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第五百四十四話 「誘導(ルート)とは、証拠を隠す技術ではなく、管理者(ヴィクター)が見せたい真実だけを並べ、本当に隠すべき幹(システム)から警察を静かに遠ざける現象のことである」という話

もうちょっと!もうちょっと!

【General Logistics・地下機密セクタ】

~完結した過去という「偽りの終着点」~


暗転した地下オフィス。

壁一面を埋め尽くす巨大なマルチディスプレイには、世界中を巡る物流ルート、

港湾データ、ペーパーカンパニー、資金洗浄の流れが、一本の狂いもなく整然と並んでいた。


その盤面の中央。

管理者─ヴィクターは、一切の感情を排した灰色の瞳で、静かに世界を見つめている。


背後で部下が報告した。


「管理者。松本龍平、母親・松本薫の経歴について再調査を開始しました。

履歴書に存在した空白の一年も把握済みです」


ヴィクターは小さく頷いた。


「予定通りだ。」


「餌には、十分食いついた。」


部下は僅かに眉を動かした。


「……よろしいのでしょうか。」


「履歴書の空白を辿れば、二十年前の我々の物流会社まで到達します。」


「問題はありませんか。」


ヴィクターは静かに画面を切り替えた。


映し出されたのは、二十年前に存在した会社の一覧。


物流会社。

港湾会社。

ペーパーカンパニー。


現在はすべて消滅し、データベースから切り離されている企業ばかりだった。

その全てに赤い文字が刻まれている。


【清算済】


ヴィクターはその文字を見つめたまま口を開いた。


「人間は、自ら正解を見つけると安心する。」


「証拠を掴めば、事件を理解したと思い込む。」


「原因を突き止めれば、それ以上深く潜ろうとはしない。」


部下は黙って聞いている。


「だから。」


「我々は隠さない。」


「見つけさせる。」


ヴィクターの指先が画面を滑る。


二十年前の会社。

二十年前の写真。

二十年前の人物。


その全てが一本の線で繋がっていく。


「二十年前という『完結した過去』を差し出す。」


「警察はそこで満足する。」


「事件は終わったと思い込む。」


「そうして現在へ続く幹から、自ら離れていく。」


部下は静かに頷いた。


「つまり。」


「松本龍平は……」


「予定通り。」


ヴィクターは迷いなく答えた。


「枝だけを追わせればいい。」


「彼ほど優秀な人間ほど、一度納得すれば自ら思考を閉じる。」


「幹には届かない。」


「それが、人間だ。」


しかし。


ヴィクターの視線が、一枚のモニターで止まった。

そこには、合同捜査本部で缶コーヒーを飲みながら資料を眺める一人の刑事。


佐伯拓海。

部下も画面を見る。


「佐伯拓海については、現時点で科学的証拠は一切ありません。」


「我々へ到達する手段も持っていません。」


ヴィクターはゆっくり首を横へ振った。


「違う。」


静かな声だった。


だが

その一言だけで部屋の空気が変わる。


「問題は証拠ではない。」


「彼は。」


「証拠だけを見て、判断しない。」


部下は意味を理解できず黙り込む。


ヴィクターは画面の中の拓海を見つめ続けた。


「証拠は作れる。」


「会社も作れる。」


「経歴も作れる。」


「履歴も改ざんできる。」


「だが。」


ほんの僅かヴィクターの瞳が細くなる。


「人間だけは、設計できない。」


「彼は人を見る。」


「だから。」


「世界で最も管理しづらい。」


「予定を狂わせる。」


「イレギュラーだ。」


【合同捜査本部】── 新しい呼吸


その頃。

合同捜査本部。


松本龍平は、母・薫の履歴書を開き、空白の一年を徹底的に洗っていた。


勤務先。

住所。

交友関係。

港湾記録。

過去の新聞。

全てを照合する。


隣では拓海が缶コーヒーを片手に、ぼんやり資料を眺めていた。


不意に拓海が一枚の資料を指差した。


「松本。」


龍平は手を止める。


「何ですか。」


拓海は古い会社一覧を見つめたまま言う。


「この会社。」


「……なんか嫌だ。」


「世界で一番。」


「嫌な匂いする。」


龍平は資料へ目を落とした。


以前なら。


「根拠は。」


そう返していた。


「証拠は。」


そう聞いていた。


だが今は違う。

龍平は資料を受け取り、静かに頷いた。


「……分かりました。」


「調べます。」


理由は聞かない。

説明も求めない。

拓海は笑う。


「頼む。」


「お前の仕事だからな。」


「はい。」


龍平は再びキーボードへ向かった。


その指先が入力した検索対象は。


会社名でも。

履歴書でも。

財務資料でもない。

その会社にいた、一人一人の『人間』だった。


地下ではヴィクターがまだ気付いていなかった。

自らが用意した「枝」は、確かに龍平を誘導していた。


だが

その隣に立つ災害パラディンが。


枝ではなくその枝を育てた人間を見始めたことに。

そしてその一言を。

松本龍平が、何の疑いもなく自らの捜査へ組み込み始めたことに。


管理者の完璧な誘導ルートは。


その瞬間

誰にも気付かれないほど小さく。


だが確実に

予定から外れ始めていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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