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幕間 「距離とは、一人が変わるより、一人が近づく方が早い」という話

たっくん、人気者!

秋の風が、中庭をゆっくりと吹き抜けていく。

夏の名残はもう薄い。

石畳へ落ちる陽射しは柔らかいままなのに、空気だけが少しずつ冬へ向かっていた。


昼休み。


いつものように中庭では生徒たちが思い思いに過ごしている。

その中を、拓海は今日も気ままに歩いていた。


「悪い、それ貸して」


「あ、ああ」


本を借りる。


「サンキュー」


返す。


「またな」


相手が誰でも変わらない。


教師でも。

先輩でも。

同級生でも。

話し方も、距離も。

全部同じだった。


少し離れた場所で、それを眺める生徒が二人。


「……最近さ」


「何だ」


「あいつ、よく話しかけられてないか」


視線の先では、拓海が別の生徒と笑っている。


「最初は浮いてるだけだと思ってたけど」


「確かに」


学院では珍しい光景だった。

誰か一人が、あんなに自然に誰とでも話しているのは。


しかも。


「タクミ」


静かな声が響く。


エドワードだった。

拓海が振り向く。


「あ? エド」


「来い」


「またかよ」


文句を言いながらも歩き出す。

その姿を見て、生徒たちは思わず顔を見合わせた。


「……今、エドって」


「呼んだな」


「ハミルトンを?」


信じられなかった。


なのに。

エドワード本人は気にした様子もない。


いつものことだった。


二人は並んで歩き出す。

誰も入れなかった距離へ。

当然のように。


「最近、本当に変わったよな」


誰かがぽつりと呟く。


「ハミルトンが?」


「いや」


首を横に振る。


「学院の空気が」


その時だった。


「あの」


一人の下級生が、おそるおそる拓海へ近づく。


「ん?」


「これ……少し見てもらえませんか」


手には日本語の教科書。

拓海は笑った。


「いいよ」


隣ではエドワードが黙って見ている。


止めない。

追い払わない。

それだけで十分だった。


「ここなんだけど……」


「そこか」


拓海は教科書を覗き込みながら笑う。


「あー、それ難しいんだよ」


「そうなんですか」


「日本人でも説明できない」


「え?」


「感覚」


「感覚……」


困った顔を見て、拓海は吹き出した。


「ま、そういう言葉もある」


そのやり取りを見ながら、周囲の生徒たちも少しだけ笑う。


ほんの数日前までなら。


誰も近づかなかった。

近づけなかった。


けれど今は違う。

少しだけ。

ほんの少しだけ。


学院の空気が柔らかくなっていた。


「タクミ」


エドワードが口を開く。


「何だ」


「『春はあけぼの』だが」


「まだそこか」


拓海は苦笑する。


空を見上げた。


秋と冬の境目。

淡く曖昧な色が広がっている。


「あんな感じ」


指差す。


エドワードも同じ空を見上げる。


しばらく眺めてから、小さく呟いた。


「……エモいな」


拓海は吹き出す。


「語彙力死んでんぞ、お前」


周囲からも小さな笑いが漏れた。

冷たい風が吹き抜ける。


それでも。


二人の周りだけは、不思議と少し暖かかった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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