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第五百三十三話 「解析(デバッグ)とは、提示された挑発を処理する手順のことではなく、秀才が理性の奥へ押し込めた怒りと向き合い、自ら封じた過去へ静かに踏み込んでしまう現象のことである」という話

最後の事件が動き始めるやつ。

てかなかなかうまくかけないいいい(´;ω;`)

【成城警察署・刑事課】── ゼロ・パケットの解析


翌朝。

成城警察署刑事課。


松本龍平は、自席に座ったまま昨夜届いた白い封筒を静かに見つめていた。

机の引き出しの奥。

誰にも見えない場所。

そこに封筒と、一枚の古い写真が収められている。


まだ誰にも報告していない。

報告すべき案件だということくらい、誰より自分が理解していた。


警察官としての初動。

鑑識。

指紋採取。

筆跡鑑定。

監視カメラの確認。

本来なら、何一つ迷う必要はない。


龍平は封筒を取り出し、改めて観察する。


量産品。

特徴なし。

便箋も市販品。

特殊な紙質ではない。

付着物なし。

指紋なし。

消印なし。


「……。」


完璧だった。

証拠を残さないために作られたような、あまりにも綺麗な挑発。

龍平は静かに目を閉じる。

胸の奥に湧き上がる感情を押さえ込む。


怒りだった。

刑事である自分の住所を把握し。

自宅へ直接封筒を投函し。

証拠を一切残さず。

たった一枚の写真だけで人間を揺さぶる。


あまりにも露骨だった。

あまりにも舐めている。


「……。」


龍平は机の下で拳を握る。


「完全に。」


「こちらを試していますね。」


低く呟く。

怒っていた。


だが。

怒り以上に腹立たしかったのは。

その挑発が。

効いてしまっていることだった。


【一枚の写真】


再び写真を取り出す。


若い母、松本薫。

自分の知る母親ではない。


笑っている。

そんな顔を、自分は知らない。


「……。」


裏返す。

そこにある文字は変わらない。


─真実を知りたくないか。


龍平は小さく笑った。

もちろん嘲笑だった。


「くだらない。」


「こんなものに。」


「乗るつもりはありません。」


誰もいない机。

返事はない。


数秒。

写真を見つめ続ける。

やがて小さく息を吐いた。


「……確認するだけです。」


「それで終わります。」


その言葉は。

誰かへ向けたものではなかった。

自分自身への”言い訳”だった。


【松本龍平、個人】


昼休み。

龍平は静かに席を立つ。


合同捜査本部へ報告することもできた。

佐伯拓海へ相談することもできた。

上司へ提出することも。

全部、正しい。

全部、警察官としての正解だった。


それでも。

足は止まらない。


「……。」


警察手帳を胸ポケットへしまう。


「これは。」


「私個人の問題です。」


そう言い聞かせる。

だから報告しない。

だから巻き込まない。


だから。

一人で終わらせる。


その判断が、最も危険であることを。

松本龍平自身だけが、まだ気付いていなかった。


【どこか】


暗い部屋。

無数のモニター。


その一つに、成城署から出てくる龍平の姿が映っている。

部下が静かに口を開く。


「ヴィクター。」


「動きました。」


男は画面から目を離さない。


「……そうか。」


「予定通りです。」


沈黙。

やがて男は静かに言った。


「人は。」


「知りたいものほど。」


「自ら近付いてくる。」


「待て。」


「それでいい。」


画面には。

一人で歩き始めた龍平の後ろ姿だけが映っていた。


【合同捜査本部】


その頃。

拓海は缶コーヒーを二本持って戻ってきた。


「あれ?」


松本の席を見る。


空。


「どこ行った?」


近くの刑事が顔を上げる。


「さあ。」


「一人で出ましたよ。」


「一人?」


拓海は少しだけ眉をひそめた。


「珍しいな。」


缶コーヒーを机へ置く。


何となく。

理由はない。

証拠もない。

それでも。

胸の奥がざわついた。


「……。」


「なんか。」


「嫌な予感すんな。」


その違和感だけが。

まだ誰も気付いていない、本当の事件の始まりを静かに告げていた。


【ハミルトン日本支社・臨時調査室】── 点と点


同じ頃、都内。

ハミルトン日本支社。


執務室の一角に設けられた臨時調査室では、ジョージが一人、静かに資料へ目を通していた。

机の上に並ぶのは警察資料ではない。


新聞記事。

企業登記。

海外法人の公開情報。

港湾物流会社の決算報告。


そして、英国本部から取り寄せた古い内部資料。

一見すると、どれも無関係。


しかし。

ジョージは、その「無関係」を並べることが仕事だった。


「……。」


一枚ずつ、静かに、確実に。

線を引いていく。


偽造旅券。

人身売買。

港湾。

物流会社。

海外送金。


「ここまでは……。」


小さく呟く。


「読めます。」


だが。


その先だけが、突然消える。

資金の流れが。


組織図が。

まるで誰かに切り取られたように。


「……。」


ジョージは新しい資料を開いた。


海外法人一覧。

その中の一社へ視線が止まる。


General Logistics Corporation


聞いたことのない会社。

規模も決して大きくはない。


しかし。

その名前だけが、あまりにも多くの資料へ薄く薄く現れていた。


港湾。

倉庫。

輸送。

輸出。


どこにでもある。

だからこそ。

逆に目立たない。


「……なるほど。」


ジョージは眼鏡を外し、小さく息を吐いた。


「随分と。」


「上手に隠れていますね。」


資料を閉じる。

まだ断定は出来ない。

証拠もない。


今エドワードへ報告しても、


「可能性があります。」


としか言えない。

それでは足りない。

ジョージは窓の外へ目を向けた。


東京の夜景。

静かな街の灯り。


「もう一つ。」


「あと一つだけ。」


「何かが繋がれば……。」


その時だった。

デスクの端に置かれた携帯電話が、小さく震えた。


送り主は、日本支社の情報担当。

短い報告だった。


『松本刑事が、単独で動き始めました。』


ジョージの指が止まる。


「……。」


その報告だけで十分だった。

彼は静かに携帯を伏せる。


「松本さん。」


「あなたも、何か見つけましたか。」


誰に聞くでもなく呟く。


そして。

机の上に置かれた資料へ、もう一度視線を落とした。


そこには、小さく丸で囲まれた会社名だけが残っていた。


General Logistics Corporation


まだ誰も知らない。


その企業のさらに奥で、一人の男が静かに糸を引いていることを。

その名を―


【ヴィクター】


そして。


日本では、一人の秀才が母親の過去を追い。

もう一人の大型犬は、理由のない違和感を覚え始めている。

点だったものが、少しずつ線へ変わろうとしていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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