第五百三十四話 「家族団欒(ディレクトリ)とは、親友が守る日常へ相棒が先にログインしたことを知った西欧の魔王が、嫉妬(バグ)を起動し、本日三本目の万年筆を大爆破する現象のことである」という話
エドワード
シコワタシノセキシコワタシノセキソコワタシノセキイイイイイィィィィィィィィィィ
【ロンドン・ハミルトンホール】── 観測者からの定期報告
深夜。
イギリス。
ハミルトンホール当主執務室。
重厚な静寂の中、エドワード・ハミルトンは山積みになった決裁書類へ淡々とペンを走らせていた。
数兆ポンド規模の案件も。
各国支社の事業報告も。
新規投資案件も。
そのすべてを、一切の迷いなく処理していく。
そんな執務室へ、一本の国際回線が接続された。
『ハミルトン様。』
「ジョージか。」
『はい。』
「定期報告だね。」
『はい。』
エドワードはペンを止めることなく尋ねた。
「……タクミは元気かい。」
『はい。』
『相変わらず通常運転です。』
その一言だけで、ほんの少しだけ口元が緩む。
「そうか。」
「なら良かった。」
ジョージは資料を一枚めくった。
『それと。』
『一点、ご報告があります。』
「何だい。」
『先日。』
『松本刑事が佐伯家へ招待されたそうです。』
……
…………
………………。
ペン先が止まった。
執務室から音が消える。
ジョージは構わず続ける。
『菜摘さんの手料理をご馳走になり。』
『悠馬くんと遊び。』
『凛ちゃん、蘭ちゃんも抱っこされたそうです。』
「…………。」
完全停止。
ジョージは静かに心の中で呟いた。
(始まった。)
「ジョージ。」
『はい。』
「確認なんだが。」
『はい。』
「マツモトという男は。」
「タクミの隣で仕事をしている。」
『はい。』
「周囲からは。」
「バディ。」
「そう呼ばれている。」
『その通りです。』
「そして。」
「休日には。」
「佐伯家へ招待された。」
『はい。』
「妻の手料理を食べ。」
『はい。』
「子供達と遊んだ。」
『はい。』
長い沈黙。
エドワードはゆっくりと目を閉じた。
「……マツモト。」
「君は。」
「タクミの隣に座り。」
「バディと呼ばれるだけでは。」
「足りないというのか。」
ギギギギギギギギ……
──パキィィン!!
本日一本目。
万年筆、大破。
ジョージは静かにメモへ書き込む。
(一本目。)
エドワードはまだ止まらない。
「……。」
「家族団欒にまで。」
「ログインしたというのか。」
ギギギギギギギギギ……!!
──パキィィン!!
二本目。
ジョージ。
(今日は早い。)
ジョージは、ここで余計な一言を付け加えた。
『ちなみに。』
「?」
『悠馬くんが。』
『"はじめまちて、おじちゃん"』
と、ご挨拶されたそうですよ。』
「………………。」
ロンドンの空気が止まる。
数秒。
いや。
十数秒。
エドワードは静かに窓の外を見つめた。
そして。
世界で一番真顔で呟く。
「……マツモト。」
「そこは。」
「私の席だ。」
ジョージ。
(違います。)
「ジョージ。」
『はい。』
「マツモトは。」
「独身だったね。」
『はい。』
「家賃数万円のワンルーム暮らしです。」
「食事はカロリーメイトが主力だそうで。」
「……。」
「そうか。」
「それだけ確認したかった。」
ジョージ。
(絶対違います。)
少しだけ沈黙が流れる。
やがてエドワードは小さくため息を吐いた。
「……。」
「やはり。」
「タクミは。」
「日本へ置いておくには。」
「自由すぎる。」
『否定できません。』
「あいつは。」
「放っておけば。」
「誰とでも友達になる。」
『そういう人ですから。』
「……。」
「やはり。」
「早急にイギリスへ来てもらおう。」
『またですか。』
「今度こそ。」
「絶対に。」
「でっかい鎖を付ける。」
『……比喩ですよね?』
エドワードは答えない。
沈黙。
五秒。
六秒。
七秒。
「……。」
「比喩だ。」
『今、考えましたよね。』
「考えていない。」
『ではその間は何です。』
「鎖の材質を。」
『考えてたじゃないですか。』
「……。」
「失言だった。」
ジョージは静かに受話器から顔を離した。
(重症ですね。)
【エンドログ】
通信が切れる。
静まり返った執務室。
机の上には。
二本の万年筆だった残骸。
エドワードは新しい一本を手に取る。
窓の外ではロンドンの雨が静かに降っていた。
「……。」
「困ったものだ。」
小さく笑う。
「タクミ。」
「君は。」
「放っておけば。」
「誰とでも友達になる。」
「だから私は。」
「放っておけないんだ。」
その瞬間。
パキッ。
本日三本目。
万年筆が静かに真っ二つになった。
その頃、日本では。
何も知らない大型犬が。
「松本ー! また今度うち来いよー!^^」
と、1200%最高出力の笑顔で相棒へ手を振っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




