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第五百三十五話 「勘(クラッキング)とは証拠を追って真実へ辿り着くことではなく、野生の大型犬が『何か隠している』という違和感だけで秀才が封じた最奥のディレクトリを開いてしまう現象のことである」という話

サスペンス的なものが苦手すぎてどう進めたらいいのかわからない(´;ω;`)

【世田谷署・合同捜査本部】── 野生の違和感


松本龍平が、誰にも知られることなく「松本龍平個人」として動き始めてから数日。

合同捜査本部には、いつも通りの時間が流れていた。


電話が鳴る。

コピー機が動く。

刑事たちの怒号。


事件は終わっていない。

それでも現場は、いつも通り忙しい。


その中で。

松本龍平だけは、何一つ変わらなかった。


朝、一番に出勤する。

報告書をまとめる。

現場へ向かう。

帰署する。

残業する。

帰宅する。


すべていつも通り。

仕事だけを見れば、一ミリの乱れもない。


だから誰も気付かない。


いや。

気付けない。


だが。


一人だけ。

何故か足を止める男がいた。


「……松本。」


昼休み。

缶コーヒーを片手に持った拓海が、龍平の机の前で立ち止まった。


龍平は書類から目を上げる。


「何でしょう。」


拓海は返事をしない。


ただ。

じっと龍平の顔を見る。


その視線が長い。


五秒。

六秒。

七秒。


「……佐伯さん?」


ようやく拓海が口を開く。


「最近。」


「寝てねぇだろ。」


龍平は一瞬だけ瞬きをした。


だが。

表情は崩さない。


「寝ています。」


「嘘だ。」


即答だった。


「毎日六時間ほど睡眠を取っています。」


「違う。」


「寝てない。」


「……。」


龍平は静かに書類へ視線を戻した。


「根拠は。」


拓海は肩をすくめる。


「ない。」


「……。」


「でも。」


「寝てない。」


「……。」


「あと。」


「飯も食ってねぇ。」


「食べています。」


「嘘。」


「……。」


「なんか隠してる。」


龍平は初めて手を止めた。


「ありません。」


「ある。」


たった二文字。

それだけ。


証拠はない。

質問もない。

尋問でもない。


ただ。


「ある。」


その一言だけが。

龍平の胸の奥へ静かに刺さった。


【秀才の違和感】


(何故だ。)


龍平は冷静に考える。

睡眠時間は減っている。

しかし勤務に影響は出していない。

私的行動は監視されていない。

報告書も完璧。

単独行動も誰にも見られていない。


写真も封筒も。

自宅の引き出しにある。


証拠は。

ゼロ。


それなのに。


(何故。)


(この男だけは。)


(気付く。)


龍平は小さく息を吐く。


「佐伯さん。」


「考え過ぎです。」


「そうか。」


拓海はそれ以上追及しない。


「悪い。」


「仕事戻るわ。」


缶コーヒーを持って歩き出す。


いつも通り。

本当に。

いつも通りだった。


龍平はその背中を見送る。


(……終わった。)


(勘付かれた。)


理屈では説明できない。


証拠もない。

それでも。

あの男は、一番知られたくない場所だけを

何故か見つける。


二年。


一緒に事件を追ってきて。

龍平は知っていた。


佐伯拓海という男は…


推理は苦手だ。

論理も雑だ。


だが。

人だけは、異常なほど見ている。


その違和感だけは。

決して外さない。


だからこそ。

一番厄介だった。


【誰もいない廊下】


拓海は缶コーヒーを飲みながら歩く。


「……。」


足を止める。


「なんだろ。」


小さく首を傾げる。


「なんか。」


「嫌なんだよな。」


理由はない。

証拠もない。


龍平は笑っていた。

仕事もしていた。

何も変わらない。


それでも。

胸の奥だけが落ち着かない。


「……。」


「松本。」


「何隠してんだ。」


その呟きだけが。

静かな廊下へ消えていった。


【どこか】── 管理者の監査


暗い部屋だった。

窓はない。

壁一面に並ぶモニターだけが、青白い光を静かに放っている。


その一枚。


日本。

合同捜査本部。

缶コーヒーを片手に歩いていく佐伯拓海。


その背中を、一人の男が無言で眺めていた。

部下が静かに報告する。


「管理者。」


「松本龍平への揺さぶりは成功しました。」


男は答えない。


「現在も単独で動いています。」


「予定通りです。」


沈黙。


画面の中では。

拓海が立ち止まり、振り返る。


何かを探すように。

周囲を見渡している。

部下が少しだけ首を傾げた。


「……?」


「どうしました。」


男は初めて口を開いた。


「今の。」


「見たか。」


「はい。」


「佐伯拓海です。」


「違う。」


「……?」


「"勘付いた"。」


部屋の空気が少しだけ変わる。

部下は画面を見直した。


だが。

何もない。


会話も。

証拠も。

監視カメラも。


何一つ異常は映っていない。


「……管理者。」


「何を根拠に。」


男は静かに画面へ視線を向けたまま答えた。


「根拠はない。」


「だから厄介だ。」


【野生】


「人には二種類いる。」


ヴィクターは淡々と話し始める。


「証拠を積み上げて辿り着く者。」


「違和感だけで辿り着く者。」


「前者は対策出来る。」


「証拠を消せばいい。」


「だが。」


「後者は違う。」


モニターには。


去っていく拓海。

その背中だけが映っている。


「何も無くても。」


「来る。」


「だから。」


「一番面倒だ。」


部下が尋ねる。


「佐伯拓海。」


「そこまで危険ですか。」


ヴィクターは小さく笑った。


「危険ではない。」


「面倒だ。」


「非常に。」


【変更】


部下は端末を操作する。


「では。」


「計画を前倒しに。」


「いや。」


ヴィクターは首を横へ振る。


「まだ早い。」


「松本龍平は。」


「今、一人で動いている。」


「その状態を維持させろ。」


「佐伯拓海と。」


「情報を共有させるな。」


「はい。」


「二人が。」


「再び一つになれば。」


「こちらが不利になる。」


「だから。」


「今は。」


「離したままでいい。」


【最初の命令】


ヴィクターは静かに立ち上がる。


窓もない部屋。

モニターの光だけが顔を照らしていた。


「General Logistics。」


「極東管理部。」


「第一段階を終了。」


「第二段階へ移行する。」


部下は姿勢を正す。


「対象は。」


ヴィクターは少しだけ考えた。


「まだ。」


「佐伯ではない。」


「……。」


「松本龍平だ。」


「彼を。」


「もっと孤立させろ。」


「はい。」


「そして。」


「佐伯拓海。」


「……。」


「必要なら。」


「消せ。」


部屋が静まり返る。


その一言だけで全員が動き始めた。


【エンドログ】


同じ頃。


世田谷署。

拓海は缶コーヒーを飲み干し、小さく首を傾げていた。


「……。」


「やっぱ変だ。」


証拠はない。

理由もない。


ただ。

胸の奥が騒ぐ。


その違和感だけが。

まだ誰も知らない巨大な事件へと、静かにつながっていた。


一方その頃。


龍平は誰にも気付かれないように、自宅の机の引き出しを開ける。


白い封筒。

古い写真。


そして。


裏に書かれた一行。


─真実を知りたくないか。


龍平は静かに目を閉じた。

その瞬間。


日本でも。

ロンドンでもない。

どこか暗い部屋で。

一人の男が小さく呟く。


「始めよう。」


世界はまだ。

その名前すら知らない。


ヴィクター。


その男との戦いが、ここから静かに幕を開けるのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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