第五百三十六話 「捕獲(クラッキング)とは、牙を剥いて標的を追い詰めることではなく、「知りたい」という感情そのものを餌として撒き、自ら深淵へ歩かせる現象のことである」という話
むずかしい・・・(。-`ω-)
【General Logistics・機密セクタ】── 餌
地下深く。
窓一つない部屋。
壁一面に並ぶ巨大なモニターだけが、冷たい青白い光を静かに放っていた。
そこには、日本各地の港湾、高速道路、空港、物流倉庫、海外支社、送金記録。
世界中を巡る物流網が、一枚の巨大な盤面のように映し出されている。
その中央。
深夜の成城。
一人の男が静かに歩いていた。
松本龍平。
胸ポケットには、一通の白い封筒。
部下が報告する。
「管理者。」
「対象が動き始めました。」
ヴィクターは画面から視線を外さない。
「そうか。」
「食い付きました。」
「予定通りです。」
「警察組織への報告。」
「なし。」
「佐伯拓海への相談。」
「なし。」
「完全な単独行動です。」
ヴィクターは静かに頷いた。
「焦る必要はない。」
「人間は。」
「知りたい真実ほど、自分の足で近付いてくる。」
「こちらが追う必要はない。」
「餌だけ撒けばいい。」
部下は一瞬だけ首を傾げた。
「……管理者。」
「本物の資料を使うのですか。」
「偽造ではなく。」
ヴィクターは小さく笑う。
「偽物は疑われる。」
「だが、本物は疑われない。」
「人間は、自ら苦労して裏付けた情報ほど、絶対に正しいと信じる。」
画面が切り替わる。
二十年前。
既に清算された物流会社。
港湾会社。
ペーパーカンパニー。
その全てに赤い文字。
【清算済】
ヴィクターは一本の線を指先でなぞった。
「これは枝だ。」
「既に役目を終えた。」
「切られても構わない。」
さらに指は現在へ伸びる。
世界中へ張り巡らされた無数の物流網。
港。
倉庫。
航空会社。
送金ルート。
「守るべきは。」
「こちらだ。」
「一本の枝を差し出せば。」
「警察は枝を切った達成感で満足する。」
「事件は終わった。」
「そう思い込む。」
「その間に。」
「幹は生き続ける。」
部下は静かに息を呑んだ。
「つまり。」
「松本龍平には。」
「過去だけを見せる。」
「ああ。」
ヴィクターは迷いなく答えた。
「二十年前の真実は渡して構わない。」
「だが。」
「現在だけは渡さない。」
「それが誘導だ。」
その時だった。
画面が一枚切り替わる。
合同捜査本部。
缶コーヒーを片手に歩く佐伯拓海。
部下が口を開く。
「管理者。」
「佐伯拓海については。」
「依然、有効な証拠は一切ありません。」
「我々への接点も確認されておりません。」
ヴィクターは静かに首を横へ振った。
「違う。」
その一言だけで空気が変わる。
「問題は。」
「証拠ではない。」
「彼は。」
「証拠だけで判断しない。」
部下は理解できず黙り込む。
ヴィクターは拓海の映る画面を見つめ続けた。
「証拠は作れる。」
「履歴も作れる。」
「会社も作れる。」
「事件すら作れる。」
「だが。」
「人間だけは。」
「設計できない。」
数秒の沈黙。
「彼は。」
「人を見る。」
「だから。」
「こちらがどれだけ盤面を整えても。」
「予定通りには動かない。」
「世界で最も管理しづらい。」
「イレギュラーだ。」
部下は静かに尋ねる。
「危険なのでしょうか。」
ヴィクターは小さく笑った。
「危険ではない。」
「面倒だ。」
「非常に。」
部下は端末へ新たな命令を入力する。
「では。」
「第二段階へ。」
「松本龍平をさらに誘導します。」
「ああ。」
「彼は。」
「必ず自分の意思で歩く。」
「だから。」
「誰にも止められない。」
「佐伯拓海とは。」
「まだ交わらせるな。」
「二人が情報を共有した瞬間。」
ヴィクターは画面に映る二人の刑事を見つめた。
「こちらの盤面が。」
「崩れ始める。」
部下は静かに頷く。
「承知しました。」
ヴィクターは最後に、三枚のモニターを順に見た。
一枚目。
単独で真実を追う松本龍平。
二枚目。
違和感だけを抱え始めた佐伯拓海。
三枚目。
世界中へ広がるGeneral Logistics。
「まだ。」
「三人とも。」
「別々の場所を見ている。」
「だから。」
「盤面は。」
「こちらのものだ。」
地下室は再び静寂に包まれた。
巨大なモニターには。
夜の街を歩く松本龍平の背中だけが、静かに映り続けていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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