幕間 「面接(インタビュー)とは、子どもの成長を見る場ではなく、野生の大型犬が「俺も!?」と混乱し、極東の秀才と西欧の魔王が勝手に対策を始める現象のことである」という話
子供は親の事をよく見てますんで。。。
【世田谷の3LDK・朝】
─ 災害パラディン、面接対象へ指定される
悠馬の幼稚園選びが、ようやく終わった。
菜摘が見つけた候補。
松本龍平が一晩で作成した、異様に詳細な比較資料。
ジョージが日本支社の情報網から拾ってきた周辺評判。
そして、なぜかイギリスから送られてきた、ハミルトン独自監査による幼児教育調査書。
そのすべてを前に。
最終的には、悠馬本人が園庭の写真を指差して、
「ゆーま、ここ!」
と言ったことで、全会一致となった。
あとは願書を提出して。
必要な書類を整えて。
入園準備へ進む。
拓海は、そう思っていた。
すべて終わった、と。
だが、ある朝。
世田谷の3LDK
拓海が焼き鮭を白米の上へ乗せ、幸せそうに頬張っていると、向かいに座った菜摘が何気なく言った。
「あなた」
「ん?」
拓海は味噌汁へ手を伸ばす。
「来週、面接だからね」
「……」
箸が止まった。
「誰の?」
菜摘は不思議そうに首を傾げた。
「私たちの」
「…………」
拓海はゆっくり顔を上げた。
「俺も?」
「うん」
「俺も!?」
「親子面接だもの」
拓海の中枢演算が、朝から完全に停止した。
「ちょっと待て」
「何?」
「悠馬が面接されるんじゃねぇの?」
「悠馬もされるわよ」
「俺も?」
「される」
「菜摘も?」
「される」
拓海は頭を抱えた。
「聞いてねぇぞ、バカちんが!」
「今言ったでしょう」
「俺、人生でまともに受けた面接、警察の採用面接くらいしかねぇんだけど!」
「採用されたんだから大丈夫でしょう」
「幼稚園と警察じゃ聞かれること違うだろ!」
「普通に話せばいいのよ」
拓海は愕然と菜摘を見る。
「普通って何だよ」
「まず、面接中に『バカちんが』って言わないこと」
「それくらい分かるわ!」
すると、隣の椅子でパンを握っていた悠馬が、楽しそうに父親を見上げた。
「おとうしゃん」
「ん?」
「ばかちんが!」
拓海が固まった。
菜摘が静かに味噌汁を飲む。
「ほら」
「……」
「覚えてるじゃない」
「悠馬」
「なぁに?」
「それ、外で言うなよ」
「ばかちんが?」
「そう、それ」
「ばかちんが!」
「繰り返すな!」
悠馬はきゃっきゃと笑った。
菜摘も、口元を隠して笑っている。
拓海は天井を仰いだ。
面接以前に、
既に最大の不安要素は、すくすくと正常駆動していた。
【成城・世田谷合同捜査本部】
─ 相棒という名の幼児教育相談窓口
その日の昼休み。
松本龍平は、自席で偽造旅券事件の残務資料を確認していた。
そこへ……
缶コーヒーを片手にした拓海が、何の遠慮もなく横から入り込んでくる。
「松本」
「何ですか」
「幼稚園の面接って、何聞かれる?」
龍平の指が止まった。
ゆっくりと、
世界で一番温度のない目で、拓海を見る。
「……またですか」
「まただ」
「私は、あなたの家庭専属コンサルタントではありません」
「でも幼稚園選びの時、めちゃくちゃ詳しかったじゃん」
「あなたが聞いたから調べただけです」
「今回も聞いてる」
「断ります」
龍平は画面へ視線を戻した。
拓海は引かない。
「なぁ」
「断ります」
「俺が変なこと言って、悠馬が落ちたらどうすんだよ」
「普通に話せばいいでしょう」
「菜摘も同じこと言った」
「なら問題ありません」
「普通って何?」
龍平は目を閉じた。
少し考え。
再び画面を見る。
「まず、面接中に『バカちんが』と言わなければ、大きな問題は起きないかと」
「お前までそれ言うの!?」
「事実です」
「そこは気をつける!」
「普段から気をつけてください」
「それは無理」
「では諦めてください」
「松本ぉ」
「仕事へ戻ってください」
冷たく拒絶され
拓海は仕方なく自分の席へ戻っていった。
龍平は、再び資料へ目を落とす。
数秒、
キーボードへ手を伸ばす。
検索欄を開く。
そして。
誰にも見られないように、静かに入力した。
”幼稚園 親子面接 質問内容”
その夜。
成城のワンルーム。
机の上にはコンビニ弁当。
その隣には、偽造旅券事件の資料。
さらに隣、
開かれたノートパソコンの画面には、世田谷区内の幼稚園面接に関する情報が並んでいた。
龍平は、極めて真剣な顔で一つずつ確認していく。
面接時の服装。
家庭で大切にしていること。
子どもの長所と短所。
父親の育児参加。
休日の過ごし方。
子どもが問題を起こした場合の対応。
入園後、園へ望むこと。
さらに、
拓海が不用意な発言をする可能性まで想定し、補足項目を追加した。
・回答は簡潔にする
・質問されていない話を始めない
・警察内部の話をしない
・被疑者、逮捕、取り調べ等の単語を多用しない
・語尾へ「バカちんが」を付けない
・マヨネーズに関する独自の食育論を展開しない
午前二時。
龍平は完成した資料を一度読み返した。
「……」
一か所
修正する。
さらに一枚追加する。
そして
静かに印刷ボタンを押した。
翌朝。
合同捜査本部の廊下。
「佐伯さん」
「ん?」
龍平が一冊のファイルを差し出した。
拓海が受け取る。
妙に重い。
「何これ」
「幼稚園面接における想定問答集です」
「……」
「保護者への代表的な質問、悠馬くんへの想定質問、回答時の注意点をまとめました」
拓海は表紙をめくる。
一ページ。
二ページ。
三ページ。
終わらない。
「何ページあんの?」
「二十ページです」
「一晩で?」
「はい」
「はえぇよ、バカちんが!」
龍平は無言で拓海を見る。
「あ」
「……」
「今のは面接じゃないからセーフ」
「先が思いやられますね」
拓海は資料と龍平を交互に見る。
「お前さ」
「何です」
「昨日、断るって言ったよな」
「気が変わりました」
「なんで」
「あなた一人へ任せる方が、悠馬くんの将来に対する危険性が高いと判断しました」
「ひでぇ」
拓海は笑いながら、分厚い資料を抱えた。
「でも、ありがとな」
龍平は答えない。
ただ。
「必ず読んでください」
とだけ言って、自席へ戻っていった。
【東京・ハミルトン日本支社】
─ 観測者からの幼稚園速報
同じ日の夕方。
東京
ハミルトン日本支社。
ジョージ・ラングレーは、椅子へ深く腰掛けたまま、手元のメモを見ていた。
拓海の近況。
佐伯家の様子。
General Logisticsの企業調査。
そして。
新たに追加された項目。
”悠馬・幼稚園面接”
ジョージは少し笑い、イギリスへ国際回線を繋いだ。
数回の呼び出し音。
やがて。
『ジョージ?』
聞き慣れた声が返ってくる。
「ハミルトン様、今、時間いい?」
『構わないよ。タクミに何かあった?』
「いや。事件の方は別にまとめて送る」
『では?』
「悠馬くん」
『うん』
「来週、幼稚園の面接だってさ」
数秒、音が消えた。
ジョージは椅子へ背を預ける。
「……ハミルトン様?」
『ジョージ』
「何」
『面接官は、誰だい』
ジョージは目を閉じた。
「始まったな」
『何が?』
「いや、こっちの話」
『園長と、担当教員の経歴は確認できるかな』
「普通の幼稚園の面接だからね?」
『分かっている』
「分かってる人間の頼み方じゃないんだよ」
『タクミの息子が、初めて社会から評価を受ける場だ』
「幼稚園だよ」
『だからこそだ』
ジョージは額を押さえた。
エドワードの声は、どこまでも真剣だった。
『教育方針は確認した。防犯体制も悪くない。
だが、面接担当者の人間性は資料だけでは分からない』
「何する気?」
『別に』
「エドワード」
『少し調べるだけだよ』
「どの規模で?」
沈黙。
「ハミルトンの情報部門を幼稚園の先生へ向ける気ならやめて」
『そこまでは』
「今、少し考えたよね」
『……』
「考えたな」
エドワードは、小さく息を吐いた。
『では、別案だ』
「聞くだけ聞こう」
『日本支社の近くに、教育施設へ転用できる土地はあるかい』
「ない」
『まだ調べていないだろう』
「答えはない」
『幼稚園を新設する』
「面接、来週だよ」
『……』
「間に合うと思ったの?」
『工期を短縮すれば』
「無理」
『既存の園を』
「買収も駄目」
『まだ買収とは』
「言おうとした」
『……』
ジョージは笑った。
「悠馬くんは、普通の幼稚園で、普通に友達を作りたいんだよ」
『……普通』
「そう。近所の子と遊んで、泥だらけになって、先生に叱られて帰ってくる。そういう場所」
『しかし、タクミの息子だ』
「だから何だよ」
『最善を』
「エドワード」
ジョージは少し声を柔らかくした。
「タクミが知ったら、何て言うと思う?」
沈黙。
二秒。
三秒。
『余計なことすんな、バカちんが』
「正解」
『……』
「なので、何もしない」
『面接官の確認くらいは』
「常識の範囲で」
『分かった』
「本当に?」
『努力する』
「信用ならないなぁ」
エドワードは、受話器の向こうで小さく笑った。
【面接当日・世田谷】
─ 三歳児による父親の内部告発
そして迎えた面接当日。
拓海は、普段より丁寧に整えたスーツ姿で、面接室の椅子へ座っていた。
隣には菜摘。
その間に悠馬。
拓海の膝には、昨夜まで何度も読み返した龍平作成の想定問答集が、
見えない形で完全保存されている。
家庭で大切にしていること。
子どもの長所。
休日の過ごし方。
すべて答えられる。
問題ない。
おそらく。
面接を担当する先生は、穏やかな女性だった。
「悠馬くん」
「はい!」
「今日は来てくれてありがとう」
「はい!」
元気が良い。
拓海は少し安心した。
「悠馬くんの好きな食べ物は何かな?」
悠馬は即答した。
「おにく!」
先生が笑う。
「お肉が好きなのね」
「うん!」
「お野菜も食べられる?」
悠馬は少し考えた。
「……ちょっと!」
菜摘が口元を押さえた。
拓海も笑いそうになる。
「じゃあ、お父さんはどんな人?」
拓海の背筋が伸びた。
悠馬は隣の父親を見る。
にっこり笑う。
「おとうしゃん!」
「うん。お父さんは優しい?」
「うん!」
拓海は胸を撫で下ろした。
よし。
ここまでは完璧だ。
「どんなお父さんかな?」
悠馬は元気よく答えた。
「すぐ、ばかちんが!っていう!」
拓海の顔から血の気が引いた。
先生が瞬きをする。
「……ばかちんが?」
「うん!」
悠馬は嬉しそうに続けた。
「おとうしゃん、けーしゃつ!」
「そうなのね」
「たいほする!」
「すごいね」
「ばかちんが!って!」
「悠馬」
拓海が低い声で止める。
しかし三歳児のログ出力は、もう止まらない。
「おとうしゃん、ちゃりもはやい!」
「悠馬」
「おにく、いっぱいたべる!」
「悠馬」
「まよねーず!」
「もういいぞ、悠馬!」
先生はとうとう吹き出した。
菜摘も肩を震わせている。
拓海だけが、世界の終わりのような顔をしていた。
先生は笑いを収めると、悠馬へ優しく尋ねた。
「悠馬くん、お父さんが大好きなんだね」
悠馬は大きく頷いた。
「だいしゅき!」
拓海は固まった。
隣で、菜摘がそっと笑う。
先生も微笑んだ。
「とてもよく分かりました」
面接は、そのまま和やかに続いた。
拓海は以後、少なくとも悠馬の前では、
「バカちんが」と言うのをなるべく控えようと思った。
龍平の資料は。
別の意味で、十分に役立った。
【佐伯家・帰宅後】
─ 反省会
玄関の扉が閉まった瞬間、
拓海は、その場にしゃがみ込んだ。
「終わった」
菜摘が靴を脱ぎながら笑う。
「何が?」
「全部」
「先生、笑ってたじゃない」
「笑われたんだよ!」
「悠馬のこと、可愛いって思ってくれたのよ」
「俺の普段の言動が全部バレた!」
悠馬は父親の横へしゃがみ込む。
「おとうしゃん」
「何だ」
「ばかちんが!」
「もう言うなあああ!」
リビングから、双子の笑い声まで聞こえてきた。
数日後
幼稚園から封筒が届いた。
菜摘が静かに開く。
拓海は、落ち着きなくその周りを歩いている。
「どう?」
「まだ」
「何て書いてある?」
「今読むから待って」
「悠馬、どうだ?」
「ゆーま、わかんない!」
菜摘は手紙へ目を落とす。
数秒。
そして笑った。
「合格」
拓海は停止した。
「……本当?」
「本当」
「受かった?」
「受かった」
拓海はその場で悠馬を抱き上げた。
「やったな、悠馬!」
「やったー!」
菜摘が笑う。
双子も、意味は分からないまま一緒に手を叩いた。
ただの幼稚園の合格通知。
けれど
佐伯家にとっては。
悠馬が初めて、自分の足で家の外へ踏み出すための、小さくて大切な許可証だった。
【東京・ハミルトン日本支社/ウィルトシャー・ハミルトンホール】
その日の夕方。
ジョージはロンドンへ電話を掛けた。
『ジョージ?』
「悠馬くん、合格したよ」
数秒。
受話器の向こうで、エドワードが静かに息を吐いた。
『そうか』
「うん」
『よかった』
声は平静だった。
だが
ジョージには分かる。
多分、今、
ほんの少しだけ笑っている。
「ちなみに」
『何だい』
「面接で、タクミのことを『すぐ、ばかちんがって言う』と説明したらしい」
沈黙。
そして
エドワードが吹き出した。
『……フフ』
「笑うよな」
『実にタクミの息子らしい』
「本人は落ちたと思って、かなりへこんでたらしいよ」
『そうだろうね』
「新設幼稚園、作らなくて済んでよかったな」
『……』
「まだ少し残念そうにするな」
『良い案だと思ったんだが』
「思ってたのかよ」
『将来的には』
「やめろ」
『まだ何も』
「先に止めとく」
国際回線の向こうで、二人は小さく笑った。
東京とイギリス。
遠く離れた二つの場所から。
一人の三歳児が踏み出した、小さな一歩を。
二人とも自分のことのように喜んでいた。
そしてこの頃
悠馬が面接室で元気よく叫んだ、
「ばかちんが!」
という父親譲りの音声コードが
数年もすれば本人の記憶から完全に消去され
立派な言葉遣いを身につけた未来の悠馬本人から、
「お願いですから、その話はもうやめてください」
と世界で一番冷静な真顔で封印指定されることを、
まだ誰も知らなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




