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第五百四十話 「虚像(コーポレート)とは、法律の網を潜る仕組みではなく、痕跡を消し過ぎた組織が『綺麗すぎる違和感』を露呈する現象のことである」という話

あ”--------( ゜皿゜)

【東京・ハミルトン日本支社】


─ 人間のいない会社


夜。

ハミルトン日本支社のオフィスから、昼間の喧騒はすっかり消えていた。


照明は必要最低限まで落とされ、無人になったデスクが、整然と暗闇の中へ並んでいる。


遠くで空調が低く唸り続けていた。

時折、ビルの外を走る車のライトが、窓ガラスの向こうを静かに流れていく。


ほとんどの社員は、もう帰宅している。


残っているのは数名だけ。

その中の一人。

ジョージ・ラングレーは、夕方からほとんど同じ姿勢のまま、モニターを見続けていた。


画面に表示されているのは、一社の企業情報。


General Logistics


国際物流。

海運。

航空貨物。

倉庫管理。

港湾運営。

世界各地に拠点を持ち、複数の関連企業を束ねる総合物流会社。


規模としては大きい。

だが、巨大財閥や有名企業のように、一般のニュースで頻繁に名前を目にする会社ではない。


業界の人間なら知っている。

一般人は知らない。


表へ出過ぎず。

かといって、隠れているわけでもない。


ちょうどいい場所に存在する会社だった。


ジョージは、ゆっくりとマウスを動かした。


会社概要。

創業年。

代表者。

株主構成。

過去十年分の決算。

監査報告。

納税履歴。

労務関連。

訴訟。

行政指導。

買収。

売却。

海外子会社。


すべて。


何度も見た。

一度閉じて別の資料を開き。

また戻った。


それでも。

何かが引っ掛かる。


ジョージは画面から目を離さないまま、机の上に置かれた缶コーヒーへ手を伸ばした。


軽い。


持ち上げてみると、空だった。

いつ飲み切ったのか、覚えていない。


「……」


空き缶を机の端へ置く。

その横には、すでに二本の空き缶が並んでいた。

三本目だったらしい。


背後から足音が近付いてくる。


「まだいたのか」


声を掛けてきたのは、同じフロアで残業していた社員だった。


片手には、自動販売機で買ってきたらしい新しい缶コーヒーが二本。

そのうち一本を、ジョージの机へ置く。


「どうも」


「何してんの?」


「会社を見ています」


「それは見れば分かる」


同僚は隣のデスクへ腰を預け、画面を覗き込んだ。


「General Logistics?」


「ええ」


「物流の?」


「そうです」


「取引でも始めるのか?」


「いいえ」


「じゃあ、競合調査?」


「それも違います」


同僚は怪訝そうに眉を寄せた。


「何か問題でもあるのか」


ジョージは答えなかった。


画面には、過去十年間の売上推移が表示されている。


急激な成長はない。

不自然な下落もない。

世界情勢や景気の影響を受けながら、適度に上下している。


あまりにも自然だ。


「……おかしいですね」


「何が?」


「分かりません」


同僚が笑った。


「お前が何時間も見て、分からないって言うの珍しいな」


「ええ」


「数字がおかしいのか?」


「数字は正常です」


「監査?」


「問題ありません」


「税金?」


「払っています」


「労務?」


「大きな問題はありません」


「じゃあ、何もないじゃないか」


「そうなんです」


ジョージは、新しい缶コーヒーを開けた。


プシュッ。


静かなオフィスに、やけに大きく音が響いた。


「何もないんです」


「……いい会社ってことじゃないのか?」


「そう見えます」


「ならいいだろ」


ジョージは一口飲む。


苦い。

冷えたコーヒーが、乾いた喉を流れていく。


「会社というものは」


ジョージはゆっくり口を開いた。


「失敗します」


「まあ、するな」


「人間が動かしていますから」


「そりゃそうだ」


「計画を立てる」


「実行する」


「失敗する」


「責任を押し付け合う」


「派閥ができる」


「有能な人間が辞める」


「無能な人間が残る」


「訴訟になる」


「不祥事を隠す」


「隠し切れずに漏れる」


同僚は黙って聞いていた。


「どれほど優秀な企業でも」


「どれほど強い経営者が率いていても」


「必ず、どこかに傷が残る」


ジョージは画面を切り替える。


General Logisticsの関連会社一覧。

百を超える法人。

各国へ散らばった子会社。

買収された企業。

統合された倉庫会社。

清算された法人。


それらの情報が、整然と並んでいる。


「この規模の会社が、十年」


「いえ」


「設立から数十年」


「これほど何も残さずに存在できると思いますか」


同僚は画面を眺めた。


「訴訟くらいはあるだろ」


「あります」


「あるじゃないか」


「ですが、適切すぎる」


「適切?」


「企業規模に見合った件数」


「業界において不自然でない内容」


「和解条件も妥当」


「起きるべき場所で」


「起きるべき程度の問題だけが」


「正しい頻度で発生しています」


同僚は少し黙った。


「……それがおかしいのか?」


「分かりません」


ジョージは素直に答えた。


「ただ、こんな会社を、私は見たことがない」


もう一度、監査資料を開く。


監査法人は一社ではない。

一定期間ごとに入れ替わっている。

同じ監査人が長年癒着した形跡はない。


税務調査も受けている。

軽微な申告漏れもある。

改善命令も出されている。


完璧ではない。


だからこそ、

”完璧”だった。


「まるで」


ジョージは呟く。


「問題がないように作られているんじゃない」


画面の数字が、静かに網膜へ流れ込んでくる。


「問題のある会社が、どの程度の傷を持っていれば自然に見えるか」


「そこまで計算されているような……」


言葉が止まった。


違う。

まだ早い。


それは結論ではない。

単なる印象だ。


証拠はない。


ジョージは僅かに眉を寄せた。


同僚が肩をすくめる。


「考えすぎじゃないか?」


「かもしれません」


「今日は帰ったら?」


「そうですね」


そう答えながら。


ジョージは画面を閉じなかった。

同僚はしばらく待っていたが、やがて諦めたように笑った。


「戸締まり頼むぞ」


「分かりました」


足音が遠ざかり、扉が閉まる。


再びジョージは一人になった。


【公開情報という名の足跡】

─ ないものを探す


午前零時。


ジョージはGeneral Logisticsの企業情報から、一度離れた。


代わりに開いたのは、港湾の取扱実績だった。


各国の港。

船籍。

貨物量。

積み替え地点。

輸送期間。

業界全体の公開データ。


何かを暴こうとしているわけではない。

まだ、何を探せばいいのかさえ分からない。


ただ

会社の輪郭を、別の角度から見たかった。


企業が発表する数字は、企業が選んで提示できる。


だが、物流は違う。


荷物が動けば、港が動く。

船が動く。

倉庫が動く。

人が動く。

完全に消すことはできない。


ジョージは世界地図を開いた。


General Logisticsの主要拠点を重ねる。


欧州。

北米。

中東。

アジア。

港湾都市。

空港。

鉄道輸送の結節点。


配置に違和感はない。

物流会社として極めて合理的だ。


次に。


過去の買収履歴を重ねる。


廃業寸前だった倉庫会社。

業績の悪化した海運企業。

地方の小さな通関会社。


どれも買収理由は明確だった。


拠点の拡大。


経路の確保。


業務効率化。


買収後の業績も、適度に改善している。


成功しすぎてはいない。

失敗もしない。


「……」


ジョージは椅子へ背を預けた。


成功しすぎれば目立つ。

失敗すれば傷が残る。


この会社は。

どちらもしない。


常に、

最も目立たない正解を選び続けている。


そんな人間がいるだろうか。


一度も欲を出さず。

一度も判断を誤らず。

一度も感情で動かず。


数十年、

会社を成長させ続ける。


「いない」


ジョージは小さく呟いた。


人間ならどこかで欲が出る。


もっと利益を。

もっと市場を。

もっと権力を。


その欲が経営判断を歪める。


だが

General Logisticsには、それが見えない。


会社は成長している。


しかし、成長そのものを目的としていないように見える。


利益を出している。

だが、利益そのものを求めているようにも見えない。


なら。


この会社は何のために存在している?


ジョージは、しばらく画面を見つめた。


答えは出ない。


ただ

最初に感じた違和感が少しだけ形を持ち始めていた。


”General Logisticsは、企業として成功するために作られた会社ではない”


そう見える。


しかし。

企業が利益以外の目的で、これほど巨大になる理由は何だ。


分からない。

ジョージは検索履歴を消さず、そのままロンドンへ送るためのファイルを作り始めた。


証拠ではない。

報告書とも呼べない。

公開情報を並べただけの、未完成な観察記録。


タイトル欄で指が止まる。


数秒考え短く入力した。


General Logistics/違和感


【東京とイギリスを結ぶ回線】

─ 説明できないから電話した


午前一時を過ぎていた。


東京からイギリスまでは、時差がある。

向こうはまだ夕方。

エドワードなら、確実に仕事をしている時間だった。


ジョージは個人回線を開く。


数回の呼び出し音。

すぐに接続された。


『ジョージ?』


「ハミルトン、今いい?」


『構わないよ』


「タクミの話じゃない」


ほんの僅か。


受話器の向こうの空気が変わった。


『珍しいね』


「こっちだって毎回タクミの観察報告だけしてるわけじゃない」


『九割はそうだろう』


「八割くらいだ」


『変わらないね』


ジョージは少し笑った。


普段ならもう少し雑談を続ける。

だが、今日はその気になれなかった。


「会社ってさ」


『うん』


「綺麗すぎること、ある?」


一瞬。


沈黙が落ちた。


エドワードは聞き返さなかった。


ジョージの質問の意味を考えている。


『ないね』


短い回答だった。


ジョージは息を吐く。


「だよな」


『何を見つけた?』


「分からない」


『君が?』


「だから電話した」


受話器の向こうで、紙を置く音がする。

エドワードが仕事の手を止めた。


それだけで。

この話が、彼の中で通常の企業報告から外れたことが分かった。


「General Logistics」


ジョージは言った。


「知ってる?」


『名前は』


「取引は?」


『間接的にはあるだろう。物流網が広い』


「俺もそう思って、最初は気にしてなかった」


『今は?』


「気持ち悪い」


エドワードが黙る。

ジョージはモニターへ視線を戻した。


「数字は正常」


「税務も正常」


「監査も正常」


「訴訟もある」


「行政指導もある」


「失敗した買収も、一応ある」


『一応?』


「全部」


「企業として自然に見える範囲に収まってる」


『……』


「傷がないんじゃない」


「あるんだよ」


「でも」


「傷の付き方まで綺麗なんだ」


言葉にしてみる。

まだ自分でも掴めない。


「失敗するべきところで失敗して」


「問題が起きるべき頻度で問題が起きて」


「業界平均から外れない程度に揉めてる」


「普通の会社に見えるために」


「普通の会社が持っている傷を」


「わざと付けてるみたいな……」


ジョージは眉を寄せた。


「いや」


「そこまでは言い切れない」


『構わない』


エドワードの声は静かだった。


『続けて』


「会社が何のために動いてるのかも分からない」


『利益では?』


「利益なら、もっと取れる」


『市場の拡大』


「もっと攻められる」


『安定』


「それにしては拠点が多すぎる」


『なら』


エドワードが、一度言葉を止めた。


『会社の利益ではない、別の目的がある』


「俺もそこまで考えた」


『証拠は?』


「ない」


『そうか』


エドワードは否定しなかった。


笑いもしない。

ジョージが証拠もなく、このような電話を掛けること自体が、

一つの情報だった。


『資料を送って』


「もう送った」


『早いね』


「三時間くらい見てたから」


『三時間?』


「もう少し長いかも」


『君がそれだけ見ても、理由が分からない』


「うん」


『なら、十分に調べる価値がある』


ジョージは新しい缶コーヒーへ手を伸ばす。


持ち上げる。

また空だった。


「どう見る?」


『今から見るよ』


「そうじゃなくて」


『分かっている』


エドワードの声が僅かに低くなる。


『会社は、完全に嘘をつくことができない』


「……」


『人間が嘘をつく』


『帳簿を整える』


『記録を消す』


『監査人を買う』


『法制度を利用する』


『だが、会社そのものは』


『そこで働いた人間の選択を、どこかに必ず残す』


ジョージは黙って聞く。


『General Logisticsに人間の痕跡が見えないなら』


『消したのではなく』


『最初から、残らないように動かしている可能性がある』


「やっぱり、そう思う?」


『まだ思うだけだ』


「珍しく慎重だな」


『君が説明できないと言っているんだ』


『私が数分で断定する方がおかしいだろう』


ジョージは笑った。


「それもそうだ」


『ジョージ』


「何?」


『会社を追って』


「人じゃなく?」


『今は』


短い答え。


『人を追えば、用意された顔へ辿り着く可能性がある』


『会社なら』


『どこかで本来の目的が動きとして現れる』


ジョージは、画面上の世界地図を見る。


港。

空港。

倉庫。

物流拠点。

世界中に広がる点。


「了解」


『それから』


「うん」


『一人で無理をしないで』


「俺を誰だと思ってる?」


『MI6を蹴って、タクミの観察を選んだ変人』


「よく分かってるじゃん」


『だから心配している』


「善処するよ」


『信用できない返事だね』


「お互い様」


通信は切れなかった。


どちらからともなく。


しばらく無言のまま、同じ資料を見ていた。


東京とロンドン。

離れた場所で。

同じ会社の。

同じ空白を。

二人の企業人が見つめていた。


【ロンドン・ハミルトン本社ビル】

─ 傷のない経済圏


エドワードは、ジョージから送られてきた資料を一枚ずつ確認していた。


執務室の窓の外。

ロンドンの空は、重い雲に覆われている。

机の上には、別件の契約書。

各国支社から届いた報告。


当主として決裁すべき書類。


だが

今はすべて脇へ置かれていた。


General Logistics。


エドワードにとっても、見慣れた種類の会社だった。


物流会社は、世界経済の血管だ。


商品。

原材料。

機械。

食料。

薬。


人間が生活するあらゆるものが、物流を通る。

ハミルトン経済圏も例外ではない。


直接的な契約がなくとも。


関連会社。

取引先。

そのさらに外側で、General Logisticsの経路を利用している可能性は高い。


それほど広い。

それほど自然に。

世界へ入り込んでいる。


エドワードは買収履歴を開いた。


ジョージの言う通り。


合理的だった。


欲張らない。

無理をしない。


だが必要な場所だけは。

絶対に取りこぼさない。


「……」


次に拠点情報。


大都市だけではない。

経済合理性だけでは説明しにくい、小規模な拠点がいくつかある。


だが。


地域の将来性。

航路の変化。

政治情勢。

どれかを理由にすれば、説明はできる。


説明できる。


すべて説明できてしまう。


エドワードは、椅子へ深く腰掛けた。


ジョージが気持ち悪いと言った理由が。


少し分かった。

この会社には偶然がない。


すべての行動に、

後から提示できる、もっともらしい理由がある。


だが経営とは

それほど美しいものではない。

判断した時点では、理由が足りないこともある。


直感。

焦り。

欲。

恐怖。


人間の感情によって動き

後から理屈を付ける。


企業の歴史には

その不格好な選択が、必ず残る。


General Logisticsには。


それが見えなかった。


「会社ではない」


エドワードは小さく呟いた。


だが

続く言葉は出なかった。


会社でなければ何なのか。


まだ

答えるには早すぎる。


エドワードは画面の端に、短いメモを残した。


目的不明。


続けて。


利益以外の指標を捜索。


ジョージへ共有する。


直後

返事が来た。


了解

やっぱり同じところが引っ掛かったか。


エドワードは僅かに笑った。


そして。


別の通信回線を開く。


ハミルトン本社の企業監査部門。


法務。

国際取引。

各部署へ。


まだGeneral Logisticsの名前は出さない。


ただ


近年の物流契約。

倉庫利用。

港湾経路。

航空貨物。


そのすべてを

通常監査の名目で、静かに洗い直すよう指示を出した。


世界最大級の経済圏が

音を立てることなく一つの会社へ、薄く網を掛け始めた。


【General Logistics・地下機密セクタ】

─ ラングレー


数日後。


窓のない地下室。


壁一面に並ぶモニターの一つへ、新たな警告が表示された。


ハミルトン日本支社。


閲覧記録。

企業情報。

関連会社。

港湾ルート。

公開情報に対するアクセス。


違法な侵入ではない。

特別なクラッキングでもない。


誰でも見られる情報を。

誰よりも深く。

誰よりも長く。

繋ぎ合わせているだけ。


部下がヴィクターの背後へ立った。


「管理者」


「ハミルトン日本支社が、General Logisticsの企業情報を追っています」


ヴィクターは、別の画面から目を離さなかった。


「担当は」


「ジョージ・ラングレー」


その名前が出た瞬間。


ヴィクターの指が止まった。


ほんの一瞬。


それだけだった。


だが。


部下は、その小さな変化を見逃さない。


「ご存じですか」


ヴィクターは画面を切り替えた。


表示された男の経歴。


ジョージ・ラングレー。


英国出身。

ハミルトングループ。

日本支社。


表向きの経歴は、それだけだった。


「名前は」


「以前に?」


「直接ではない」


ヴィクターは平坦に答える。


「だが」


「人材としての評価記録を見たことがある」


「評価記録」


「英国の政府機関が」


ヴィクターは一度言葉を切った。


「欲しがった男だ」


部下の表情が僅かに変わる。


「排除しますか」


「何故」


「General Logisticsの輪郭へ近付く可能性があります」


「まだ近付いていない」


ヴィクターはジョージのアクセス履歴を見る。


登記。

監査。

物流。

港湾。

すべて公開情報。


何一つ

こちらの防衛網には触れていない。


「彼が見ているのは、我々が見せているGeneral Logisticsだ」


「しかし」


「焦るな」


ヴィクターの声は静かだった。


「優秀な人間ほど」


「自らの推論を信じる」


「なら」


「推論に必要な情報を」


「こちらで選べばいい」


部下が問い返す。


「ジョージ・ラングレーにも、餌を?」


ヴィクターは答えなかった。


モニターには

三つの画面が並んでいる。


松本龍平。

母親の記録と、事件の証拠を追う刑事。


佐伯拓海。

理由のない違和感を、決して捨てない猟犬。


ジョージ・ラングレー。

会社という虚像の外側から、その内側にいる人間を逆算しようとする観測者。


「松本は」


ヴィクターが呟く。


「答えを求める」


龍平の画面。


「佐伯は」


「異常を嗅ぎ取る」


拓海の画面。


「ラングレーは」


ジョージの画面へ視線が移る。


数秒。


「構造を見る」


部下は黙っている。


ヴィクターは椅子へ背を預けた。


「違う入口から」


「同じ場所へ近付いている」


「対処を?」


「まだだ」


ヴィクターは薄く目を細めた。


「こちらが動けば」


「彼の違和感は確信へ変わる」


「では」


「見せておけ」


「完璧な会社を」


「彼が」


「完璧であること自体を疑い始めるまで」


部屋へ、低い機械音だけが戻る。


画面の中。


ジョージ・ラングレーは。


まだ。


General Logisticsの正体を知らない。


ただ

この会社に人間の匂いがしないことだけを。


静かに。

正確に。

見つけ始めていた。


そしてヴィクターもまた。


これまで盤上の遠くにいたハミルトンという巨大な経済圏が

ジョージという一人の観測者を通じて

自分の作り上げた虚像へ視線を向けたことを


”初めて認識した”


誰もまだ

攻撃していない。


誰もまだ

正体へは届いていない。


だが


東京

ロンドン

そして地下。


三つの場所で

同じ会社の名前が


それぞれ異なる意味を持って

静かに登録された。


【General Logistics】


その夜。


誰にも聞こえない場所で

見えない戦線が

初めて

確かに開かれたのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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