↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
595/734

第五百三十九話 「解析(デバッグ)とは、提示された正解(データ)を実行する手順ではなく、相棒の曖昧な違和感を一つずつ分解し、正しいはずの証拠が置かれた理由そのものを検証する現象のことである」という話

何気ない昔の設定が今僕の首をギリギリと締めています(´;ω;`)

【合同捜査本部・未明】

─ 正しい証拠


午前四時を少し過ぎていた。

合同捜査本部に残っている人間は、もうほとんどいない。

蛍光灯は半分ほど落とされ、並んだ机の上に、白い光と深い影が交互に伸びている。


松本龍平は、自席に広げた資料を一枚ずつ確認していた。

偽造旅券組織から押収された帳簿。

関連会社の登記情報。

海外送金記録。

入管データ。


港湾会社から取り寄せた搬入履歴。

一見、無関係に見えていた資料が、今は一本の線として繋がり始めている。


中心にあるのは、ひとつの物流会社だった。


”General Logistics Corporation”


表向きは、ごく普通の国際物流企業。


倉庫。

航空貨物。

海運。

通関。

各国に小規模な関連会社を持ち、複数の企業の輸送を請け負っている。


だが、偽造旅券組織が利用していたダミー会社の送金先を遡ると、

幾つもの会社を経由した末に、General Logisticsの関連企業へ辿り着く。


さらに、入管データから消された人物の移動時期と、同社が扱った貨物の出港日が重なっていた。


一度や二度ではない。

複数。

偶然では説明できない数だった。


龍平は画面をスクロールする。


一件。

二件。

三件。


同じ時期。

同じ港。

同じ関連会社。


そして、母・松本薫の記録が不自然に途切れた時期にも、同じ会社が関わっている。


指先が止まる。


「……見つけた。」


誰に聞かせるでもなく、龍平は小さく呟いた。


証拠はある。

数字も合う。

時系列も矛盾しない。

これまで断片だったものが、ひとつの答えへ収束している。


この会社を追えば。


母親がどこへ消えたのか。

なぜ死亡扱いにされたのか。

誰が記録を書き換えたのか。


”その真実へ近付ける”。


龍平は資料を閉じ、椅子から立ち上がろうとした。


その時。

背後で、缶が開く音がした。


プシュッ。


「松本。」


聞き慣れた声だった。


龍平は振り返る。

佐伯拓海が、缶コーヒーを片手に立っていた。


いつからそこにいたのか分からない。

ネクタイは少し緩み、髪も若干乱れている。


だが、目だけは眠そうではなかった。

真っ直ぐに。

龍平ではなく、机の上の資料を見ている。


「何ですか。」


「なんか見つけた?」


龍平は一瞬だけ迷った。


「……ええ。」


「恐らく。」


拓海は近寄り、資料の束へ視線を落とした。


「これ?」


「はい。」


龍平は画面を拓海へ向ける。


「偽造旅券組織の資金は、複数のダミー会社を経由し、General Logisticsの関連企業へ流れています。」


「入管記録から消された人物の移動時期と、同社の輸送記録も一致しています。」


「母のデータが消えた時期も同じです。」


拓海は黙って画面を見る。

数字の意味を、どこまで理解しているのかは分からない。


それでも数秒。

じっと見た。


やがて。


「……嫌な匂いがする。」


龍平の眉が僅かに動いた。


「どこにです。」


拓海は答えない。

缶コーヒーを一口飲む。


「佐伯さん。」


「ん?」


「今の発言の根拠を聞いています。」


「根拠?」


「この資料のどこに違和感があるのです。」


拓海は困ったように眉を寄せた。


「分かんねぇ。」


「……。」


「でも。」


「なんか嫌だ。」


龍平は静かに息を吐いた。


「それでは検証できません。」


「知ってる。」


「では。」


「だから考えてんだろ。」


拓海は空いていた椅子を引き、龍平の机の横へ座った。

そして資料を一枚ずつ眺め始める。

龍平も座り直した。


「順番に確認します。」


「おう。」


「証拠そのものに違和感がありますか。」


「証拠?」


「送金記録や輸送記録が、偽造されているように見えるかという質問です。」


拓海は画面を見た。


「いや。」


少し考える。


「多分、本物。」


「なぜそう思います。」


「知らん。」


「……。」


「でも、嘘ついてる感じじゃねぇ。」


「資料が嘘をつく顔でもしているんですか。」


「顔はねぇけど。」


拓海は真顔で返した。

龍平は一瞬、目を閉じた。


「質問を変えます。」


「おう。」


「内容が正しいと仮定します。」


「うん。」


「その場合、何がおかしいのです。」


拓海は机へ肘をつき、資料を見下ろした。


「……早い。」


「何がです。」


「見つかるのが。」


龍平の指先が止まる。


「詳しく。」


「昨日まで。」


拓海は資料を指で叩く。


「全然繋がってなかっただろ。」


「はい。」


「母ちゃんの記録も。」


「……ええ。」


「偽造旅券も。」


「金の流れも。」


「バラバラだった。」


「その通りです。」


「なのに。」


拓海は画面上の企業名を指す。


「こいつが出てきたら。」


「全部繋がった。」


龍平は黙った。


それは当然だと思っていた。

ひとつの中核企業が見つかった。

だから断片が繋がった。

捜査とはそういうものだ。


「それは、この会社が組織の中核だからでは。」


「かもな。」


「なら問題はありません。」


「うん。」


拓海は頷く。


「でも。」


「何です。」


「繋がりすぎ。」


龍平は視線を細める。


「繋がりすぎている。」


「うん。」


「もう少し具体的に。」


「なんつーか。」


拓海は頭を掻いた。


「道が真っ直ぐすぎる。」


「道。」


「ここ見ろ、って感じ。」


龍平は資料へ目を落とした。


送金記録。

輸送記録。

入管データ。

関連会社。


確かに。

一度General Logisticsという名前へ辿り着けば、関連する資料は芋づる式に繋がる。


だが、それ自体は不自然ではない。

むしろ中核へ近付いた証拠だ。


「どのような状態なら、違和感がないのです。」


龍平は尋ねた。

拓海は少し驚いたように顔を上げる。


「何。」


「あなたは、現在の資料の揃い方に違和感を覚えている。」


「うん。」


「では、どのような揃い方なら自然だと思いますか。」


拓海は黙る。


龍平は待った。


急かさない。

この男は言語化が得意ではない。


だが、引っ掛かった場所には理由がある。


その理由を、刑事の言葉へ変えるのが自分の役目だった。


拓海はしばらく画面を見ていた。


やがて。


「もっと。」


「はい。」


「汚いはず。」


龍平の視線が僅かに動く。


「汚い、とは。」


「間違ってるとか。」


「抜けてるとか。」


「別の会社が混ざってるとか。」


「途中で一回、違う方向に行くとか。」


拓海は資料の束を指でなぞる。


「こんな。」


「一個見つけたら。」


「全部正解です、みたいになるか?」


「……。」


「悪い奴らって。」


「もうちょっと。」


「面倒じゃね?」


龍平は、すぐには答えなかった。


偽造旅券組織は、幹部を切り捨てた。

資金経路も何重にも分断されていた。

行政データへ手を入れるほど慎重な組織だ。


その組織の中枢へ続く証拠が。

たったひとつの会社名を起点として、これほど美しく繋がる。


確かに不自然だった。


「……証拠が、正しすぎる。」


龍平が呟く。


拓海が顔を上げた。


「それ。」


「何です。」


「それが嫌。」


龍平は資料へ視線を戻した。


「証拠の内容が誤っているのではない。」


「うん。」


「しかし、隠蔽を続けてきた組織の証拠としては、発見後の導線が整理されすぎている。」


「うん。」


「まるで。」


言葉が止まる。

拓海が続けた。


「誰かが。」


「俺らが迷わねぇように。」


「並べてくれたみたい。」


合同捜査本部が静まり返る。


遠くで、コピー機の待機音が小さく鳴った。

龍平は、送金記録を開く。


次に、輸送履歴。


入管データ。

企業登記。

見る場所を変える。


書かれている内容ではない。


この資料が、どこから来たのか。

誰が保管していたのか。

誰の照会で出てきたのか。

いつデータベースへ登録されたのか。

龍平はキーボードを叩き始める。


拓海が隣から覗き込む。


「何見てんの。」


「資料の入手経路です。」


「中身じゃなく?」


「ええ。」


龍平は画面を切り替える。


「送金記録は、押収された端末から復元されたものです。」


「おう。」


「しかし、復元処理が完了したのは三日前。」


「うん。」


「General Logisticsの関連会社に該当する箇所だけが、他のファイルより先に復元されている。」


拓海の顔から、僅かに表情が消えた。


「なんで。」


「分かりません。」


「復元順序を指定した記録はありません。」


龍平は別の画面を開く。


「輸送記録は、港湾会社への正式照会で得たものです。」


「普通だな。」


「ええ。」


「ですが。」


龍平は日付を指した。


「この記録だけ、元の保管部署が異なる。」


「どう違う。」


「通常、五年以上前の記録は外部倉庫へ移管されます。」


「しかし、該当する数件だけが本社サーバーに残されていた。」


拓海は黙った。


「誰かが残した?」


「可能性はあります。」


「消し忘れ?」


「その可能性もあります。」


「でも。」


拓海が資料を見る。


「都合よく。」


「そこだけ?」


「……ええ。」


龍平は続けて、入管データの履歴を開いた。


「母の記録に関しては、改ざんされた痕跡そのものが残っていた。」


「普通、消すなら全部消すよな。」


「はい。」


「なのに。」


「消しました、って分かるように残ってる。」


「……。」


「お前に気付かせるため?」


龍平の指が止まった。


それは。


考えないようにしていた可能性だった。


母親の記録。

消された写真。

白い封筒。


『真実を知りたくないか。』


そして。


都合よく繋がり始めた証拠。


すべてが。

自分を動かすためのものだとしたら。

龍平はゆっくり椅子へ背を預けた。


「……証拠は本物です。」


拓海は何も言わない。


「少なくとも、記録そのものに偽造の形跡はない。」


「うん。」


「ですが。」


龍平は画面上のGeneral Logisticsを見つめる。


「この証拠が、今、この順番で、私の前に現れたことには。」


「明確な意図がある。」


拓海が缶コーヒーを机へ置いた。


「誰かが。」


「松本に。」


「ここ来い、って言ってる。」


「……ええ。」


「じゃあ。」


拓海は龍平を見る。


「行くの。」


龍平は答えなかった。


行く。

そのつもりだった。


今も、その考えは変わっていない。


証拠が置かれたものだとしても。

その先に、母親の真実がある可能性は消えない。


むしろ。


自分を誘導しようとしている者がいるなら。

誘導の先には、必ず意図がある。


それを暴く”必要”がある。


「調べます。」


龍平は静かに言った。


「行くんだ。」


「ええ。」


「罠でも?」


「罠だからこそです。」


拓海は少しだけ眉を寄せた。

龍平は資料を閉じる。


「ただし。」


「ただし?」


「これまでのように、証拠だけを追うつもりはありません。」


「……。」


「あなたの違和感も。」


龍平は拓海を見る。


「検証対象へ加えます。」


拓海は数秒、黙った。


それから。

少しだけ笑う。


「俺も行く。」


「断ります。」


「なんでだよ。」


「まだ、私個人の問題です。」


「もう違うだろ。」


「……。」


「誰かが。」


拓海は机の資料を指で叩く。


「俺らを動かそうとしてんだろ。」


龍平は答えない。


「なら。」


「俺も。」


「もう巻き込まれてる。」


静かな声だった。


冗談もいつもの「バカ」もない。


龍平は拓海の目を見る。


真っ直ぐで嘘がない。


本当に。


”腹立たしいほど”。


「……分かりました。」


「おう。」


「ですが。」


「何。」


「勝手な行動はしないでください。」


「努力する。」


「約束してください。」


「無理。」


「佐伯さん。」


「大丈夫だって。」


「大丈夫ではありません。」


未明の合同捜査本部。

誰もいない机の間で、

二人の声だけが、小さく響いた。


証拠は本物だった。


だが。

真実ではなかった。


正確には。


”真実へ続くように並べられた、正しい証拠”だった。


松本龍平は。


ヴィクターの撒いた餌へ、確かに食い付いている。


今も釣り針は外れていない。


だが。

その糸を手繰る龍平の隣に。


証拠ではなく、人の匂いだけを追う大型犬が並んだ。


ヴィクターの予定調和へ。


まだ誰にも見えない小さなノイズが。


この瞬間初めて混入したのだった。


【General Logistics・地下機密セクタ】

─ 計算外


地下。

静かな機械音だけが響いている。


巨大なモニターには、合同捜査本部の映像。


龍平。

拓海。


二人の姿が並んで映し出されていた。


部下が静かに報告する。


「管理者。」


「松本龍平。」


「General Logisticsへの調査を継続。」


「予定通りです。」


ヴィクターは頷く。


「そうか。」


「問題ありません。」


部下は続ける。


「ただ。」


「一点だけ。」


ヴィクターの視線が止まる。


「佐伯拓海です。」


「……。」


「松本龍平は、一度調査を止めました。」


「理由は。」


「佐伯拓海が。」


「『嫌な匂いがする』」


「そう発言したためです。」


部屋が静かになる。

ヴィクターは画面を見つめたまま動かない。


「……。」


数秒。


やがて。


「なるほど。」


小さく呟いた。


「松本龍平。」


「証拠は信じる。」


「だが。」


「佐伯拓海の違和感だけは。」


「無視しない。」


部下。


「予定を変更しますか。」


ヴィクターは首を振った。


「いや。」


「変更する必要はない。」


「結局。」


「松本龍平は。」


「こちらの用意した道を歩く。」


「……。」


「多少。」


「慎重になるだけだ。」


部下は頷く。


「承知しました。」


ヴィクターはモニターを見る。


龍平。

拓海。


「だが。」


「覚えておこう。」


「佐伯拓海。」


「……。」


「面倒な男だ。」


【東京・ハミルトン日本支社】


同じ頃。

ジョージ・ラングレーは資料を閉じた。


General Logistics。


物流。

港湾。

航空。


数字は美しい。

美しすぎる。


秘書が尋ねる。


「何か分かりましたか。」


ジョージは小さく首を振る。


「いいえ。」


「ですが。」


「確信しました。」


「?」


「この会社は。」


「隠している。」


「利益ではありません。」


「存在そのものを。」


静かな沈黙。


ジョージは携帯電話を手に取る。


ロンドン・ハミルトン本社。


数回のコール音。


「ジョージ。」


「はい。」


「General Logistics。」


「やはり普通ではありません。」


「理由は。」


「企業として。」


「完成しすぎています。」


「……。」


受話器の向こうで。

エドワードは静かに息を吐いた。


「タクミは。」


「まだ気付いていません。」


「松本刑事は。」


「気付き始めています。」


「ですが。」


ジョージは窓の外を見る。


「一番厄介なのは。」


「佐伯拓海です。」


「?」


「彼は。」


「理由を持っていません。」


「だから。」


「予測できません。」


受話器の向こうが静かになる。


エドワードはゆっくり呟いた。


「……そうだ。」


「昔から。」


「タクミは。」


「論理ではなく。」


「勘で。」


「最短距離を歩いてしまう。」


ジョージは少し笑う。


「今回も。」


「そうなる気がします。」


【エンドログ】


地下。


ヴィクター。


ロンドン。


エドワード。


東京。


ジョージ。


極東。


拓海と龍平。


誰もまだ真実には届いていない。


だが。


それぞれが違う入口から。

同じ扉へ近付き始めていた。


そして。


その扉を最初に開けるのが誰なのか。

まだ誰にも分からなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。