを用意し

東館を増築し


「いつ帰って来てもいい場所」だけを、誰にも知られず増やし続けていた。


それが

エドワード・ハミルトンという男の、

世界で一番静かで、

世界で一番大きな感情(クソデカ感情)だった。




ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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