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第六話 「価値とは、他人に決められるものではない」という話

拓海君とお兄さんは8歳違います。その上に10歳違いのお姉さんもいます。

放課後。

談話室には、暖炉の火だけが静かに揺れていた。


授業を終えた生徒たちは思い思いに本を読み、窓際では数人がチェスを囲んでいる。


その中で。

拓海はソファに寝転がるように座り、借りた本をぱらぱらとめくっていた。


向かいではエドワードがノートを閉じる。


ここ数日

日本語を教わり。


笑われ。

呆れられ。

時には妙な言葉まで覚えた。


それでも、一つだけ理解できないことがあった。


「タクミ」


「ん?」


拓海は本から目を離さない。


「一つ、理解できないことがある」


「日本語なら明日な」


「違う」


短く返す。

少しだけ間が空いた。


「……お前の存在だ」


その言葉で、初めて拓海が顔を上げた。

エドワードは静かにこちらを見ている。


何かを責める目ではない。

答えを探している目だった。


「この学院へ来る者には、それぞれ理由がある」


静かな声だった。


「家を継ぐ者」


「国を背負う者」


「企業を率いる者」


「皆、自分の責任を理解してここへ来る」


拓海は黙って聞いている。


エドワードは続けた。


「だが」


ほんの少しだけ言葉を選ぶ。


「お前には、その"重さ"がない」


窓の外へ視線を向ける。


「ただ浮いているように見える」


少しだけ沈黙が流れた。

やがてエドワードは拓海を見る。


「なぜ、ここにいる」


悪意はなかった。


見下しているわけでもない。

本当に分からないのだ。

だから聞いた。


拓海はしばらく黙っていた。

それから小さく笑う。


「あー……親だよ」


肩をすくめる。


「昔、この学校の偉いさんと縁があったらしい」


軽い口調だった。


「本当は兄貴が来る予定だった」


一瞬だけ視線が窓へ向く。


「でも、色々あって」


短く息を吐く。


「俺で代用」


それ以上は語らなかった。

語る気もないらしい。

エドワードは静かに聞いていた。


「……兄がいるのか」


「いる」


「では、お前は兄の代わりとしてここへ来たのか」


「言い方」


拓海は苦笑する。


「まあ、間違っちゃいないけど」


エドワードは黙る。

しばらく考え込んでから、小さく息を吐いた。


「不愉快だ」


ぽつりと言う。

拓海が眉を上げる。


「何が」


「自分で決めていない」


静かな声だった。


「自分の意思ではない場所へ来ることも」


「代わりに選ばれることも」


「私は好まない」


拓海は少しだけ笑った。


「帰れって?」


「違う」


エドワードはすぐに否定する。


迷いはなかった。


「お前はここで、自分の意思で私に日本語を教えている」


「……ああ」


「それはお前が決めたことだ」


エドワードは真っ直ぐ言う。


「ならば、それで十分だ」


拓海は少しだけ目を丸くした。

エドワードは当然のように続ける。


「私が認める」


「……は?」


「私の隣にいる者に、文句は言わせない」


その言葉はあまりにも自然だった。


傲慢。

独善的。

十四歳とは思えないほど堂々としている。


けれど。


その瞳には打算も悪意もなかった。

ただ、本気だった。


拓海はしばらく黙っていた。


それから耐えきれなくなったように吹き出す。


「……はは」


肩を震わせる。


「お前さ」


「何だ」


「最高に偉そうだな」


「当然だ」


エドワードは少しだけ顎を上げる。


「ハミルトンの後継者だからな」


あまりにも真顔だった。


拓海はまた笑う。


「そういうとこだぞ」


「そういうところ?」


「いや、何でもない」


笑いながら首を振る。


しばらくして。

エドワードは何事もなかったようにノートを差し出した。


「ところで、タクミ」


「ん?」


「『枕草子』の続きを頼む」


「まだやるのか」


「当然だ」


即答だった。


「疑問は山ほどある」


「お前、本当にブレねぇな」


拓海は呆れながらノートを受け取る。


「必要だからだ」


迷いのない返事だった。


暖炉の火が静かに揺れる。


学院へ来た理由も。

背負うものの重さも。

まだ何一つ変わってはいない。


それでも。


エドワードの中で、佐伯拓海という少年は、もう"理由の分からない留学生"ではなくなっていた。


少なくとも。

自分の隣にいていいと思える相手には、なっていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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